慢性腎臓病の“根治”に挑むスタートアップ|投資・協業のために知っておきたい治療の最前線

慢性腎臓病の治療に関する世界のトレンドや日本発スタートアップについて、独立系VCのグローバル・ブレインでライフサイエンス分野への投資を担当するキャピタリストが解説します。

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(本記事は、独立系ベンチャーキャピタルのグローバル・ブレイン(GB)にて、ライフサイエンス分野への投資を行う、片桐 渉、髙井 弘基、上田 敦史による共同執筆です)

いま、超高齢化の進行や生活習慣病の増加により、慢性腎臓病にかかる人が、日本だけでなく世界中で増え続けていることをご存知でしょうか。

慢性腎臓病は治療法はあるものの、病状の進行を遅らせるにとどまっており、根本的な対処法はありません。医療費の増大や患者さんの生活の質(QOL)低下にもつながっており、深刻な社会課題となっています。こうした背景から慢性腎臓病の創薬開発や治療は世界的にニーズが高まっており、スタートアップ投資においても注目を集めている状況です。

そこで本記事では、慢性腎臓病における創薬の開発や新しい治療法について、最新の動向を解説します。グローバル製薬企業による治療薬の開発競争から、国内スタートアップの先進的な治療アプローチを幅広く紹介することで、投資や企業活動の促進につなげることができれば幸いです。

慢性腎臓病が注目される理由

慢性腎臓病は、腎機能が徐々に低下し、体内の老廃物や余分な水分を十分に排出できなくなる病気の総称です。代表的な疾患には、糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、腎硬化症、多発性嚢胞腎などが挙げられ、進行すると透析や腎移植が必要となります。

日本は5人に1人が腎臓病

日本では、 20歳以上の大人の約5人に1人が慢性腎臓病を抱えていると言われており、数にすると約2,000万人にも上ります。世界でも長寿国として知られる日本ですが、高齢化が進むにつれて、患者数がますます増えている状況です。

さらに、糖尿病や高血圧、脂質異常症といった生活習慣病も腎臓に大きな負担をかけており、慢性腎臓病を引き起こす原因となっています。

患者側にも医療側にも大きな負担

冒頭でも述べたように、いまのところ慢性腎臓病を根本的に治す薬はなく、治療は病気の進行を遅らせることが中心です。そのため多くの患者さんが生活の質の低下に悩んでおり、国全体の医療費も増え続けています。

特に、腎臓の機能がほとんどなくなってしまった患者さんが受ける透析治療は、時間・体力・厳密な衛生管理が求められ、仕事や家庭生活を含む日常全体に大きな制約が生じます。日本は人口あたりの透析患者数が台湾に次いで世界で2番目に多いというデータもあり、課題の大きさが伺えます。

慢性腎臓病の最終治療手段と言われる腎移植についても課題があります。亡くなった方からの腎臓提供(献腎移植)を受けるための待機期間は、日本だと平均約15年です。これは患者さんにとっても医療関係者にとっても、大きな負担となります。

このような背景から、世界中の製薬会社が腎臓病の新薬や治療法の開発に注力しており、競争も激化している状況です。また、GBでもこの分野を成長市場と位置づけ、非常に注目しています。

腎臓病治療を取り巻く世界のトレンド

慢性腎臓病の新薬の開発は、世界中でさまざまなアプローチで進められていますが、ここではその代表的な動きをいくつかご紹介します。

1. 「血糖値を下げる薬」を転用する

もともとは糖尿病の治療に使われていた「SGLT2阻害薬」という種類の薬が、実は慢性腎臓病の進行を遅らせる効果もあることが分かってきました。

この薬は、尿と一緒に余分な糖分を体の外に出すことで血糖値を下げるものですが、腎臓を守る働きもあることが臨床試験(新しい薬の候補を多くの患者さんに使ってもらい、効果や安全性を確かめる試験)で明らかになっています。

たとえば、イギリスのアストラゼネカ社が開発した薬は、慢性腎臓病の進行や血管の病気によって起こる死のリスクを減らすという結果が示されました[1]。この結果を受け、アメリカと日本の規制当局から慢性腎臓病治療薬として承認を受けています。

また、ドイツのベーリンガーインゲルハイム社と米国のイーライリリー社が共同開発した薬も同様に慢性腎臓病の進行を抑えることが証明され[2]、2024年2月には日本でも新しい治療薬として認められています。

2. 特定の腎臓病に狙いを定める

「IgA腎症」という珍しい腎臓病があります。これは、体を守る免疫物質(IgA)が腎臓にたまってしまい、炎症を起こして腎臓の機能を悪化させる病気です。このIgA腎症に対する治療薬の開発も活発に行われています。

スウェーデンのカリディタス・セラピューティクス社とアメリカのヴィアトリス社が開発した「ブデソニド」という飲み薬は、腸で働くように工夫されたステロイド薬で、IgA腎症の進行を抑える効果が期待されています。アメリカでは2023年に慢性腎臓病の新薬として承認されました。

日本国内でもヴィアトリス社が臨床試験を実施中で、新しい治療の選択肢となることが待たれています。

IgA腎症の開発競争は特に激化しており、企業買収を通じて他社の技術や開発中の薬を取り込む動きも積極的に行われています

日本では、大塚製薬がアメリカのビステラ社を買収し、IgA腎症治療薬のパイプラインを獲得。旭化成ファーマも前述のカリディタス・セラピューティクス社を完全子会社化し、IgA腎症市場への参入を果たしました。

海外でも、ノバルティスファーマ社やバーテックス社が企業買収に乗り出しています。

3. 体の防御システムを調整する「補体」を狙う

私たちの血液の中には「補体」と呼ばれる、免疫反応に関わるタンパク質があります。この補体の働きを調整することで、腎臓病の進行を抑えるという新しい考え方の薬も登場しています。

スイスのノバルティスファーマ社が開発した「イプタコパン」という薬は、この補体の働きをピンポイントで抑えることで、いくつかの希少な腎臓病に対して効果を発揮します。

アメリカではすでに複数の腎臓病(発作性夜間ヘモグロビン尿症、IgA腎症、C3腎症)の治療薬として承認されました。また日本でも発作性夜間ヘモグロビン尿症など、一部の病気に対する治療薬として使われ始めています。

このように多様なアプローチで新薬開発が行われていますが、新薬の開発や大型M&Aは簡単な道のりではありません。ライセンス取得した新たな薬剤が承認を得られなかったり、販売不振に陥ったりするケースも出ています。

また、海外では臨床試験の失敗に関連して訴訟も起きているなど、薬の開発には大きなリスクが伴うことも忘れてはいけません。

画期的な治療法に挑む日本のスタートアップ

日本国内でも腎臓病治療の研究開発が進んでいます。ここでは、私たちGBが支援している注目スタートアップ2社をご紹介します。

iPS細胞で腎臓病に挑む「リジェネフロ」

リジェネフロ株式会社公式サイトより

京都大学のiPS細胞研究所の長船 健二副所長の研究結果をもとにしたリジェネフロ社は、腎臓病に対して2つの治療法に挑戦しています。

1つは、「多発性嚢胞腎」という遺伝性の腎臓病に対する新しい薬の開発です。iPS細胞(さまざまな細胞に変化できる万能細胞)を使って病気の状態を再現し、より安全で効果的な薬の候補を見つけ出す方法で開発が進んでいます。

もう1つは、iPS細胞を使って腎臓の細胞を作り出し、それを患者さんに移植することで慢性腎臓病を治療する「再生医療」です。もし実現すれば、根本的な治療法がなかった慢性腎臓病の、世界で初めての画期的な治療法になるかもしれません。

GBとしても、同社を革新的な挑戦を行うスタートアップと考え、三井化学と共同で設立したCVCファンド「321FORCE™」より出資を実行しました。

ブタの腎臓が人を救う「ポル・メド・テック」

画像提供:株式会社ポル・メド・テック

明治大学発のポル・メド・テック社は、特別な管理下で育てられた「医療用ブタ」を用いた腎臓病治療を開発しています。これは「異種移植」と呼ばれる技術で、動物の臓器を人間に移植する試みです。

アメリカではすでに、遺伝子を改変したブタの腎臓を人に移植する手術が成功しています。2024年3月には、マサチューセッツ総合病院で、日本人医師の河合 達郎氏の執刀のもと、世界で初めて生きた人にブタの腎臓が移植されました。

残念ながら最初の患者さんは術後約2ヶ月で亡くなりましたが、病院の発表では腎不全が直接の死因ではなく、移植との関連は低いとされています。そして2025年1月には、マサチューセッツ総合病院で移植を受けた2例目の患者さんが無事退院し、自宅で経過を観察していると報告されています。

ポル・メド・テック社は、アメリカのイージェネシス社と協力し、日本で初めて異種移植用の遺伝子改変ブタを作り出すことに成功しました。実際の医療応用に向けて研究開発を進めています。

腎臓病で苦しむ多くの患者さんを救う可能性のあるこの挑戦を、私たちも日揮と共同で設立したCVCファンド「JGC MIRAI Innovation Fund」を通じて支援しています。

治療の技術力を正しく評価するには

最後に、慢性腎臓病の治療法を開発するスタートアップを評価する際に、どのような点に注目すべきかをご紹介します。

新しい薬や治療法の候補が見つかっても、すぐに誰もが使えるようになるわけではありません。本当に効果があるのか、そして何よりも安全なのかを、時間をかけて慎重に確かめる必要があります。

そのために慢性腎臓病の場合は、次のような項目が臨床試験における評価の基準となっています 。

  • 腎臓の働きを示す数値

    • 例:血液をどれくらいきれいにできるかを示す「eGFR(estimated Glomerular Filtration Rate)」
  • 腎臓にどれくらいのダメージがあるかを示す数値

    • 例:尿に含まれるタンパク質量や老廃物量を示す「UPCR(Urine Protein Creatinine Ratio)」や「UACR(Urine Albumin Creatinine Ratio)」
  • 透析や腎移植が必要になる状態(末期腎不全)に進んでしまった患者の割合

項目を見る際にはいくつかの注意点があります。eGFRは、SGLT2阻害薬など一部の医薬品の使用開始後に一時的に低下するほか、健康な人でも加齢に伴って数値が低下してしまうため注意が必要です。また、突発性夜間ヘモグロビン尿症や多発性嚢胞腎などに直接アプローチする治療薬では、別の指標が用いられます。相対するスタートアップがどのようなアプローチで腎臓病に挑むのかを確認しながら、評価項目を見極めると良いでしょう。尿の中のタンパク質の量が減ることをもって、薬を迅速に承認する事例もあり、有望な新しい治療薬が迅速に患者さんの元へ届くことが期待されています。

まとめ

これまでご紹介してきた通り、慢性腎臓病はまだ根本的な治療法がなく、移植を待つ期間も長期にわたるなど多くの課題を抱えています。

こうした課題に対し、世界中の製薬会社が日々これまでとは違う新しいアプローチで新薬や治療法の開発に挑んでいる状況です。日本でもiPS細胞を使った再生医療や、医療用ブタを使った腎移植などに挑むスタートアップが現れています。

人々の生活を大きく改善する社会的インパクトを与えながら、経済的なリターンの両方が期待できる腎臓病治療の分野は、これからもますます発展していくでしょう。

私たちGBも、引き続き慢性腎臓病という大きな課題に挑むスタートアップを支援しながら、1人でも多くの患者さんに明るい未来を届けられるよう力を尽くしていきたいと考えています。

※記載の情報は記事掲載時のものです。
(執筆:片桐 渉、髙井 弘基、上田 敦史、編集:Universe編集部)

片桐 渉

片桐 渉

Global Brain

Investment Group

Principal, Ph.D.

2024年にGBに参画。主にライフサイエンス分野への投資に従事。

髙井 弘基

髙井 弘基

Global Brain

Investment Group

Director, Ph.D.

2022年にGBに参画し、ロンドンオフィスから世界のライフサイエンス投資を担当。

上田 敦史

上田 敦史

Global Brain

Investment Group

Director, Ph.D.

微生物、合成生物、ライフサイエンス、食品・アグリを中心に投資実行および支援に従事。


  1. Heerspink HJL, Stefánsson BV, Correa-Rotter R, et al. Dapagliflozin in patients with chronic kidney disease. N Engl J Med 2020;383:1436-1446. ↩︎

  2. The EMPA-KIDNEY Collaborative Group. Empagliflozin in patients with chronic kidney disease. N Engl J Med 2023;388:117-127. ↩︎