「投資して終わり」にしない。キリン×イムノセンスの共創戦略に見る、CVC協業成功のヒント

キリンホールディングス株式会社は、CVCファンドを通じて株式会社イムノセンスに出資し、共同で免疫状態を可視化する事業検証を進めています。本協業の経緯や、互いの強みを掛け合わせた連携の裏側などについて両社の担当者に伺いました。

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【Summary】

  • 大企業内の他部署を協業に巻き込むには、スタートアップの技術や熱量に触れる「体験」が有効
  • 事業の種を見つけるには、現場を巻き込んだ泥臭い検証が不可欠
  • 大企業との協業を通じて、スタートアップの事業戦略が明確化する

大企業とスタートアップの協業は、文化やスピード感の違いから難航するケースも少なくありません。しかし、現場レベルで検証を重ね、互いの強みを引き出し合うことで新たな事業の種を生み出している好例もあります。

キリンホールディングス株式会社(キリン)は、自社のCVC「KIRIN HEALTH INNOVATION FUND」を通じて、唾液や血液から免疫状態を可視化するプロダクト「GLEIA®(グライア)を提供する株式会社イムノセンス(イムノセンス)に出資。両社で免疫やコンディションの可視化に関する連携を進めています。

その一環として、2026年にキリン本社内に生まれた共創のための新拠点「イチハチTRACK」を活用した取り組みを実施。キリンが連携するスタートアップや事業会社を招いて行われた社内イベントにイムノセンスも出展し、キリン社員がGLEIA®の使用感や仕組みを知る体験会を行いました。

イチハチTRACK
2026年1月に開設された「イチハチTRACK」

こうした短期的な連携だけでなく、キリン社員約30名がGLEIA®の結果を通じて行動変容するかを検証する、中長期的なPoCも実行。また、尿を活用した検査サービスの共同開発や、唾液を用いた実証実験にも取り組むなど幅広い協業が進んでいます。

企業規模の壁を越えて、なぜ両社では多角的に連携を進められているのか。その鍵となる両社のスタンスやキリンの社内を巻き込む工夫などについて、キリンのCVC担当である杉田 智惇氏、同社で共同研究を進める牛田 悠介氏、イムノセンス代表取締役 杉原 宏和氏に話を伺いました。

体験会でスタートアップの技術を「自分ごと化」

──キリンにおけるオープンイノベーションの現状と、CVCの立ち位置について教えてください。

キリン・杉田:キリンは食から医にわたる領域、特にヘルスサイエンス領域を中心に成長していくというビジョンを掲げています。その中で、スタートアップなど外部と連携したオープンイノベーションは重要な成長戦略の1つです。そうした背景もあり、CVCチームは単なる投資機能ではなく、社外と社内の事業部や研究所をつなぎ、新規事業の種を生み出す役割を担っています。

先日発表された長期経営構想「Innovate2035!」においても、外部共創は重要なキーワードとして打ち出されました。CVCチームだけでなく、全社でオープンイノベーションを推進しているのが私たちの特徴といえます。

杉田 智惇
杉田 智惇:東京大学大学院修了後、健康機能性素材の研究開発や新素材開発に従事。その後、スタートアップでの事業開発経験を経て、現在はキリンホールディングスのCVC部門にて、ヘルスケア、フード、サステナビリティ領域を中心としたスタートアップ投資、オープンイノベーション、新規事業開発を推進。研究開発、事業開発、投資の各視点を活かし、新しい技術や価値の社会実装に取り組んでいる。

──イムノセンスとの連携の一環として、イチハチTRACKでプロダクトの体験会を実施されたそうですね。

キリン・杉田:はい。ただ、前提としてお伝えしたいのは、イチハチTRACKはCVCのためだけに作られた施設ではなく、キリン社内のコミュニケーション促進や、社内外の関係者の偶然の出会いを促すためのオープンな場です。私たちはそうした思想を持つイチハチTRACKを活用して、CVCの活動はもちろん、出資先スタートアップについて社内プレゼンスを上げる目的でプロダクト体験会を実施しました。

私たちCVCチームは社内の事業部と連携しながらスタートアップとの協業を進めていますが、オンライン会議や資料だけではスタートアップの技術の本当の価値や熱量が伝わりにくいという課題があります。特にヘルスケア領域は自分ごととして捉えることが重要なので、リアルな場で技術やプロダクトを知ってもらうことが事業部連携にもつながると考えました。

──具体的に体験会で行ったことや得られた成果を伺わせてください。

イムノセンス・杉原:キリンの皆さんには、GLEIA®によって自身のコンディションが見える化される体験を行っていただきました。参加者の方からわずかな量の唾液をいただき、その中に含まれる免疫指標であるsIgA(分泌型IgA)を測定。sIgAの濃度からその方の免疫やコンディションの状態を知り、改善に活かしてもらうことを目指しました。

イチハチTRACKで行われた体験会の様子
イチハチTRACKで行われた体験会の様子

私も測定の現場に立ち会っていたのですが、社員の皆さんからは「この数値にはどういう意味があるんですか」「もっとこういう風に結果を知りたい」など色々とご質問やご意見いただきました。私たちとしても気づきの多い楽しい会でしたね。

キリン・杉田:「コンディションを見える化してみよう」というメッセージで社内全体から体験者を募ったところ、健康意識の高い社員やデータ活用に関心のある社員などが自発的に集まってくれました。当社の役員がふらっと立ち寄って測定していく場面もあり、社員がイムノセンスさんの技術を自分ごと化する良い機会になったと感じています。

キリン社員30名とのPoCで見えた事業の種

──体験会のような単発の取り組みだけでなく、中長期的なPoCも行われたそうですね。

キリン・杉田:はい。キリンのさまざまな部署から希望があった約30名の社員を対象に、4週間にわたって唾液を使った検査を行うPoCを行いました。目的は当社およびイムノセンスさんの将来のウェルビーイング事業創出に向けた「事業化の検証」です。PoCでは、コンディションに不安を抱える層を幅広く集めることを目指し、参加者を「管理職層」「健康意識が高く、自身の状態を可視化したい人」「メンタル的な負荷を感じやすく、それを周囲に説明したい人」という3つの属性に分けて検証しました。

最大の検証ポイントは、「自身の状態が可視化された後、どのようなアプローチをすれば人の行動変容を起こせるか」という点です。そのため、最初の2週間は私たちからは一切の介入をせずに自然な利用状況を観察。そして後半の2週間では、行動経済学の知見を取り入れ、測定タイミングを提案したり、30名それぞれに最適化した行動を促すメッセージを送ったりするなどの介入を行いました。

──実際に行動変容は見られたのでしょうか。このPoCを通じて得られた成果や発見があれば教えてください。

キリン・杉田:興味深い結果が得られました。「健康意識は高いが具体的なアクションがわからない」という層に対しては、介入によって測定が習慣化し、行動変容が起こりやすくなる傾向がはっきり見られたんです。

また、こうしたコンディションの見える化に対する個人の課金意欲は想定より低かったのですが、福利厚生などBtoBサービスであれば使いたいというニーズが高く見られました。toC事業ではなく、toB事業の可能性を実証するリアルなインサイトを得られたと思っています。

イムノセンス・杉原:私たちにとってもこのPoCは非常に大きな収穫がありました。杉田さんがおっしゃったような行動変容につながる事例が得られたことは特に重要です。

また、GLEIA®を初めて使う方が直面する課題も明確になりました。たとえば「充電が切れてしまう」「唾液の滴下量が適切でない」といったユーザビリティ上の問題です。こうしたPoCによる気づきを受けて、アラート機能の追加や、適切な滴下量を練習できるアプリを開発するなど改善を進めています。一定規模の人数の方々にフィールドテストのように使っていただく機会はなかなか得られないため、製品改善につながる貴重な機会でしたね。

杉原 宏和
杉原 宏和:1985年 松下電器産業(現パナソニック)中央研究所に入社。バイオセンサー研究を軸に、パナソニックや東レにて血糖自己測定装置(SMBG)や呼気NO測定システムなど、医療・ヘルスケア領域の最先端R&Dと新規事業開発に従事。要素技術開発からスタートアップ協業を通じた事業マネジメントまで幅広く牽引。並行して組織マネジメント論で経営学修士を取得。現在は大阪大学発スタートアップ(株)イムノセンスのCEOとして、独自技術「GLEIA」による迅速検査の事業開発を推進中。

「キリンの研究開発」×「イムノセンスの技術」で拓けた道

──唾液のプロジェクトとは別軸で、尿を用いた免疫検査サービスの共同開発も進められていますね。こちらはどのような背景で連携に至ったのでしょうか。

キリン・牛田:私たちヘルスサイエンス研究所では、誰もが簡単に採取できる「尿」から免疫力の指標となるマーカーを見つけ出す研究を進めていました。その中で世界初の発見につながるなど一定の研究成果が得られたことから、ネクストステップとして「尿による免疫検査」の事業化を目指していたんです。

しかし、私たちには尿のマーカーを見つける知見はあっても、実際に尿で測定する技術自体は持ち合わせていません。そこで、高い測定技術を持つイムノセンスさんとご一緒することになりました。

牛田 悠介
牛田 悠介:大学院修了後、食品企業にて食品成分の機能性研究を軸に対象成分を含む新商品の上市~販売支援、新事業開発等に従事。対象成分の研究推進のため米国の大学へ留学。国内大学で博士号取得。「見える化/行動変容PGM」の研究・事業開発を推進。2024年にキリンホールディングス(株)入社。プラズマ乳酸菌やKW乳酸菌、麹ステロールの研究開発を担当。マネジメントを中心に、海外試験等ではプレイヤーも兼任している。並行して「免疫見える化」の研究と事業開発を推進中。

イムノセンス・杉原:私たちにとってもキリンさんとの協業は願ってもない機会でした。当社は免疫を測る技術を持っていますが、免疫機能に関するソリューションを提供することができませんので、「測った後に顧客に何を提供すべきかという問いに直面していたんです。

そこで、確かなソリューションと顧客接点を持つ企業とぜひご一緒したいと思っていました。キリンさんは「プラズマ乳酸菌」のような免疫機能に関するソリューションをお持ちですから、「免疫の可視化に加えて、免疫機能の維持の提供まで」を行える事業をともに目指すことができます。当社にとってはまさに求めていたパートナーだったといえますね。

──キリンが数あるスタートアップの中からイムノセンスと協業を決めた理由は何だったのでしょうか。

キリン・牛田:技術力の高さはもちろんですが、杉原さんの自社の技術を大事にしながらも、他社と連携していこうとする姿勢が大きなポイントでした。単に依頼されたことをやるだけでなく、「どうすればユーザーに使いやすくできるか」を自発的に考え、泥臭く検証していただけたのは心強かったです。

また、私たちにとって連携の最大のメリットは「即時に結果がわかる」という価値にほかなりません。実は尿を郵送して免疫検査するサービスの開発は他社とも進めていますが、ユーザーからすれば「いますぐ測りたい」というニーズが必ず出てくるはずです。イムノセンスさんの技術を活用すればその場で結果がわかる体験を一歩先に提供できますから、理想的な事業につながると思い、協業を進めさせていただいております。

スタートアップと泥臭く仮説検証していく

──キリンのような大企業との協業は、イムノセンスの成長戦略にも何か影響はありましたか?

イムノセンス・杉原:イムノセンスが持つ測定原理はベースとなる基盤技術であるため、ともすれば「何を測定対象にするか」が発散しがちになるという課題を抱えていました。正直なところ、どの領域にフォーカスして事業を展開していくべきか迷っていた部分もあったんですよね。

しかし今回、キリンさんの現場を巻き込んだPoCを進める中で、ヘルスケアやヘルスプロモーション領域の大きなポテンシャルを再確認することができました。唾液や尿中の免疫物質を可視化することに対して確実なニーズがあるとわかったのは大きな収穫です。

キリンさんとの協業を通じて私たちが進むべき道筋が明確になりましたし、唾液や尿の測定にある程度特化した形で機能拡張や改良を進められるようになりました。事業戦略の方向性を定める上で、これほど大きな意味を持つ協業はないですね。

杉原氏、杉田氏、牛田氏で語らう様子

──ありがとうございます。最後に、各プロジェクトの今後の展望を伺わせてください。また、キリンとの連携を検討しているスタートアップに向けたメッセージもお願いできますか。

キリン・牛田:尿を使った免疫の見える化については「確実に使いたい」というユーザーの声を確認できています。今後はそうした方々が求める理由をさらに深掘りし、イムノセンスさんの「すぐに免疫状態がわかる」という圧倒的な価値をいち早く社会に提供したいですね。

また、キリンは新しい事業の種をどんどん生み出していきたいと考えていますが、すべてをゼロから自前で作っていくのは限界があります。だからこそ、起業家の皆さんが熱意を持って創り上げてきた技術シーズと、私たちの研究開発力を掛け合わせることで、世の中にない新しい事業を形にしていきたいです。スタートアップの皆さんとはまずはフリーに意見交換するところからでも、ぜひお話しさせていただければと思っています。

キリン・杉田:今回の検証を通じて、免疫状態の可視化の先にどうすれば個人の行動変容を促せるかというUX設計の重要性が改めて浮き彫りになりました。この課題をイムノセンスさんと解消し、誰もが自分のコンディションを把握して「大事な日にパフォーマンスを最大化できるようになる世界」を目指したいですね。

私たちキリンも日々社内で新規事業について議論していますが、社内だけでは仮説が「ただ綺麗なもの」で終わってしまいがちです。この仮説をブラッシュアップしていくには、スタートアップの皆さんとともに現場で泥臭く試行錯誤するプロセスが不可欠です。キリンの持つ顧客接点や研究アセットをどう活かせるか、お互いの強みをどう掛け合わせられるかを議論しながら、新しい市場を創る挑戦をさまざまなスタートアップとご一緒していければと思っています。

イムノセンス・杉原:おべんちゃらではないんですが、キリンさんは人々のウェルビーイングの役に立ちたいという哲学を持った、本当に素晴らしい企業です。利益を追求するのは当然ですが、「世の中の役に立つことが第一」という姿勢を感じ、私自身も深く共鳴しました。大企業でありながら、これほど現場に踏み込んでともにPoCを推進してくださるパートナーはそういないのではないかと思います。

私たちのように技術基盤を持ちつつも、どう社会実装すべきか迷っているスタートアップにとって、確かなソリューションと顧客接点を持つキリンさんとの協業は計り知れないポテンシャルがあります。ともに挑戦することで自社も大きく成長することを目指せますので、ぜひキリンさんとコンタクトを取られることをおすすめします。

※所属、役職名、数値などは取材時のものです。
(編集:GB Brand Communication Team)

コラボレーター

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杉田 智惇

キリンホールディングス株式会社

ヘルスサイエンス経営企画部 新事業開拓室 Corporate Venture Capital(CVC)

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牛田 悠介

キリンホールディングス株式会社

ヘルスサイエンス事業本部 ヘルスサイエンス研究所主査

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杉原 宏和

株式会社イムノセンス

代表取締役