なぜキリンと「ヘアカラー専門店」スタートアップが手を組むのか?協業までの道のりと狙い

協業をスムーズに形にできた理由や、共通していた思いなどについて伺っています。

なぜキリンと「ヘアカラー専門店」スタートアップが手を組むのか?協業までの道のりと狙いのカバー画像

執筆: Universe編集部

キリンホールディングス株式会社のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)ファンド「KIRIN HEALTH INNOVATION FUND」では、キリングループにシナジーが見込めるさまざまなスタートアップへの出資・協業を行っています。

ヘアカラー専門店「fufu」を展開する株式会社Fast Beautyは、その出資先の1つです。一見すると関連性が薄いようにも思えますが、実際にキリングループの1社であるファンケル社とは相互送客などの協業が進行しています。

どのような狙いと道のりを経て、この協業が形になったのか。株式会社Fast BeautyのCSO原田 悠さん、株式会社ファンケルの高松 直輝さん、キリンホールディングス株式会社 CVCチームの高野 友理香さんにお話を伺いました。

(※所属、役職名などは取材時のものです)

異なる業界の2社をつないだ「共通点」

──fufuさんとファンケルさんの協業が始まった経緯を詳しく教えてください。

原田:fufuは全国で約130店舗を展開する、40代以上の女性がメインターゲットのヘアカラー専門店です。以前から弊社では、fufuにいらっしゃるお客様に対し、ヘアカラーに留まらない1人1人に合った美のサービスを届けたいと思っていました。ただ、私たちは具体的なモノを作っているわけではないので、自社だけでサービスを広げるのは難しい。

そんな中で、弊社が以前から注目していたのがファンケルさんです。ファンケルさんには「40代からのサプリメント」のような年代別サプリメントがあります。サプリは種類も多く、何を飲めばいいのかわからないお客様も多くいますが、ファンケルさんは「あなたにはこれがおすすめです」とわかりやすく打ち出した製品を出されています。そうした顧客目線のサービスって素敵だねとよく社内で話していたんです

原田 悠:戦略コンサルティング会社であるドリームインキュベーターに新卒入社、外食大手のトリドールホールディングス経営企画室、同社戦略企画部長を経て21年にFast Beautyに参画。Fast Beautyでは取締役CSO(Chief Strategy Officer)として戦略プロジェクトの推進、新規事業立ち上げ、組織基盤強化等に取り組む。

──キリンさんやファンケルさんは、fufuさんからの協業打診を受けてどのように感じましたか?

高野:fufuさんと面談する前はシンプルに「ヘアカラー専門店」を運営されていると思っていました。ですがお話を伺ってみると、ヘアカラーに閉じるのではなく、女性の日常を豊かにするために幅広い悩みに応えていきたいと考えていらっしゃることがわかって。その思いに純粋に感動しました。

キリンは、事業を通じて経済的な価値と社会的な価値を両立する「CSV(*Creating Shared Value:共有価値の創造)」の考え方を大切にしています。fufuさんとの協業はこの思想にも合っていましたし、ファンケル社が掲げる外側の美しさと内側の健康を大事にする「内外美容」の価値観とも親和性が見込めるなと感じました。

高松:私もfufuさんのビジョンを聞いてぜひ一緒に取り組みたいと感じました。fufuさんとファンケルのコア顧客層も共通していましたし、ファンケルにも直営店舗があるのでさまざまなコラボレーションができそうだなと。

──以前CVCチームのリーダーである津川さんは、出資・協業検討時にはスタートアップの思いやビジョンに共感できるかを大切にしていると仰っていました。高野さんもそこは意識されているのでしょうか?

高野:はい。そこは間違いなく私たちのポリシーだと言えます。CVC活動では両社で強みを補完し合って、共通の社会課題を解決していくパートナーの関係にあると思っています。同じ目標に向かえるかをすり合わせるためにも、ビジョンへの共感は重要だと思っています。

高野 友理香:2011年キリンビール入社。酒類営業を経験後、人事部で採用・育成業務に従事。女性活躍推進の研修を機に経営に関心を持ち、社内公募制度を通じてベンチャー企業に出向。2年間の出向期間中はボードメンバーの直下で経営・人事・広報業務を担い、経営のダイナミズムを学ぶ。その後コーポレートベンチャーキャピタルの担当となり、現在はベンチャー企業との連携を通じたオープンイノベーションの推進を担う。

相互送客の意義は「顧客拡大」だけではない

──協業の第1弾として店舗での相互送客が行われました。そこで得られた成果や今後の事業に活かせそうな気付きを教えてください。

原田:相互送客は新規のお客様を増やせるという効果もありますが、それよりも価値があったのは、fufu事業だけでは得られない「お客様のニーズ」を理解できたことだと思っています。

今回の相互送客では、fufuのお客様が肌診断やカウンセリングをファンケルさんのお店で受けられるという試みを行ったのですが、今後の展開につながる多くの情報を得ることができました。どのようなお客様がどのような肌悩みを抱えているのかがわかったので、今後はfufuの店内にファンケルさんの診断機器を置いたり、ニーズの高い美容商品を提案していったりすることも考えられます。将来的に私たちが目指したい「美のパーソナライズサービス」の入り口に立てたと言えるんじゃないかなと。

fufu店舗の様子(画像提供:株式会社Fast Beauty)

──ファンケルさん、キリンさんの視点では今回の取り組みをどう捉えていますか?

高松:ファンケルでは他社さんとも相互送客を行ったことがあるのですが、その時と比較してもfufuさんからはかなり多くのお客様が来店してくださいました。両社のシナジーの高さを証明できたのは大きな収穫ですね。

高松 直輝:2018年にファンケル入社。流通営業・カスタマーサービスを経験後、2022年 新規事業本部設立と同時に、異動。キリングループ内新規事業社内公募制度を通過したプロジェクトの推進と、キリンCVCチーム・スタートアップとのオープンイノベーションの推進を担う。

高野美容院というチャネルに注目するという発想は、おそらくファンケル社だけだとなかなか出てこなかったと思います。しかも一般的な美容室であれば、お客様層も幅広く来店スパンも2〜3か月に1回ですが、fufuさんはそうではない。白髪染めをメインとすることで40代以上の女性が多く、来店頻度も高い。その世代の女性は健康課題も顕在化してくる世代なので、私たちとしても健康の価値について提案のしがいがある魅力的なチャネルだと気づけました。fufuさんとの協業を通して、美容と健康の親和性について検証をしながら中高年の女性が抱える悩みを解決できると感じました。

──各社のアセットがうまく噛み合ったのですね。

原田:私たちスタートアップは“持たざる者”ですので、自分たちだけの力で推進することにこだわっていません。ですので出資もありがたいですが、協業によってキリンさんやファンケルさんのような大企業のアセットを使わせていただけることには、さらに一段深い価値があると思っています。

また、モノづくりに愚直に向き合われている2社と連携できたのも、弊社としては意義深かったです。いわゆるヘアカラー専門店って、安かろう悪かろうなサービスがまだまだ多くて。でも私たちはそうではなく、本当にいいものを工夫を凝らしてお客様に提供しようとしています。なので真摯にモノづくりをしているキリンさんやファンケルさんには、私たちの哲学に共感いただけるんじゃないかと感じていました。

高野:嬉しいです。まさに誠実なモノづくりの考え方はキリンもファンケル社も1番大事にしてるところです。

高松:ファンケルは研究から製造、販売までを全て自分たちで行う「製販一貫体制」を敷いていて、企業のスタンスメッセージには「正直品質。」という言葉を掲げるほどモノづくりには重点を置いています。こうした部分でもfufuさんと通底するものがあったからこそ、協業を形にできたのかもしれません

大企業らしからぬスピード感を実現できた理由

──大企業の方からはよく「スタートアップとの協業は形にするのが難しい」という声も聞きます。今回のプロジェクトを実現するために工夫したことはありますか?

高野:キリングループの中にはファンケル社だけでなく、さまざまな組織があります。CVCチームではそうした事業部や研究所との新しい事業のチャンスを模索しているのですが、彼らに対して毎回案件ごとにアプローチをしているとかなり時間がかかってしまいます。

そこで、弊社では各事業部や各研究所のオープンイノベーションに関心のあるメンバーが定期的に集まる「オープンイノベーションパートナーズ(OIP)」という取り組みを始めました。OIPのメンバーとは日々いろいろなスタートアップの情報を見ながら、何か一緒にできるチャンスがないかコミュニケーションしています。実は高松さんもこのOIPに参画していただいています。このOIP活動を通じてファンケルがどんな課題を抱えていて、どんな顧客にアプローチしたいのかをタイムリーにキャッチできる仕組みがあったのはプロジェクトを進める上で大きかったと思います。

また高松さんは非常に推進力があり、ファンケル社内のさまざまな方に交渉していただきました。高松さんがいたからこそ形にできたと思っています。

高松:私の中でもfufuさんとの活動が有意義なものになりそうだという思いが強くあったので、ファンケルの中での交渉もアタックし続けられたのかなと思います。

──fufuさんが、キリンさんやファンケルさんとやりとりされていて、その他の企業と違いを感じたシーンはありましたか?

原田:話がめちゃくちゃスムーズでしたね。私はコンサル出身で大企業の方とプロジェクトを進めたことも多くあるのですが、そうした場面で起こりがちなことが全然なく。普段の仕事の感覚と変わらずに進められました

──ちなみに高野さんは過去に別のスタートアップへの出向されていたことがあるそうですが、その経験がCVC活動に活かされていると感じることはありますか?

高野:たくさんありますが大きく言うと2つです。1つは、スタートアップ側の気持ちがわかるということです。リソースが限られているスタートアップ側にとって大企業とのやりとりは負担になることも多く、結局大企業側の事情で検討が止まってしまうということもありがちだと思います。スタートアップでの業務経験があるからこそ、いま逆の立場になってみて、やはり私たちの事情でスタートアップの成長を阻害したり振り回したりすることは、絶対にしちゃいけないなと肝に命じています。

もう1つは、大企業が持っているアセットを世の中に放出する意義を再認識できたということです。先ほどの原田さんのお話にも通じますが、スタートアップは基本的にリソースが限られているので、何をやるにも最初から他の企業と連携したり、外部資源を活用したりしていかに勝っていくかという思想です。このことにはとても刺激を受けました。

一方で大企業は、アセットをたくさん持っているからこそ自前でやろうとしすぎるところがあります。ここの壁を取っ払って共通の思いを持った企業同士が集まって、知恵やアセットを掛け合わせることができたら大きな価値が生まれると思います。大企業が持っているものを社会やスタートアップに提供することが、いかに重要かという視点を持って活動できているのは出向の経験があったからこそですね。

高松:共感します。ファンケルも40年間、自分たちで作って自分たちで売るということをやってきたわけですが、いまはそれでは生き抜けない時代です。自前主義からの脱却を目指す風土づくりは、さらにやっていきたいですね。

大きな夢のために、小さな1歩を積み重ねる

──ありがとうございます。第1弾の取り組みを終えて、今後さらにどのような取り組みをしていきたいと考えていますか?

原田:一旦勝手に夢を語らせていただきますと(笑)、究極的には「髪にいいサプリ」のようなオリジナル商品を共同開発できると面白いなと思っています。しかもただ作って売るだけではなく、頻繁にお客様が店舗に通って下さるというfufuの特徴を活かして、店頭でサプリの効果測定をすることもできそうです。そうした大きな取り組みを目指すために、今回のような相互送客などのステップを、1つ1つ積み上げていくことが大事だと思っています。

──ファンケルさん、キリンさんとしてはいかがでしょうか。

高松:今後具体的に予定されていることとしては、ファンケルの既存サプリメントをfufuさんのECサイトで販売させてもらったり、相互送客の店舗数を増やしたりする計画があります。

そこでさらに見つかったニーズから、商品軸やチャネル軸でまた別のコラボレーションをしていきたいと思っています。こうした積み重ねを通じて、個社では解決できないお客様の「不」を解消する取り組みをしていきたいです。

高野:キリンとしては今後もfufuさんが目指す、中高年女性の美容と健康をサポートして気持ちを前向きにしていくという世界観を、ともに作っていきたいと思っています。その世界を実現するためには、より事業インパクトのある取り組みをしていく必要がありますが、その意味でも今回の取り組みは大きな意義がありました。1歩目の協業が生まれないと、より大きな2歩目、3歩目へ進めないですから

今後、キリンがfufuさんに提供できる新たな価値が見えてくると思っています。その際にはファンケル社に閉じることなく、キリンの中のあらゆる事業部や研究所とつないで共創していきたいです。必要とあればキリングループが社外に持つネットワークも活用して、お客様にとっての幸せを作っていきたいなとも思います。こうしてfufuさんと一緒に事業を作れることに個人的にもすごくやりがいを感じているので、既存の枠にとらわれず今後もご一緒していきたいですね。