「CVCあるある」を乗り越えて。キリンがスタートアップ協業で目指すもの

スタートアップと向き合う際の姿勢や、協業を形にするための社内連携の工夫などについて話を聞きました。

執筆: Universe編集部

大企業が自社リソースだけでなく、スタートアップなどと連携して新たな価値を生み出すオープンイノベーションはますます注目を集めています。国内のCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の設立数も右肩上がりで増加中ですが、社内外の連携がうまくいかず、協業の議論がなかなか進まないという声も耳にします。

2020年に設立されたキリンホールディングス株式会社によるCVCファンド「KIRIN HEALTH INNOVATION FUND」は、スタートアップとの協業を成功に導くために、社内でオープンイノベーション推進のための取り組みを始めるなど、細かな工夫を積み重ねてきました。他のCVCにとっても参考になりうる具体的なアクションについて、CVC活動を牽引してきたヘルスサイエンス事業本部 新規事業グループ 主査の津川翔氏に話を伺いました。

(※所属、役職名などは取材時のものです)

キリンが持つ「ヘルスサイエンス」の顔

──キリンがCVCを設立した背景を教えてください。

キリンは長い歴史のなかでビールなど酒類・飲料の製造・販売を中心に展開してきました。その根幹にある発酵テクノロジーは、それ以外の様々な領域でも活用されています。

酒類や飲料のビジネスは今後もコアな事業として当然注力していきますが、国内人口の減少などを考慮すると決して簡単に成長していけるわけではありません。

そこで私たちは発酵技術やこれまでの事業経験をアセットに、グループが掲げる「CSV(*Creating Shared Value:共有価値の創造)の先進企業」となることを目指して、社会課題の解決につながる新しい価値を創出する取り組みを始めました。

特に着目したのが、健康維持や病気の予防に関する社会的なニーズです。この領域は今後も拡大することがわかっており、またキリンも貢献できるという見込みがありました。私たちはこの分野を「ヘルスサイエンス」と定義し、展開を加速させています。

しかし、ここはキリンにとっても新しい領域であるため、自前の研究や事業開発だけではお客様の期待に応えていけないと考えていました。

社内でもオープンイノベーションの必要性が認識され始め、ヘルスサイエンスの分野で先端技術やサービスを展開しているスタートアップと価値創造することを目指して、2020年にCVCが設立されました。

**津川 翔:キリンビール(株)入社。酒類営業の経験を積んだ後、中国に赴任し、華北エリアの営業責任者をつとめ、海外ビジネスを学ぶ。帰国後は本社経営企画部にて海外事業戦略を推進。戦略策定や、事業会社およびディストリビューターのマネジメントなどを経験。その後CVC設立メンバーとして、オープンイノベーションを主にフード・ヘルス領域で推進中。**
津川 翔:キリンビール(株)入社。酒類営業の経験を積んだ後、中国に赴任し、華北エリアの営業責任者をつとめ、海外ビジネスを学ぶ。帰国後は本社経営企画部にて海外事業戦略を推進。戦略策定や、事業会社およびディストリビューターのマネジメントなどを経験。その後CVC設立メンバーとして、オープンイノベーションを主にフード・ヘルス領域で推進中。

一緒に頭をひねるCVCでありたい

──キリンが既存事業で培ってきたことは、スタートアップとの協業時にどう活かされるのでしょうか。

弊社がスタートアップに提供できるものは大きく2つあります。

1つは歴史的に培ってきた、発酵や品質管理に関連する技術です。世界においても発酵は様々な領域で活用が進んでおり注目を集めていますが、微生物を扱うものなので、非常に精密なコントロールが求められます。

人間に有用な化合物や成分を生産したり、品質を維持したまま大量に食品や飲料を作ったりするような複雑な工程において、キリンが過去の経験から貢献できることは多いはずです。ここではスタートアップのアセットとかけ合わせて新しい価値を創造できる分野だと考えています。

もう1つはBtoCビジネスで培ってきたネットワークやブランドです。

私たちがマスに商品を届ける中で築いてきた販売ネットワークやお客様からの信頼は、スタートアップが販路を拡大したり、取り組みの認知を得たりしたい場合に役立てていただけると思っています。

具体例として挙げられるのが、植物肉である「ミラクルミート」を製造・販売するDAIZとの取り組みです。植物肉はこれから需要拡大が見込まれている素材であり、今はいかにお客様に食べていただいて、良さを知っていただけるかが重要なフェーズにあります。そこでキリンが運営している全国展開のレストランであるKirin Cityで、ミラクルミートを使ったメニューを開発・提供したり、キリンビールのお客様である全国の料飲店様にご紹介したりと、微力ながら支援をさせていただきました。

ヘアカラー専門店「fufu」を運営するFast Beautyとキリングループのファンケルは、美と健康の親和性を検証していく目的で、直近は相互送客の取り組みを始めています。両社は女性の「美しく健康でありたい」というニーズに応えるべく議論を続けてきました。

お伝えできることはまだ少ないですが、研究領域などでも様々なスタートアップとの連携が進んでおり、CVCの活動によってオープンイノベーションが少しずつ根づいてきているのを実感しています。

各社との取り組みはまだまだ初期段階であって、あくまで入口です。大企業とスタートアップの取り組みは、時に初期の検証で終わってしまうこともありますが、私たちはCVC活動を中長期で仮説検証を繰り返していく営みだと捉えています。

スタートアップの成長に貢献できるような協業アイデアがないか、ともに頭をひねりながら、さまざまなストーリーを模索していきたいです。こうした活動の積み重ねが、将来的にインパクトのある事業の実現に繋がると考えています。

大企業の「連携しづらさ」を変えていく

──協業仮説を考える上では事業部側との連携が不可欠かと思います。そうした社内連携において工夫していることはありますか。

おっしゃる通り、CVC活動は事業部や研究所の関与なしでは成り立ちません。ただ一般的に、いろいろなタスクを追っている中でいきなり不確実性の高い未来のことに着手するのは難しい場合が多いです。ここは他社のCVCさんもよく直面するCVCの「あるある」な悩みかと思います。

そこで大事なのはいかにCVCの活動に主体性をもって参画できる人を増やせるか。その試みの1つとして、キリンでは「オープンイノベーションパートナーズ」という取り組みを始めました。

キリンにはさまざまなグループ会社があり、そのそれぞれに新規事業を考えるチームがあります。また研究所も、飲料の研究所や素材の研究所など役割ごとに分かれていて、多くの研究員がいます。

オープンイノベーションパートナーズはそういった社内のメンバーが一緒にオープンイノベーションを推進していく目的で、各所から1〜2名ずつ参画してもらう取り組みです。定期的に集まる機会を設け、新しい技術やサービスを見ながら何か協業のポテンシャルがないかを議論したり、勉強会や交流会を実施したりしています。

特に強い制約はなく、外部の情報を学んだり横連携をしたりと、活動は個人の主体性にゆだねられています。社内で新しい取り組みを開始できるかどうかはやはり個人のモチベーションに依存するところも多いので、私たちは彼らにいかに盛り上がってもらえるかという視点でこの活動をサポートをしています。

──そのような社内連携の核となるCVCチームにはどのような方がいるのでしょうか?

CVCチームは3人です。まず私はキリンビールでの酒類営業からスタートし、中国での駐在や本社海外事業推進などに携わってきました。海外ビジネスや営業の経験をスタートアップのお役に立てていきたいと思っています。

2人目の高野は同じく酒類営業や人事を経て、その後スタートアップへの出向を経験しています。出向経験や持ち前の前向きなキャラクターで、スタートアップとも密にコミュニケーションを取りながら協業や投資を推進してくれています。

3人目の深谷は、法務部や酒類営業を経験し、海外留学を経て直近でこのチームに合流しました。起業家精神を学んできたこともあり、即戦力として個々の投資案件に限定せず戦略のブラッシュアップにも貢献してもらっています。

──スタートアップに出向経験のある方や起業家精神を学んだ方など、スタートアップフレンドリーなチームだという印象を受けました。

スタートアップに近いメンバーで構成されたチーム
スタートアップに近いメンバーで構成されたチーム

私たちはスタートアップが目指す世界に共感をしてご一緒するわけなので、ただ出資するだけでなく、しっかりと成長支援をしていくべきです。その過程の中で、私たちは新しい領域を理解し成長機会を探索できる。スタートアップと私たちはこのように相互に影響しあう関係だと考えています。だからこそ、CVC活動の推進においてはスタートアップの文化を理解して、彼らとしっかりとコミュニケーションが取れるチームである必要があります

大企業の中にはどうしても「スタートアップの技術を独占してやろう、使ってやろう」みたいな発想になってしまう人もいると思います。そうではなく、スタートアップの技術やサービスをいかに世の中に役立てていくか、スタートアップがやりたいことに私たちはどう貢献できるかという目線で話さなければいけないと感じています。

私たちが設立当初から大事にしているチームの価値観の1つに「Withスタートアップ」というワードがあるのですが、スタートアップと相対する時だけでなく、社内の事業部と話す際もこの意識は常に持っています。

事業シナジーと並んで大切にしているもの

──そんな皆さんがスタートアップと事業を検討する上で、大切にしているポイントがあれば教えてください。

どのような連携ができるかという事業シナジーはもちろん大切であり、私たちは常に未来に対する仮説を持って協業を検討しています。

ただ、それだけではなく経営者のビジョンや想いも大切にしています。大企業はスタートアップとの協業を考える際に、人ではなく、事業内容や技術の良さばかりを深堀りしてしまうことがよくあります。でも、よく考えると企業というのはもともと1人でやっていることに共感する人が少しずつ集まってきて、数十名、数百名と大きな組織になるわけです。やはり企業活動における人の想いは重要であり、見逃すことはできません。だからこそ事業連携する私たちもスタートアップの想いに共感できるか、しっかりと見させていただいております。

──特に記憶に残っている経営者の思いはありますか?

ありがたいことに本当に多くの経営者の方とお話する機会があり、毎回刺激をいただいております。

あくまで1つの事例ではありますが、冷凍パンの定期便を展開されているパンフォーユーの矢野CEOのお話は印象的でした。事業内容からも「美味しいパンを美味しい状態でお届けする」ことに想いをお持ちなのかと最初は思っていたんです。

ですが何度かお話していくうちに、創業のきっかけは、矢野CEOが長く一緒に住まれていたおじい様が年齢を重ねるにつれて食べたいものを食べられなくなってしまう光景を目の当たりにしたことなのだとお伺いしました。

そこから矢野CEOの健康に対する熱いお話をお聞きし、一見ヘルスサイエンスとは関係なさそうな事業の背景にある「健やかに食を楽しめる世界を作りたい」という気持ちに共感したのを覚えています。

同じく投資先でいうと、MaRIも面白かったです。睡眠時無呼吸症候群の診断・治療ができる機器の開発を行うスタートアップです。先進的な技術をもとに事業をされているのですが、もともとの創業の想いは「夫婦の睡眠トラブル」なんだそうです。睡眠トラブルは当人だけではなく、寝室を共にするパートナーもイビキなどで眠れなくなってしまうことがよくあります。そこから「人間関係を維持するための睡眠改善」を実現したいという想いで創業されたと伺いました。ちなみに社名であるMaRIは「Marital Relationship Improvement」の頭文字だそうです。

このようにキリンとは直接的には関係がなさそうな事業をされているスタートアップでも、私たちと同じように日常的に健康でいられる世の中を目指していると気付かされることがあります。こうした想いを聞いて協業アイデアが生まれてくることもよくありますね

「出資」はゴールではない

──経営者からのそうした話を経て協業を推し進めてこられたわけですが、これからさらにどのようなCVC活動をしていきたいか教えてください。

これからは、より一層スタートアップと一緒に「成果」にこだわった活動をしていくフェーズに入っていきたいですね。

私は、CVCがキリンにとって当たり前のようにある機能として、社内外に認識されるようにしたいと考えています。そのためにも当然ながら活動の成果はとても大切です。いかに事業インパクトのある協業を仕込めるか、しっかりとアウトプットできるか、日々メンバーと悪戦苦闘中です。

CVC開始から3年が経ち、様々な方のご支援もいただいたおかげで、各領域の理解やネットワーク、社内の仕組みなどが整い、活動成果を取りに行ける土台ができてきました。今後はスタートアップに対するリスペクトは前提としながら、両者にとってリターンを得られる仕込みを進めていきたいですね。

実はオープンイノベーションパートナーズの効果もあり、最近は事業部や研究所からの問い合わせもとても増えて、各所で連携が進んでいます。企業や技術の探索だけではなく「未来に向けたディスカッションに参加してほしい」などのお話をいただくことも多くなっており、CVC設立時より着実に活動が進化していると実感しています。

私たちの社内的な任務の本質は、スタートアップへ出資するかしないかではなく、キリンのオープンイノベーションを進めて価値向上をさせること。なので、出資という点ではご一緒できなかったスタートアップであっても、どこかの事業部や研究所と組める可能性がありそうであれば積極的にお話しをさせてもらっています。ここはいい意味でCVCという枠を壊して活動していきたいです。

ヘルスサイエンスという領域を軸にはしていますが、さきほどもお話した通り、キリンには多くの事業部や研究所、ネットワークがあります。各所との連携が整ってきた今こそ、スタートアップとの交流をさらに増やし、彼らと一緒にワクワクする未来を模索していきたいです。

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