M&Aを見据えるスタートアップが押さえておきたい「知財DD」4つのポイント

M&Aのプロセスで実施される買い手企業による知財DDについて、スタートアップが事前に備えておきたいポイントをまとめました。実際に特許侵害リスク対策を講じられたスタートアップ事例も紹介しています。

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Summary

  • M&AのDDでは「守りの知財」が重視される

  • 特許侵害リスクには、回避策の検討やカウンター特許が有効

  • 自社権利を守るために、技術関連契約や規程の整備も不可欠

国内最大級の独立系VCであるグローバル・ブレイン(GB)にて、投資先企業の知財支援や投資検討時の知財デューデリジェンス(DD)を行っている小野寺です。

2025年9月、東証グロース市場の上場維持基準の見直しが発表されました。これによって、従来よりもIPOのハードルが高まったことから、M&Aを出口戦略として見据えるスタートアップが増えていくと見られています。

この流れを受けて重要性が高まっているのが、スタートアップの知財活動です。

M&Aでは、買い手企業による知財DDがIPO時よりも厳しくなる傾向があります。これはVC投資のようなマイナー投資と比べて投資額が大きく、あらゆるリスクに対して慎重な判断が求められるためです。加えて、大企業など知財に対する感度が高い企業が買い手となる場合には、知財リスクそのものへの警戒感も一層高まります。

裏を返せば、スタートアップがどんなに事業を成長させていても、知財面で未整備の部分があればM&Aの交渉が遅延したり、頓挫したりする恐れがあるということです。M&Aも有力な出口戦略の1つとなっているいま、改めてスタートアップには知財リスクに正しく対応していくことが求められています。

そこで本記事では、VCが知財DDで見ている視点をもとに、M&Aを見据えたスタートアップがまずは押さえておきたい知財のポイントをご紹介します。

(なお、本記事は東京都知的財産総合センターおよびSUMIDA INNOVATION COREが主催したセミナー「スタートアップの知財とファイナンスに登壇した際の内容を再構成したものです)

VCは知財DDでここを見る

VCが知財DDで見ているのは「すべてが完璧かどうか」ではありません。スタートアップは資金も人的リソースも十分ではないことを前提に、リスクや不足があっても成長ポテンシャルと改善可能性がどの程度あるかを総合的に評価しています。

そこで重要になるのが、限られたリソースをどう配分しているかという戦略性です。スタートアップの知財活動は、大まかに「攻めの知財と「守りの知財という2つの軸に分けて説明できます。

攻めの知財:競争優位性を生み出す武器づくり

攻めの知財とは、自社の事業を拡大させていくための戦略的な知財活動です。 たとえば、以下のような取り組みが挙げられます。

  • 特許取得によって競争優位性を確保する

  • 競合他社との差別化要因を強化する特許ポートフォリオを構築する

  • PR・IRに知財を活用し、自社の技術力や成長性をアピールする

Deep Techなど技術力が重視される分野では、特許の保有がそのスタートアップの競争優位性の根拠となるため、DDでも「攻めの知財」にいかに取り組んでいるか確認されることが多いです。

また、Deep Techのような技術的優位性が無いSaaS企業などソフトウェアを提供する会社であっても、特許を権利化することで競合他社に牽制を利かせることができるため、ポジティブな評価を得られるかと思います。

守りの知財:事業を止めないためのリスクマネジメント

競争優位性を生み出す「攻めの知財」に対し、M&AのDDでより重視されるのが「守りの知財」です。

「守りの知財」とは、警告や訴訟によって事業が停止したり、高額なライセンス料を支払わなければいけなくなったりするリスクを回避する知財活動です。

具体的なアクションとしては、他社の特許を侵害していないか確認する「FTO(Freedom to Operate:事業の実施自由度)調査」の実施や商標の確保、自社のライセンス条件の整理などです。また、外部パートナーや社内人材との契約や規程を整備して、権利が外部に奪われたりノウハウが流出したりするのを防ぐことも含まれます。

それではこの「守りの知財」に関して、具体的にどのようなポイントを押さえておくべきなのか深掘りしてご紹介していきます。

「守りの知財」で押さえるべき4つのポイント

「守りの知財」で確認すべきポイントは、以下の4点に集約されます。

1. 他社特許の侵害リスクがないか

1つめは、自社が他社の特許を侵害していないかどうかという点です。特許侵害のリスクがある場合、他社からの差し止め請求や特許侵害訴訟となる恐れがあります。

特許権を侵害している製品の製造や販売の停止を求める差し止め請求は、弁護士費用が比較的少額(100万円程度)で済むため、他社から実行される可能性は高いです。

一方、損害賠償も含まれることも多い特許侵害訴訟は多額の費用(数千万程度)がかかりますが、企業規模や経営者によっては費用をいとわず実行されることがあります。

こうしたリスクを防ぐために取っておきたいのは、以下のような対策です。

  • 他社特許の調査: 競合企業など、他社がどのような特許を出願・保有しているかを把握する

  • 回避策・無効化の検討: 自社が他社の特許を侵害している可能性がある場合、その特許を回避する製品開発案の検討や、他社の特許を無効化する論理の検討を行う

  • カウンター特許の権利化:他社が実施する可能性のあるプロダクト・技術について自社特許を権利化し(カウンター特許)、「互いに特許侵害の可能性がある特許を保有している状態」を意図的に生み出して、お互いに訴訟するメリットをなくす

他社の特許を侵害しないことはもちろん、万が一侵害しているリスクがあっても適切に対処している状況を生み出すことが重要です。他社の特許を無効化したり、カウンター特許を取ったりすることで、自社事業に影響がないことをロジカルに説明できるストーリーがあるとM&A時にも交渉がしやすくなるでしょう。

2. 商標権侵害リスクについて確認できているか

商標は、会社やサービスの知名度が上がってからでは変えづらいものです。変更に伴うコストが発生するだけでなく、顧客が抱いているブランドイメージを損ねてしまう恐れもあります。

実際、他社の商標権を侵害してしまったために、商標権を買い取るために数百万円を支払ったり、サービス名を変更したりせざるを得なくなったスタートアップも存在します。また金銭的なコストの観点でいうと、広告宣伝費を投下して認知拡大を図っている段階で商標上の問題が発覚した場合、それまでに投じた広告費用が無駄になってしまう恐れもあるのです。

したがって、社名・製品名・機能名など、長く使い続けたい名称や大切にしたい名称については、広告宣伝を本格化させる前の段階で早めに商標権を取得しておくことが望ましいと言えます。

先行する商標がすでに存在している場合は、別名称を検討したり、自社内での標章(自社製品のブランド名やロゴなど)の利用ルールを作成するなど、リスクを低減するためにできることをしておくと良いでしょう。

3. 技術関連契約が適切に締結されているか

研究機関やパートナー企業との共同研究・開発の契約やライセンス契約において、技術関連の契約がきちんとなされているかはDDでほぼ必ず確認されます。契約の結び方によっては、自社の技術なのに自由に使えなかったり、勝手に第三者に技術・ノウハウが使われたりしてスタートアップの成長が阻害される恐れがあるためです。

自社の技術関連の契約状況については、以下のような観点で確認していくことをお勧めします。

  • 権利帰属の観点: 開発したコア技術に関わる権利が、少なくとも自社の持ち分となっているか

  • 実施の観点: 協業先が自社の技術を勝手に第三者に技術供与できるようになっていないか、自社が自由に技術供与を行えるようになっているか

  • ライセンスフィーの観点: 特に大学などからライセンスを受ける場合、過大なライセンス費用が設定されていないか

スタートアップは急成長を目指す企業形態であることから、スピード感を求めるあまり、契約締結前に共同開発や共同研究を進めてしまうケースもあると思います。しかし、協業が一定進んでしまった後であっても、知財が自社のものだということを明確にする書面を遡及して正しく締結しておくのが望ましいです。

4. 社内規程の整備がされているか

社内や業務委託先で発生した発明がきちんと自社の帰属となっているかも重要なポイントです。特許出願を行っていく場合、早い段階で職務発明規程を整備しておくことをお勧めします。

整備が行われていない場合、退職した従業員などから特許の無効を主張され、事業の根幹となる技術の特許権を失うリスクも生じてしまいます。

特許侵害リスクを解消したスタートアップ事例

前述したように、仮に他社特許を侵害しているリスクがあっても、自社事業に影響がないことをロジカルに説明できればM&Aなどの交渉を円滑に進めることが可能です。

実際に、特許侵害が論点となったものの無事にM&Aや資金調達を完了できたスタートアップの事例を紹介します。

A社:特許リスク対策を講じ、資金調達に成功

背景

以前から、競合の大手企業が保有する特許の侵害可能性リスクを検出していたA社。事業会社によるA社のM&A交渉が進んだ際、DD時にこの特許が論点として検出。

その際、A社側で競合の特許を無効化したり、特許リスクを回避する製品設計案の検討が十分に行われていなかったことがM&A交渉上のダウンサイド要因となった。

概要・結果

その後、競合特許の無効化や侵害論、回避策についての検討を推進。論点となった特許に対して、論理的にリスクが高くないという説明を行える状況を整備。

その結果、A社のその後の資金調達ラウンドでは投資家に適切な説明を行うことに成功した。

B社:カウンター特許も活用し、M&Aを実現

背景

B社では、競合スタートアップの特許に対する侵害可能性リスクが存在しており、事業会社によるB社へのM&A交渉時にこの特許が論点として検出された。

概要・結果

競合特許の無効化や、他社特許の侵害論、回避策などについて詳細に検討。

さらに、B社の特許ポートフォリオの中から競合に対して権利行使できる可能性のあるカウンター特許を特定。その他にもカウンター特許となり得る特許の出願と権利化を実施した。

また、弁護士による見解書面を取得するなどして、特許に関するリスク評価も実行。その結果、その後のM&A交渉はB社に不利益なく円滑に進めることができた。

このように、特許侵害リスクがあっても、回避策検討やカウンター特許を活用してリスクを低減する措置を講じたうえで適切な説明ができれば、M&Aや資金調達の交渉も滞ることなく進めることができます。

外部の専門家を頼るのも1つの手

前述したように、東証グロース市場の上場維持基準見直しによって、M&Aを見据えるスタートアップも増えていくと見られます。そうしたスタートアップにとって、M&A時のDDに備えた「守りの知財」に注力する必要性は高まっていると言えるでしょう。

ただ、スタートアップには社内に知財の専門家がいないことも多く、知財活動を推進しづらいというのも実情です。

そうしたスタートアップにとっては、早い段階から外部専門家と関係を築くことが重要です。たとえば、スタートアップ知財に詳しい弁理士や弁護士と連携することも1つの手です。IPAS(IP Acceleration program for Startups:スタートアップに向けた知財アクセラレーション事業)東京都知的財産総合支援センターなど、公的な支援体制も存在するので、そちらへ相談してみることもお勧めします。

本記事を読まれたスタートアップの経営者や知財に携わる方にとって、少しでも示唆となる情報を提供できていれば幸いです。

GBでは今後も「未踏社会の創造」というミッションのもと、スタートアップの知財活動に資するような発信や活動を継続して行ってまいります。

(編集:GB Brand Communication Team)

コラボレーター

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小野寺 聖

グローバル・ブレイン株式会社

Director, IP Talent

2023年にGBに参画し、知財チームにて投資時の知財DD業務と、投資先に対する知財支援業務を担当。