特許でホワイトスペースを確保──事業拡大の裏側にあった、新興SaaSの知財戦略

サステナビリティ情報開示支援クラウド「SmartESG」を提供するシェルパ・アンド・カンパニーが、グローバル・ブレインと取り組んだ知財戦略構築と特許権利化活動の取り組みをご紹介します。

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Point

  • 知財活動は「シリーズA」前後から始めるのが重要

  • 事業戦略を把握する「CEO自身」のコミットが何より大切

  • 知財は事業戦略とリンクさせることで真価を発揮する

サステナビリティ情報開示支援クラウド「SmartESG」を提供する、シェルパ・アンド・カンパニー株式会社(シェルパ)。同社は、サステナビリティ・ESG情報開示支援サービスの先駆けとして市場を開拓するなか、競合サービスの増加や市場競争の激化を受けて、優位性の確保が急務だと感じていました。

そこで同社では、国内最大級の独立系VCであるグローバル・ブレイン(GB)が擁する、知財チームとの連携を実施。他社特許調査に基づく知財戦略構築や、LLM(Large Language Model:大規模言語モデル)を活用した機能の権利化などに取り組みました。結果、約2年間で12件の特許を出願し、そのうちすでに6件の特許登録を実現。ファーストエントリーで市場に入った優位性をさらに強固にして事業を拡大することに成功しています。

セールスやマーケティングではなく、知財がいかに競合の牽制に寄与し、事業成長に貢献するのか。知財活動で注力した要点について、シェルパ 代表取締役CEOの杉本 淳氏と、GB知財チームの小野寺 聖が語りました。

AI時代のSaaSは、優位性が築きづらい

──まず、近年のSaaSスタートアップを取り巻く環境の変化について伺わせてください。特にAIの普及によって、機能開発で優位性を築く難易度は変わってきているのでしょうか。

シェルパ・杉本:難易度は増していると思います。やはりAIが台頭してきたことで、プロダクト開発のスピードは劇的に上がりました。それ自体は良いことなのですが、裏を返せば、自分たちが作った機能を競合他社もAIを使ってスピーディーに追従できるようになったということです。実際に私たちとしてもそうした危機感はあります。

また、当社が提供している「SmartESG」では、企業の人的資本やガバナンスなどに関するテキストデータを多く扱うため、自然言語処理などのAI技術と相性がいい。それはつまり、競合他社にとってもAIを組み込みやすい領域であることを意味します。AI普及以降は、競合の動きに関して意識をより高く持つようになりましたね。

杉本 淳:大学卒業後、SMBC日興証券株式会社とJPモルガン証券株式会社にて、国内外の大型M&A・資金調達案件やIR・コーポレートガバナンス関連のアドバイザリー業務に従事。金融機関での業務を経てサステナビリティ・ESG領域で起業し、2019年9月にシェルパ・アンド・カンパニー株式会社を設立。現在は、『利益とサステナビリティが融合する世界を実現する。』のビジョンのもと、企業のサステナビリティ情報開示支援クラウド「SmartESG」を主力サービスとして開発・提供し、テクノロジーの力で企業のサステナビリティを促進し、企業価値向上とサステナビリティ経営におけるベストプラクティスの確立を目指しています。
杉本 淳:大学卒業後、SMBC日興証券株式会社とJPモルガン証券株式会社にて、国内外の大型M&A・資金調達案件やIR・コーポレートガバナンス関連のアドバイザリー業務に従事。金融機関での業務を経てサステナビリティ・ESG領域で起業し、2019年9月にシェルパ・アンド・カンパニー株式会社を設立。現在は、『利益とサステナビリティが融合する世界を実現する。』のビジョンのもと、企業のサステナビリティ情報開示支援クラウド「SmartESG」を主力サービスとして開発・提供し、テクノロジーの力で企業のサステナビリティを促進し、企業価値向上とサステナビリティ経営におけるベストプラクティスの確立を目指しています。

GB・小野寺:私たち知財チームはシェルパさんに限らず常時複数のスタートアップを支援していますが、各社の状況を見てもAIによる競争の激化を感じます。

杉本さんがおっしゃる通り、AIを使ってこれまで以上に多くの人が簡単にプロダクトを作れるようになりました。極端な言い方をすれば、各社が「同じようなもの」を作れるようになってきているわけです。特にSaaS系のITプロダクトでは、機能的な差別化だけで優位性を保ち続けるのは以前よりも難しくなっていると思います。

そこで重要になるのが、競合に何かしらの「牽制」を効かせることです。営業力などの要素ももちろんありますが、知財はその強力な武器の1つになります。

AIで比較的簡単に作れる機能であったとしても、「自分たちが1番最初に発案し、権利として持っている」という事実があれば、他社の模倣を防げます。特にシェルパさんのように市場のホワイトスペースに第一人者として入った企業こそ、知財で先行者優位性を守っていくのは有効です。AI時代だからこそ、迅速な知財活動が必要になってきていると思います。

小野寺 聖:2023年にGBに参画し、知財チームにて投資時の知財DD業務と、投資先に対する知財支援業務を担当。
小野寺 聖:2023年にGBに参画し、知財チームにて投資時の知財DD業務と、投資先に対する知財支援業務を担当。

──シェルパさんが知財活動を本格化させたのは約2年前とのことですが、きっかけは何だったのでしょうか。

シェルパ・杉本:1番のきっかけはGBさんから投資いただいたことです。GBの担当キャピタリストの方から「知財はしっかり意識した方がいい」というアドバイスをもらいました。GBには知財支援の専門チームがあるというお話も伺い、いまのうちからやっておこうと考え始めたのがスタートです。

当時はプロダクトの導入企業数が5社、10社と伸び、コアとなる機能も形成されつつありました。プロダクトの形や「勝ち筋」となる機能が見えてきた段階だったので、知財に注力し始めるいいタイミングだったなと思います。

徹底した特許調査で見えてきたブルーオーシャン

──知財活動は具体的にどのようなことから着手されたのでしょうか。

GB・小野寺:ちょうど知財活動をご一緒し始めるタイミングで、特許庁の主催する「IP BASE AWARD」というスタートアップの知財アワードを、シェルパさんに近しい領域の企業が受賞したというニュースが出ていました。その企業のプロダクトはGHG(Greenhouse Gas:温室効果ガス)排出量を可視化するものだったので、厳密にはシェルパさんの競合ではありませんが、広い意味ではESG関連企業です。

彼らの特許出願の状況を調べてみると、相当数の特許出願をしているとわかりました。そこで、まずはESG関連のプロダクトを提供している主要な4〜5社について、徹底的な特許調査を実施。その結果、ESGの「E(環境)の領域は、GHGの計算処理やデータ取得について多くの企業が特許を出願しており、激戦区だとわかりました。

一方でESGの「S(社会)や「G(ガバナンス)に関わる領域、たとえば人的資本や法的な開示基準、評価機関への対応といった部分に関しては、まだ全然特許が出されていないこともわかったんですね。

実はそこがまさに、シェルパさんが元来の強みとして提供している領域です。「S(社会)やG(ガバナンス)の領域は特許的にもブルーオーシャンなので、権利化を強化していきましょう」と杉本さんに提案し、知財戦略の軸を固めていきました。

シェルパ・杉本:この調査結果は大きかったですね。私たちはESGの「E(環境)の領域だけでなく、幅広い非財務情報を取り扱うポジションを取っています。当社が注力する領域の知財が空いていると明確に把握できたので、「絶対にここは取っておこう」と戦略的に意思決定することができました。

当社は、まだ誰も手をつけていなかったサステナビリティ・ESG情報開示支援市場にファーストエントリーで入り、市場そのものを作っていく立ち位置でした。そうした強みをしっかり知財で守り、広い権利を押さえることは重要な戦略だと感じましたね。

──知財戦略が決まった後の流れも聞かせて下さい。「SmartESG」にはあらゆる機能があると思いますが、どのように優先順位をつけて権利化を進めていったのでしょうか。

GB・小野寺:その機能が「顧客に響いているかどうかと「シェルパさんが今後強化していきたい領域かという2軸を掛け合わせて優先順位を検討していきました。具体的に取得したのは、ESG評価機関から届くアンケートに対してAI(LLM)が回答を自動で生成する機能や、自社に対する各機関からのESG評価を一覧化する機能です。

権利化すべきかどうかは、単に機能に新しさがあるかだけでは決まりません。「シェルパさんはなぜそれを実装したいのかそれができると顧客の課題がどう解決されるのかを深掘りして価値を見極めていきました。

顧客から支持されている機能は、競合も必ず真似したくなります。だからこそ、他社に牽制をかけられるよう、顧客価値の高い部分から権利化を進めました。

──LLM関連の特許を取得されたとのことですが、LLMが関わる特許ならではの難しさはありますか。

GB・小野寺:LLM関連技術の難しさは、プロダクトの内部で動く「プロンプト(指示)は外から見えないため、他社の権利侵害を発見しにくい点にあります。また、プロンプト自体は誰でも書けるものなので、どう権利化するかも重要です。

そのため、「LLMを使っていること」自体ではなく、ユーザーがどんな指示を出し、それに対してどのようなインターフェースやアウトプットになるのかという「表示方法」や「入出力される情報」の部分に特徴を持たせて権利化することが有効です。また、「この機能を実現するには絶対にこのプロンプトが必要だ」という不可避な部分をシェルパのエンジニアの方と議論してクレーム(特許請求の範囲)を検討するなど、工夫を凝らしました。

私たち知財チームでは、あらゆる投資先企業のAI・LLM特許を90件ほど取得支援してきているので、こうした特許のナレッジは積みあがってきていますね。

知財は「事業戦略」とリンクするのが重要

──一連の知財活動を通しての手応えや効果をどのように感じていますか?

シェルパ・杉本:1番の効果は、社内の意識変革と事業戦略への組み込みです。いまでは新しい機能を作る際に「どうやってこれを特許化できるか」をセットで考えるようになりました。

現在新規プロダクトも開発中ですが、開発定例の中で「今回はこれを特許に取りたい」「競合の動きはどうなっているか」という会話がいまでは当たり前になされています。知財が単なる手続きではなく、自分たちの市場におけるポジションや、自分たちが生み出したスタンダードを守るための「戦略」として定着したことが最大の成果です。競合の参入障壁の構築にも確実につながっていると感じます。

──知財活動自体は、特許事務所などの力を借りて自社だけで進めることも可能かと思います。今回のようにGBの知財チームが入る意義や役割をどのように感じられましたか。

シェルパ・杉本:小野寺さんは私たちと特許事務所の間に立つ「翻訳者」のような存在でいてくれました。これが本当にありがたかったですね。

私たちには「こういうものを権利化したい」という要望はありますが、それを特許の専門用語やロジックに落とし込むのには難しさがあります。弁理士の方に私たちの事業戦略やプロダクトの意図を正確に伝えるのもハードルが高いです。

そういったときに小野寺さんが間に入って、「こういう特許の取り方でいいですか?」「ここはこういうロジックで出願しましょう」と整理してくださるので、やりとりがスムーズに進みました。

GB・小野寺:そこは私たちとしても意識している点です。スタートアップと特許事務所が直接やり取りすると、情報の非対称性が大きく、事業戦略と乖離した「使いにくい特許」になってしまうリスクもあります。

私たちは株主として投資先企業の事業計画やピッチ資料も把握していますから、事業戦略を踏まえたうえで権利化を優先すべき特許を見極めるお手伝いができます。

もちろん投資先企業の皆さんのご協力も欠かせません。シェルパさんの場合は社内にドキュメント文化が浸透していて、仕様書に「顧客への提供価値」がストーリーとして細かに明記されていたので、発明のポイントを掴みやすかったですね。2年間で6件の特許取得まで進められたのは、シェルパさんの高い知財意識と協力体制のおかげでもあります。

意識すべきは「タイミング」と「CEOのコミット」

──最後に、これから知財活動に取り組もうと考えているスタートアップの起業家に向けて、アドバイスをお願いします。

シェルパ・杉本:タイミングとしては、シリーズA前後が良いのではと思います。シード期はとにかくプロダクトを作ることが最優先ですが、シリーズAの段階になると、ある程度プロダクトの方向性が定まり、顧客からの要望も増え、競合も見えてきます。そのタイミングで、プロダクトをどう守るかを考え始めるのがベストです。

そして何より重要なのは、「CEO自身がコミットすることです。アーリーフェーズでプロダクトの戦略全体を把握しているのはCEOしかいません。知財戦略は事業戦略そのものですから、CEOが重要性を理解し、意思決定に関与すべきです。私自身、いまでも商標登録などは自分でやりますし、そのくらいトップが意識を持つべき領域だと思います。

GB・小野寺:私も同感です。最近はスタートアップ同士の特許に関する争いも増えてきていると感覚的に感じますし、知財の重要性は業界全体で高まっています。「いつの間にか競合に特許を取られていて身動きが取れない」となっては手遅れですから、シリーズAなど早めから意識するのが重要です。

特にシェルパさんのように、市場を作るファーストエントリー企業であればあるほど、最初に広い権利を取っておくことで、後から入ってくる競合に対して優位性を保てます

もしGBのような知財支援機能を持つVCから出資を受けているなら、それを使わない手はありません。社内に専門家がいなくても、私たちのような存在をうまく使うことで、強力な知財ポートフォリオを構築できるはずです。

シェルパ・杉本:知財は「専門家に任せないとできない領域」だからこそ、GB知財チームのようなプロの力を借りる価値があると感じます。

今後私たちはリーガル・知財担当者の採用も進め、知財戦略をさらに強化していく予定です。GBさんと取り組んだ知財の知見を踏まえながら、「SmartESG」がサステナビリティ経営を実現するオールインワンツールとなるよう、さらに完成度を高めていければと思っています。

(編集:GB Brand Communication Team)

杉本 淳

杉本 淳

シェルパ・アンド・カンパニー株式会社

代表取締役CEO

小野寺 聖

小野寺 聖

グローバル・ブレイン株式会社

Director

IP Talent