プロの知見をAIで資産に──ドクターメイトに学ぶ、これからのプロダクト開発

介護事業所向けに医療ソリューションを提供するドクターメイトがグローバル・ブレインと取り組んだ、AIを取り入れた将来的な機能拡張に向けたPoCの試みをご紹介します。

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【Summary】

  • 既存のオペレーションにAIを組み込むには、段階的な導入と期待値のすり合わせが鍵。
  • AI活用はトップダウンで推進し、社内に明確な方針を示すことが重要。
  • データと暗黙知を持つ企業こそ、AIで事業のスケーラビリティを生み出せる。

ドクターメイト株式会社は、介護事業所向けに医療ソリューションを提供するスタートアップです。介護施設で夜間に発生した入居者の病気や事故などに関する医療相談を、ドクターメイトの看護師が電話対応する「夜間オンコール代行™を主力サービスとしています。同社ではこうした事業を通じて得られた豊富な医療・介護データがありながらも、それらをアセットとして十分に活用できていない課題がありました。

そこでドクターメイトでは、同社に出資を行っている国内最大級の独立系VCであるグローバル・ブレイン(GB)のAI支援専門チームと連携。自社の既存データにAIを組み合わせたプロトタイプ開発(PoC)を実施しました。

具体的には、夜間オンコール代行™の入電内容と、ドクターメイトの過去データをAIが掛け合わせて読み解き、看護師が即座に最適な対応を提案できるようアシストする機能を開発。これにより、さまざまな経験レベルの看護師であっても一定の質を保ちながら顧客対応することができると実証できました[1]

AIを活用したプロトタイプの概要

本記事では、ドクターメイトがなぜ既存サービスでのAI活用を進めようとしたのか、また、PoCを進める中でどんなハードル・気づきがあったのかについて、ドクターメイトの代表取締役社長であり医師の青柳 直樹氏と、開発支援を行ったGBの御手洗 茂、野澤 一貴に話を聞きました。さらに、同社のような暗黙知やデータが豊富なスタートアップでAI開発をする醍醐味についても深掘りしています。

活用の展望はあれど、踏み切れずにいたAI活用

──プロトタイプ開発の取り組みが始まる前の状況について伺わせてください。ドクターメイトでは創業当初から豊富な医療・介護データを蓄積されていたとお聞きしています。

ドクターメイト・青柳:はい。私たちは起業したときから、介護施設に対して医療的な判断やアドバイスをする事業を行っています。行政などによるマクロな実態調査や統計はあるものの、実は、介護施設で実際に発生するリアルな医療課題(臨床データ)や、それに伴う具体的な対応ノウハウは意外と世の中に蓄積されておらず、現場の判断に直結するようなガイドラインのようなものも存在していません。そのため、介護×医療に関する対応ノウハウはいまだに現場スタッフの「暗黙知」に依存してしまっている状態です。

私たちは将来的にここに大きな価値が生まれると考え、創業当初からデータの蓄積に注力してきました。データが溜まっていけば、「どういったケースで、どうアドバイスをすれば良いケアができるか」がパターン化でき、最適な医療判断ができるようになると考えていたからです。

青柳 直樹
青柳 直樹:千葉大学医学部を卒業後、皮膚科医として総合病院や大学病院で勤務。2017年に医療と介護の連携を円滑にするためドクターメイト株式会社を創業。「夜間オンコール代行」サービスは、2023年に内閣府地方創生SDGs官民連携優良事例に選出されるなど、高い評価を頂く。 大手経済紙やビジネス誌にも紹介。専門紙で連載コラムも執筆し、著書に『特別養護老人ホームのための「協力医療機関連携」ガイド』(第一法規、2026年)がある。その知見と実績から多方面で注目を集める。

──現在、ドクターメイトにはどれくらいのデータが蓄積されているのでしょうか?

ドクターメイト・青柳:現在、夜間オンコール代行™だけでも相談実績は累計15万件以上にのぼっており、ありとあらゆる症例のデータが蓄積されています。

さらに特徴的なのは、コールを受けた際のデータだけでなく、「その判断が正しかったのか」「その後重症化しなかったのか」「本当に入院対応すべきだったのか」といった、すべての症例に対する「後追いデータ」も持っている点です。介護×医療の症例と対応の是非がここまで残っているのは国内でも珍しい環境かと思います。

──それだけ豊富なデータがありながら、それらを活用していくにはどのようなハードルがあったのでしょうか?

ドクターメイト・青柳:意義のあるデータ分析をするためには、データエンジニアリングの知識も必要ですし、データの整備も欠かせません。既存事業を継続しつつデータ分析を徹底しようとすると、リソース的にも重たく時間がかかってしまうため、十分に手が回せていませんでした。

そんな時に生成AIが登場しました。大量のデータを分析できる手段としてAIを活かせるのではないかと思ったのですが、今度は「既存の開発がある中でAI活用の1歩目を踏み出すリソースがない」「具体的なアウトプットがイメージできない」という新たな壁に直面してしまったんです。入電データの大部分はテキストデータですから、それを1から構造化して分析できる形にするだけでも、スタートアップにとっては重たい課題でした。

そんな折に始まったGBとのPoCの全容

──そこでGBと連携したPoCがスタートしたのですね。数ある投資先企業の中から、ドクターメイトさんにAI支援を提案した理由は何だったのでしょうか。

GB・御手洗:ドクターメイトさんの事業を鑑みると、明らかに独自データが溜まっているはずであり、AIでレバレッジを効かせられるポイントがあると考えたからです。

また、データそのもの以上に重要なのが、その「データを生み出している人の存在です。ドクターメイトさんの中には、看護師や医師など現場で医療判断を下す方々がいます。データだけではなく、最終的にどういう医療判断をすべきかという暗黙知を持った人々がいることこそが、AIを活用した際の圧倒的な競争の源泉になると考えました。いまから医療×介護のプロダクトを0から作ろうとしても、ドクターメイトさんほどのデータや判断プロセスは手に入りませんから、「痒いところに手が届く」ようなプロダクトを生むのは至難の業です。ここにAI活用によるポテンシャルがあると考えました。

御手洗 茂
御手洗 茂:2022年にGBに参画。起業家の方々の創造力や技術の価値を最大化することで社会全体を豊かにしたいという想いで、スタートアップの投資実行および支援に従事。

GB・野澤:さらに付け加えると、ドクターメイトさんは夜間オンコール代行™の業務マニュアルのメンテナンスを頻繁に行われていました。どういう症状のときにどう対応するかという暗黙知を「形式知」に変えていくサイクルがすでにできあがっていたんです。この「暗黙知から形式知への変換」は、AIに指示を出すプロンプトを作成する上でも重要であり、AIとの親和性が極めて高いポイントでした。

──今回のPoCではドクターメイトのサービスのなかでも夜間オンコール代行™に絞って検証を進められましたが、その背景を教えてください。

ドクターメイト・青柳:理由は主に3つあります。

1つ目は、当社の中で最もお客様から評価されている主力事業であり、そこをさらに伸ばしていきたかったということ。

2つ目は、介護施設との契約が増える中で「スケールと質の担保をどうバランスさせるかという課題に直面していたことです。事業が伸びるほど対応する看護師を増やしていく必要があり、その教育コストがかかり続けます。そこで、AIを使うことで看護師の経験に左右されずに対応の質を担保する仕組みができないかと考えていました。

そして3つ目は、介護施設のお客様から「医療相談を電話で受ける際には、入居者に関するデータを把握しておいてほしいという要望が増えていたからです。介護施設にある入居者に関するデータには既往歴、服薬情報、バイタル情報、日頃の介護記録情報、引き継ぎ情報、医療機関への受診状況などなど多種多様なさまざまな情報があります。しかし、扱うデータが増えれば増えるほど、最終的な判断をする「人」がボトルネックになります。入電を受けた看護師が1分1秒で認知できる情報量には限界があり、ただデータを増やしても見逃しが増えてしまいますよね。そこをAIでアシストできれば、さらに価値の高い顧客体験が生み出せると考えました。

──実際のPoCはどのような体制やプロセスで進められたのでしょうか?

GB・野澤:全体のプロジェクト期間は約半年間でした。最初の1ヶ月は、夜間オンコール代行™のAI化における事業インパクトの算出や、現状の業務フローのヒアリングを行いました。2ヶ月目には、いわゆる「AI看護師」的な機能を私たちがテスト開発。夜間オンコール代行™にAIを掛け合わせた場合に有効活用できるポイントと、そうでないポイントを整理しました。

野澤 一貴
野澤 一貴:2024年にGBに参画。プロダクト・開発領域を中心に事業成長を技術と戦略の両面からサポート。

その後、生成AIがテキスト処理に強みを持つという特性を踏まえ、入居者の症状の把握や入電内容のレポート作成といった領域から活用していくのが適切だと判断。最終的なプロトタイプの開発までGB内のみで行い、青柳さんをはじめとするドクターメイトの皆さんに提示させてもらいました。

プロトタイプのイメージ

ドクターメイト・青柳:このプロトタイプ開発において1番難しかったのは、「すでに動いているオペレーションにどうAIを組み込むかという点です。実際に組み込むことをシミュレーションしてみると、毎日稼働しているサービスですから、たとえるなら「電車が動いているときに線路を入れ替える」ような難しさがあると分かります。プロトタイプはパッと作ってすぐに入れ込めるものではなく、しっかり期間を見て投資しなければならない分野だと実感しました。

GB・御手洗:まさにそこは私たちも気をつけていた点です。AIには「何でもできる」と過度な期待が寄せられがちですが、いきなり完璧にオペレーション内で使えるものを作るのは困難です。プロトタイプは段階的に対応できる範囲を広げていく形で開発したため、「思ったものと違った」という乖離が生まれないよう、ドクターメイトの現場の皆さんとも認識のすり合わせを丁寧に行いました。

成長戦略やエクイティストーリーにも変化が

──プロトタイプができたことで、ドクターメイトの社内にはどのような変化が生まれましたか?

ドクターメイト・青柳:やはり目に見えるものができた影響は大きかったです。それまでは社員各々が持っている「AI」のイメージがバラバラで、議論のスタート地点が揃っていませんでした。プロトタイプというファーストステップが提示されたことで、「次はどこを改善すべきか」「最終的にどう活用していきたいのか」について、建設的な議論ができるようになったと思います。

AIを活用しようという意識が強まったことで、「既存のデータ構造がAIに合っていない」という足元の課題も明確になりました。AIを取り入れるのであればどのデータが本当に必要なのか、より現実的かつ具体的に考えられるようになったのは大きな進歩です。

──社内のエンジニアや看護師の方々の反応はいかがでしたか?

GB・野澤:AIに仕事を奪われるといったネガティブな反応はなく、看護師の皆さんも「面白いね」と好奇心を持って前向きに開発のお手伝いをいただきました。プロトタイプを通じて「AIができること・できないこと」のディスカッションを重ねることで、ドクターメイトの皆さんのAIに対する解像度が高まったような印象があります。

ドクターメイト・青柳:今回のPoCは、事業の成長戦略やエクイティストーリーの観点でも大きな意味があります。私たちのサービスは看護師や医師の数が必要なため、しばしば投資家からは「オンラインサービスではあるが労働集約的だ」と見られ、スケーラビリティが限られているように映ることもありました。

しかし、AIを使ってナレッジを型化し、裏側のオペレーションにスケーラビリティを持たせることができれば、一気にマーケットの広がりが生まれます。再現性高く、質の良い顧客対応ができるとアピールできるようになったのは大きいですね。

青柳氏

──エンジニアの方にとっても、ドクターメイトでAI開発に取り組むことには大きな魅力がありそうですね。

GB・野澤ドクターメイトさんほどデータ量があり、それを形式知にする業務プロセスが回っている環境は稀有です。私自身もエンジニアですが、こうした環境でAI活用を突き進められるのはとても面白いなと感じます。

ドクターメイト・青柳:データを扱う楽しさだけでなく、それを実際のオペレーションの中でダイレクトに実証できることは当社の特徴です。そして何より、今回のPoCを通じて私も含めた経営陣が「AIをやっていくぞ」という意思を明確にすることができました

とはいえ、過度には期待をせず、すぐに成果が出るものではないと理解した上で、現実的にAIと向き合っていきたいですね。AI活用のリアルを知った経営陣とともに働ける環境をポジティブに捉えてくれるエンジニアの方も多いのではないかと思っています。

「ドクターメイト×AI」は国境も超えていける

──GBとともに進めたPoCを通じて得た気づきや、今後のAI活用の展望を伺わせてください。

ドクターメイト・青柳:AIの得意不得意が分かったことで、逆に「人間の価値も明確になりました。たとえば、電話をかけてきた方へ安心感を与えることや、相手の感情に合わせた対応、そして最終的なプロの医療者としての判断。これらは引き続き、人がやるべき領域です。一方で、判断のアシストやナレッジの蓄積はAIが得意とする領域であり、この専門性とAIの掛け合わせが重要だと感じています。

私たちとしてもAI活用に本気で取り組む意思を固めることができました。これには御手洗さんから「AI活用はトップダウンじゃないと進まないですよ」と言われたことも大きかったです。「経営陣がAIを活用していく姿勢を社内に示さないと動き出せない」というマインドにしていただけたことにはとても感謝しています。

GB・御手洗:AI活用は現場から進めようとしても、どうしても技術的・オペレーション的な壁が多く、途中で止まってしまうことが多々あります。だからこそ、中長期的な目線でトライアンドエラーし、判断を下せる経営陣のコミットが不可欠です。私たちは株主として経営陣と直接対話できる立場にありますので、その点でもAI活用のサポートをうまく行えたのではと考えています。

ドクターメイト・青柳:GBさんの支援に関して付け加えると、今回はプロトタイプ開発と並行して、GB知財チームの皆さんから、そこから生まれたアイデアを特許化するという知財活動の支援もいただきました。いわば「攻めと守りの両方の支援をいただいた形です。御手洗さん・野澤さんとご一緒し始めた最初の段階から特許化まで見据えて動くことができたのは強力なサポートでした。

──ありがとうございます。最後に、AI活用の1歩目を踏み出されたドクターメイトさんとしての今後の事業展開のビジョンをお聞かせください。

ドクターメイト・青柳:今後は夜間オンコール代行™だけでなく、介護施設入居者の日中のケア、特に精神科の相談などにもAIを展開していきたいと考えています。精神科医の療養指導にも暗黙知が多く、ナレッジ化がされていないため、唯一無二のサービスを提供していける可能性があります。

さらに、医療・介護人材が不足する中で「24時間の医療・介護体制の維持は日本の大きな課題です。その点で、AIなら言語の壁も越えられますから「日本の介護施設の医療相談を海外の看護師が受けるようなことも考えられるでしょう。この仕組みが整えば、世界中の在宅医療や介護、さらにはヤングケアラーの問題などにも応用できるはずです。私たちのデータとAIの掛け合わせには、国境も超えていくほどの無限の可能性があると信じ、これからも事業に邁進していければと思っています。

※所属、役職名、数値などは取材時のものです
(編集:GB Brand Communication Team)


  1. ※今回の取り組みは社内検証(PoC)段階のものであり、実際のサービスへの実装・提供時期は未定です。 ↩︎

コラボレーター

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青柳 直樹

ドクターメイト株式会社

代表取締役社長 / 医師

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御手洗 茂

グローバル・ブレイン株式会社

Partner

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野澤 一貴

グローバル・ブレイン株式会社

Principal