M&A後も異例の継続出資。キヤノンMJ×ナレッジワークに学ぶ、AI企業の「これからの戦い方」

セールスAXの実現を目指す、ナレッジワーク。同社とキヤノンマーケティングジャパンの連携についてキーパーソンに話を伺いました。ナレッジワークがM&AをしたPoetics時代から続く信頼関係や目指すシナジーについて語られています。

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【Summary】

  • AIスタートアップが大企業と長期的な関係を築くには、技術の核心部分を理解してもらうことが重要
  • 顧客社内の関係性やキーパーソンを把握することが、大企業への製品導入の鍵
  • 課題解決のストーリーを「顧客主語」で言語化することが、製品の拡販と定着につながる

セールスAIエージェントを通じ、セールスAX(Sales AI Transformation)の実現を目指すスタートアップ、株式会社ナレッジワーク。シリーズCの資金調達も発表し、成長を続ける同社の歩みの裏には、異例とも言える大企業との連携ストーリーがありました。

キヤノンマーケティングジャパン株式会社(キヤノンMJ)がグローバル・ブレインと共同で設立したCVCファンド「Canon Marketing Japan MIRAI Fund(Canon MJ MIRAI Fund)は、2024年9月、商談解析AIを手掛ける株式会社Poeticsに出資を実行。その後、ナレッジワークがPoeticsをM&Aすることになりますが、Canon MJ MIRAI Fundは新たにナレッジワークの株主となり、2026年8月にはナレッジワークへの追加出資の発表を行いました

M&Aという大きな転換期を経てもなお、なぜ両社の絆は深まり続けているのか。「スタートアップと販売代理店」の枠を越えて目指すシナジーとは。本記事では、キヤノンMJのCVC戦略推進グループに所属する渡 駿氏、同社ソリューションデベロップメントセンター ソリューション企画課の藤江 祐馬氏、そしてナレッジワークのCAIO(Chief AI Officer)であり、PoeticsのCEOであった山崎 はずむ氏にお話を伺いました。

出資から半年でM&A。その後も関係が続いた理由

──まずはPoetics時代のことを伺わせてください。Canon MJ MIRAI FundからPoeticsに出資を行った経緯や当時の狙いは何だったのでしょうか。

キヤノンMJ・渡:Poeticsさんがセールステック領域で確かな実績を出されていたことはもちろんですが、それに加えて「音声AIの優秀なDeep Tech企業であったことも大きな魅力でした。世の中の情報伝達がテキストから音声へとシフトする中で、人間の1番のインターフェースである「音声データ」をAIで解析する技術には計り知れない可能性を感じていたので。

また、弊社はキヤノン製品にとどまらず、さまざまなパートナー企業の製品・サービスを組み合わせたソリューションの提供を行っており、幅広い顧客基盤と多様な販売チャネルを備えた営業体制を強みとしています。そういった点からも、セールステックの自社活用にも大きなシナジーを見出していました。

渡 駿
渡 駿:キヤノンMJに新卒入社。経理・財務部門、経営企画部を経て、単年度予算や中期経営計画の策定、M&Aを含む投資業務に従事。2023年から全社横断の新規事業開発部門「R&B機能」におけるCVCファンドの立ち上げに参画し、スタートアップ投資およびパートナー企業との共創推進を担当。2024年より現職。

ナレッジワーク・山崎:渡さんたちが私たちの実績だけでなく、技術面も深く評価してくださったのは本当に嬉しかったです。

当時、私たちは自社をSaaSスタートアップではなく、「AIの研究開発企業」と捉えていたため、音声信号処理や自然言語処理などの研究領域に強い関心を寄せていただけたことは大きな励みになりました。デューデリジェンスの際にも、キヤノンMJ側の自然言語処理の専門家を交えて、技術的なコアをしっかり見ていただけたのが印象に残っています。

また、当時は商談解析AI「JamRoll」(Poeticsの主力プロダクト。現在の「ナレッジワークAI商談記録」のトラクションが出始めた時期です。そのため、「大企業のお客様へどうアプローチするか」「再販ルートをどう拡張するか」が大きな課題でした。そういった面で強力な販売チャネルに強みを持つキヤノンMJさんは、研究と販売の両面において最高のパートナーだと確信していましたね。

──その後、ナレッジワークがPoeticsをM&Aするという大きな転換期を迎えます。キヤノンMJはその後も株主として残り続け、さらにナレッジワークへの追加出資にまで至りました。この意思決定の背景には何があったのでしょうか。

キヤノンMJ・渡:弊社がCVC出資において最も重要視しているのは、「スタートアップとの関係が長く続くことです。M&AやIPOといったExitの形に関わらず、目指す方向性が合致し、世の中の大きな潮流に沿っているのであれば、パートナーシップは継続すべきだと考えています。

Poeticsとはセールステック領域でお互いに確かなシナジーが描けていましたし、何より両者にとって前向きなディールでした。Poeticsさんと連携して描ける未来の大きさを確信していたからこそ、追加出資を通じた支援の継続を決めました。当社のCVCファンドは100億円と規模が大きいため、ためらわずにファンドを通じて追加支援できたことも要因でしたね。

ナレッジワーク・山崎:最初の出資からわずか半年ほどでのM&Aだったため、その決断を快く認めて応援してくださったキヤノンMJの皆さんには深く感謝しています。

ナレッジワークという新しい母体になっても伴走し続けていただけることは心強いです。短い期間であっても、出資前から現場目線でディープな関係性を築かせていただいたからこそ、このご縁がいまも続いているのだと感じています。

山崎 はずむ
山崎 はずむ:東京大学大学院総合文化研究科博士課程満期退学。ニューヨーク大学大学院特別研究員。商談解析AI「JamRoll」を提供するPoetics代表取締役に着任。 2025年、ナレッジワークにPoeticsを売却し、入社。ヨーロッパ最大級ピッチ・コンテスト、Pitch Your Startup 2018(ルクセンブルク)でアジア企業として初めて優勝するなど、国際的なピッチ・コンテストで 6度優勝。書籍『アフターAI』(日経BP)ゲスト解説。

製品導入の鍵となった、キヤノンMJの「社内アプローチ戦略」

──現在、キヤノンMJの社内でもナレッジワーク製品の導入が進んでいると伺いました。規模の大きな企業であるキヤノンMJに新しいAIツールを導入する際にはハードルが多くあったかと思いますが、どのように乗り越えたのでしょうか。

キヤノンMJ・藤江:大企業へのツール導入は一筋縄ではいきませんが、今回はAIが絡むためさらに難度が高かったです。当時はAIサービスの活用が広がり始めた時期であり、社内ガイドラインについても整備が進められている段階であったため、社内のIT本部などと調整を重ねて一緒にルールを策定するところからスタートしました。

私の所属するソリューションデベロップメントセンター(SDC)はマーケティング部門であり、実際にナレッジワークの製品を使う営業現場とは別の部署になります。「良いツールだから使って」と上意下達で伝えても、現場は動きません。また現場の担当者が乗り気でも、部門長が難色を示せばプロジェクトは頓挫します。

そこで私たちは、ナレッジワークの営業担当の皆さんとワンチームになり、キヤノンMJ内の営業部門に共同提案を行うような形で社内行脚し、導入を進めていきました。

キヤノンMJ・渡:CVCチームである私の立場からは「社内のどの部署の誰にアプローチすれば導入が進むか」を山崎さんと徹底的にすり合わせました。「やれることは何でもやるというスタンスで、社内の法務やシステム部門への申請業務なども裏方として取り組んでいった形です。

藤江 祐馬
藤江 祐馬:キヤノンMJに新卒入社。一般消費者向け製品の家電量販店向け営業を経て、営業企画として戦略立案推進に従事。その後、社内の業務変革を経験し、2022年より新規ITサービス開発を担う現職に。主にセールステックベンダーとの協業を推進し、業務提携から社内導入・外販まで一気通貫で伴走しながら、共創による新規事業開発に取り組む。

ナレッジワーク・山崎:渡さんたちに社内の「地政学」を明確化し、最短ルートで窓口を開けていただけたのは本当に助かりました。また、単なる製品導入にとどまらず、「どうすれば実際に現場で使われるか」という実行フェーズまでご一緒していただけたのもありがたかったです。

── 実際にキヤノンMJ社内で導入してみて、ナレッジワーク製品の独自性や強みはどこにあると感じましたか?

キヤノンMJ・藤江:営業活動において最も重要なのは、商談の「前(準備)「中(実践)「後(振り返り・ネクストステップ)のサイクルでPDCAを回すことです。

世の中にある多くの商談支援ツールは単一機能に特化しているため、商談「中」の録音や文字起こしという単一機能で完結してしまいがちです。商談データが単なる記録として残るだけになってしまい、次回の提案やチームのスキル向上に活かされにくいという課題がありました。

しかしナレッジワークの強みは、営業プロセス全体をカバーする複数のプロダクトを持ち、それらがシームレスに連携し合っている点にあります。

たとえば、商談前には以前からあるナレッジワーク製品を使って営業のナレッジ共有や資料作成を行い、商談中・後にはJamRollの機能を受け継いだ「ナレッジワークAI商談記録」で商談の音声を自動で解析・記録していくという使い方ができます。さらに、その解析結果に基づいた振り返りや資料の改善点はそのままナレッジワーク製品上に蓄積されるので、次の提案へ役立てることも可能です。

準備から商談、その後のアクションまでが1本の線でつながることで、商談の質そのものが引き上げられ、受注までのリードタイムが短縮される。「営業プロセス全体の最適化」という一貫した世界観を持っているのが他社製品にはないナレッジワークの強みですね。

ナレッジワークが課題解決できる量を増やしてくれる

──社内導入と並行して本格化しているという、ナレッジワーク製品をキヤノンMJが販売するパートナー販売の連携についても教えてください。

キヤノンMJ・藤江:すでに具体的な案件がいくつも進んでいます。最終的には、キヤノンMJのメンバーだけで提案からクロージングまで自走することを目指していますが、現在はナレッジワークのパートナー販売担当の方に伴走してもらいながら、販売ノウハウを吸収している最中です。

実は明日も、私自身がとある大企業へAI商談記録の提案に行く予定で、成約すれば大きなインパクトになるため気合が入っています。

ナレッジワーク・山崎:それは絶対に成約につなげたいですね。実はナレッジワークにとっても、パートナー販売は新しい挑戦なんです。これまでナレッジワークは大企業向けの単体ソフトウェアだったこともあり、代理店展開を前提としたプロダクト設計ではありませんでした。

しかし、PoeticsのM&Aを経てプロダクトが「群」として拡充されたことで、ターゲット層が大企業から中堅企業まで大きく広がったため、営業戦略としても代理店展開は重要です。だからこそ、キヤノンMJさんの持つ全国のあらゆる地域・業態へのアプローチ力は、私たちが解決できる課題の総量を圧倒的に増やしてくれる心強い存在であり、私たちの事業戦略上も不可欠なパートナーと感じています。

キヤノンMJ・渡:弊社は単なるIT商社ではなく、システムインテグレーション機能や、医療、半導体など、多岐にわたる専門領域の顧客基盤を持っています。このアセットを最大限に活かし、中長期的な視点でナレッジワークさんと真のパートナーになっていきたいですね。これはCVCファンドから出資する他のスタートアップの皆さんに対しても同様に抱いている想いです。

──キヤノンMJはこれまでも数多くのIT・AI製品を全国の企業に販売し、定着させてきた実績があります。その立場だからこそ感じる、AIスタートアップのプロダクトを広く社会に届けるために重要なことは何でしょうか。

キヤノンMJ・藤江:私たちが製品の販売において特に意識しているのは「顧客主語であることです。この単語は社内でも本当によく口に出されています。

世の中にはAIプロダクトは多くありますが、お客様はAIが欲しいわけではありません。「そのAIを使って、自社のどんな課題がどう解決され、どんなメリットが生まれるのか」を言語化できていなければ、当社の営業チームはお客様に提案しませんし、提案してもやはり売れないんですよね。一時的な売上のために定着しないものを売ってお客様との信頼関係を損なうようなことはしない、というのがキヤノンMJ全社に通ずるスタンスだと思っています。

製品を売るだけなら、キヤノンMJの価値はない

──ありがとうございます。では最後に、両社が描くこれからの連携のビジョンについてお聞かせください。

ナレッジワーク・山崎:パートナー販売の最大化は前提としつつ、キヤノンMJさんの持つシステムインテグレーション力と連携し、お客様のITインフラや基盤構築の段階から一緒にアプローチするような検討ができると面白いのではないかと思っています。たとえば、営業特化型AIエージェントの構築などですね。

また、Poetics時代から構想していたAIの基礎研究や事業化についても、当社の博士号を持つ研究開発メンバーとキヤノンMJさんの技術・知見を融合し、共同研究を模索できれば、Poeticsのころからのビジョンをともに成し遂げられるなと。

キヤノンMJ・藤江:当社の経営陣からは「ただナレッジワークの製品を仕入れて売るだけなら、キヤノンMJの価値はまったくないと言われています。私たちは「キヤノンアセット」と呼んでいますが、キヤノンだからこそ提供できるものとナレッジワークさんとで新しいビジネスを作っていきたいですね。

たとえば、キヤノンが持つカメラや映像解析技術と、ナレッジワークさんのAIロープレツールを掛け合わせるような連携も考えられます。「営業担当の表情や身振り手振り、視線の配り方まで解析し、より顧客に伝わる営業アプローチをフィードバックする」といった、デバイスとソフトウェアが融合したソリューションも生み出せるはずです。

私たちは、スタートアップの皆さんから「製品を売ってくれるだけの販売代理店」と見られるような存在にはなりたくないと思っています。対等なパートナーとしてともに成長し、世の中をワクワクさせる仕事をしていきたいですね。

キヤノンMJ・渡:最先端の基礎技術領域での協業は、弊社としても特に注力したい分野です。いまオンライン会議が当たり前になったように、数年後には誰もが驚くような「新しい当たり前」を、ナレッジワークをはじめとするスタートアップの皆さんと一緒に作り上げられたら嬉しいです。

抽象度が高くなってしまいますが「とにかくお客さんにめっちゃいいものを提供していきたいということに尽きますね。「いまの状況を10倍良くしたいなと。そういう未来志向で共創できるスタートアップの皆さんと、これからもたくさんお話ししていきたいと思っています。

※所属、役職名、数値などは取材時のものです
(編集:GB Brand Communication Team)

コラボレーター

渡 駿のプロフィール画像

渡 駿

キヤノンマーケティングジャパン株式会社

R&B推進本部 R&B事業推進センター CVC戦略推進グループ 投資担当

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藤江 祐馬

キヤノンマーケティングジャパン株式会社

マーケティング統括部門 ソリューションデベロップメントセンター ソリューション企画課 課長代理

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山崎 はずむ

株式会社ナレッジワーク

CAIO(Chief AI Officer)