キヤノンマーケティングジャパンがスタートアップとの連携で実現した「AIモデルの撮影スタジオ」とは
キヤノンマーケティングジャパン株式会社とAI model株式会社は、主にアパレルEC向けにAIモデルによる着用画像を生成・提供する事業化検証を開始しました。本協業の経緯や顧客メリットなどを両社の担当者が語ります。

キヤノンマーケティングジャパン株式会社(キヤノンMJ)はCVCファンド「Canon Marketing Japan MIRAI Fund」を通じてAI model株式会社に出資し、同社と共同で主にECサイトを持つアパレル企業向けの事業化検証を始めました。
AI modelは、独自の生成AI技術で「AIモデル」を生成し、TVCMやECサイト、カタログなどにおけるクリエイティブ制作を最適化して、コスト削減や収益向上を支援するスタートアップです。
事業化検証では、キヤノン製カメラや照明機材、キヤノンMJのイメージングに関する高い技術・ノウハウによって撮影された商品の画像からAIモデルを生成するスキームを構築したことで、高品質なECサイト画像を撮影できる準備が整ってきました。すでに大手企業を顧客とした運用も始まっており、本格的な事業化に向けて動き出しています。

本取り組みの経緯や顧客のメリット、協業の過程における工夫などについて、キヤノンMJ R&B推進本部の阿部 俊介氏とAI model CEOの谷口 大季氏に話を伺いました。
「これだ」と感じた、両社の親和性
──今回の事業化検証が行われることとなった経緯を教えてください。
阿部:キヤノンMJでは、以前からAIを活用したクリエイティブビジネスに関する事業を構想していました。
画像や映像の制作を行うクリエイティブ業界では、人手不足や労働集約型の働き方など課題が多くあります。私自身、カメラなどのBtoCマーケティングに長年携わってきたので業界に関係する企業とやりとりすることも多く、こうした課題は強く感じていました。
また、企業や自治体がクリエイティブを使いたくても、コストや権利問題で使いづらいという課題もあります。たとえば、日本で作った販促用の写真を海外拠点でも使おうとすると、プラスで多額の費用がかかるケースもあって。リソースが限られる中小企業や自治体などからすると、これは大きなハードルですよね。
当社では、クリエイティブに関するこの構造的な問題を打ち破る鍵がAIではないかと考えていました。AIと私たちのイメージング技術を組み合わせれば、制作のスピードや品質、権利問題を解決し、より多くの顧客が自由に表現できる世界を作れるのではないかと。

──以前からそうした構想があった中で、AI modelさんと出会われたわけですね。
阿部:はい。CVCファンドの運用者であるグローバル・ブレイン(GB)さんからAI modelさんをご紹介いただきました。CEOの谷口さんと会った瞬間に「これだ」と感じましたね。
AI modelさんは生成AIを使ってゼロから画像を作るのではなく「衣料品などの商品をリアルで撮影し、それをもとにAIモデルを生成する」という形で事業に取り組まれています。そのスタイルがイメージング技術に強みを持つ私たちと非常に親和性があると判断しました。
谷口さんと対話をする中で見えてきたのは、AI modelさんには多くの問い合わせが来ており、現状のキャパシティーだと撮影をさばききれなくなっているという課題です。そこで、私たちが持つカメラや関連機材、撮影におけるノウハウや人員体制などを活かせるのではと考え、当社内に撮影スタジオを設置。企業をターゲットとした事業を進めることとなりました。
谷口:AIモデル撮影スタジオの構想は、実は当初はまったく想定していませんでした。協業の方向性を模索する中での一案でしたが、私たちのAI技術とキヤノンMJさんの技術を掛け合わせた、これまでにない価値を生み出せる連携になったと思っています。私たちとしても本当にありがたいですね。

ECサイトの「販売促進」にも効果的
──今回の取り組みの顧客となるECサイト事業者は、具体的にどのようなメリットが得られるのでしょうか。
谷口:一番は画像を制作するリードタイムの短縮です。アパレルECの領域では、正規価格で売れる時期に商品をサイトに公開しないと機会損失が発生してしまうので、半日でも1日でも早く画像を撮影して公開したいというニーズがあります。
しかし、人を使った従来のモデル撮影では、1着あたりの撮影コストを下げるためにある程度商品が溜まってから撮影をするので、どうしてもECサイトでの公開が遅れてしまうという問題がありました。
私たちのスキームを活用いただければモデルをアサインする必要がなく、できあがった商品をマネキンに着せて撮影するだけですぐにAIモデルの着用画像を生成できるので、ECサイトを迅速に更新可能です。実証実験では通常のモデル撮影よりも最大70%リードタイムを短縮できました。
また、リードタイム短縮だけでなく、ブランドイメージに合った高品質なモデル画像を効率よく生成できるのも大きなメリットです。
アパレル業界では多くの場合、商品は郊外の物流倉庫で保管されており、そこにモデル撮影ができるスタジオも併設されています。そのためモデルは撮影のために都内から片道1時間半から2時間ほどかけて移動しなければいけません。
ブランドイメージに合うモデルがいてもスケジュールを調整できなかったり、長距離移動するコストをかけられなかったりする場合、事業者は「商品だけを撮影する」「モデルの顔を写さないで撮影する」など、クリエイティブ面での妥協をせざるを得ません。
しかし、アパレルのECサイトでは人が顔を出して商品を着用している画像のコンバージョン率が高いことがわかっており、そこにジレンマがあったわけです。
私たちの技術を用いれば、ただ着用画像を生成できるだけでなく、AIモデルの表情、ポージング、髪の長さ、肌の色などの調整もできます。自社製品の世界観に最も合う画像を迅速に活用できるので、販売促進の面でも効果的です。

──撮影スタジオの設備について、何か特色はありますか?
阿部:実はAI modelさんはずっとキヤノンのカメラを活用いただいていたそうなんですが、使われていたのはエントリーモデルのものでしたので、今回の取り組みではハイエンドモデルのカメラを使用する環境を整えました。またカメラだけでなく照明機材や、PCのソフトウェアなどでも我々のノウハウを提供し、AI modelさんの技術が活きるようご支援しています。
将来的にはキヤノンのVRやさまざまな技術、ネットワークカメラなどのハードを使ったソリューションなども組み合わせて、新しい撮影スタジオを構築していきたいですね。単にアパレル撮影だけを行うのではなく、お互いの技術を組み合わせて相乗効果のある事業を生み出すことが重要だと思っています。
谷口:両社の強みを掛け合わせたまったく世の中にないものが顧客に提供されれば、顧客のみならずクリエイティブ業界全体も発展していきます。そういった取り組みを一緒に歩んでいければすごく嬉しいですね。
新規事業を進めるための社内の“口説き方”
──スタートアップと大企業の連携は、互いの目標や業務の進め方の違いなどから停滞してしまうケースも多いですが、事業化検証を円滑に進めるために意識されたことはありますか。
谷口:実はご一緒する前はスピード感のところが気になっていました。スタートアップは状況が目まぐるしく変化するので、同じスピード感でキヤノンMJさんのような大企業に進めていただくのは正直難しいのではと思っていまして。
ところが、キヤノンMJさんは「本当に大企業なのか」と感じるくらい驚くほどスピーディに対応してくださいました。私たちとしても変に気を遣う必要がなかったので、スムーズに進められたのかなと思います。

阿部:ありがとうございます。協業を進めるうえで私が意識していたのは、スモールサクセスをいかに早く出せるかという点です。
私は新規事業を4〜5年やっているんですが、その中でよく直面するのは足元のスモールな成功よりも中長期のビジョンに囚われてしまい、事業を前に進められなくなってしまうという課題です。しかし、その状況が長く続くと「新規事業部門はアウトプットを出してない」とみなされ、予算やチームが削られてしまう可能性があります。この負のスパイラルはどんな企業でもよくあることかと思います。
新規事業では、まずは足元のサクセスを積み上げることが重要です。そのために「使える自社のアセットやノウハウは何でも活用する」という姿勢で臨んでいたのが奏功したのかなと思います。
──自社のアセットを使うためには、社内の方とのコミュニケーションも大事になると思います。具体的に意識したことや実践したことがあれば教えてください。
阿部:社内とのコミュニケーションはめちゃくちゃ大事ですよね。新規事業部門は大人数ではないので、いかに社内の人間を巻き込んでいけるかがポイントになります。
今回のプロジェクトでは、私の古巣であり、BtoCチャネルを担当するコンスーマビジネスユニットとサポートのメンバーなどの約20人がプロジェクトメンバーとして参加してくれることになりました。
AI modelさんとの事業に携わることは彼らにとっても新たな知見獲得の機会となりますし、働くモチベーションにもつながります。今回、私から新しい事業にチャレンジする意義を彼らにしっかり伝えたことで協力を得られました。
社内の既存のネットワークやノウハウを活かして人を巻き込み、スモールサクセスを積み重ねることが新規事業成功の鍵だと感じますね。
金融、小売、エンタメ…広がる協業の構想
──事業化検証の今後について伺わせてください。これから特にどのような顧客への導入を進めていく予定ですか。
阿部:大企業や国などにはもちろん、クリエイティブを導入したくてもコスト的に断念していた中小企業や自治体にもお使いいただきたいと思っています。AI modelさんとともに、誰もがいつでもクリエイティブな表現を行える世界を実現していきたいですね。
また、AIモデル事業はアパレル領域に限らず展開可能だと思っています。直近で検証しようとしているのが、金融機関の窓口業務や流通・小売の店舗業務におけるAIモデルの活用余地です。接客スタッフをAIモデル化し、当社が取り扱っているデジタルサイネージなどの映像機器とあわせてパッケージにする事業を構想しています。独自の技術基盤で生成AIを最適化するカスタマイズ型ソリューション「Kasanare」を提供する カサナレさんとも連携して、リアルタイムで会話ができる接客AIモデルの実証実験も始めました。
当社はプリンターなどのオフィス機器の販売を通じて、あらゆる業界の顧客との信頼関係を構築してきた強みがあります。そうした既存のお客様にデモを展開しながら、AIモデルに関するあらゆるニーズを検証していく予定です。
谷口:いまはアパレル系の大企業を中心に導入を進めていますが、今後の日本では少子高齢化に伴ってさまざまな業界で効率化が一層求められます。阿部さんにおっしゃっていただいたように、AIモデルを使って金融、流通、小売など幅広い業界での生産性向上に寄与していきたいです。
──ECサイトに限らず、さまざまな場面でAIモデルを見かける機会が増えるかもしれませんね。
阿部:はい。さらに将来的には、「IP(知的財産)ビジネス」のようなビジネスモデルも視野に入れています。AI modelさんと連携していった先ではこうしたエンターテイメント要素の強い事業も可能となるかもしれません。
谷口:実は近い取り組みがすでに進んでいます。先日、パチンコメーカーの三洋物産さんと連携して、同社の人気キャラクターである「マリンちゃん」をAIモデル化し、34人の「AIミスマリンちゃん」を生みだして人気投票をする企画をリリースしました。企業がオリジナルのAIタレントやモデルを作成し、ファンを獲得して自社資産にしていく新しい取り組みです。こうした分野でもキヤノンMJさんと進めていける余地は多くあると感じています。

先ほど話にあがったカサナレさんとの接客AIモデルの実証実験も、キヤノンMJさんおよびGBさんとの取り組みの中で想像もつかなかった新しいサービスの創出につながりました。他社さんとの連携は今後も期待していきたいですし、チャレンジしていければと思っています。
阿部:同感です。「AI modelさん・GBさん・キヤノンMJ」の三角形のネットワークをさらに大きくし、ビジネスや共感の輪を広げていきたいですね。その仲間に加わっていただける企業も随時増やしていければと思っていますので、関心のある事業者さんはぜひお声がけいただければ嬉しいです。
※所属、役職名などは取材時のものです
(取材・執筆:Universe編集部)