メルカリ卒業生と現役医師が「医師向けアプリ」にチャレンジする理由
異例のキャリアを歩む、HOKUTOの経営陣2人にその背景について伺いました。
執筆: Universe編集部
グローバル・ブレイン(以下GB)が支援するHOKUTOは「より良いアウトカムを求める世界の医療従事者のために」をミッションに掲げ、医師に対して臨床に関する情報をアプリで提供する医療×ITスタートアップです。その事業内容もさることながら、ユニークな人材が豊富であることにも注目しています。
取締役の山下颯太さんは現役の医師で、病院に勤めながらHOKUTOの事業開発を、同じく取締役の山本久智さんはメルカリの創業メンバーで、今はHOKUTOのプロダクト開発責任者を担当されています。
なぜ2人はこれまでのキャリアからすると異例とも言える、医療専門サービスにチャレンジすることにしたのか。GBのGeneral Partnerである立岡が聞き手となって、山下さんと山本さんにその背景に迫りました。
山下颯太:2019年にHOKUTOに参画。現役の救急科医として勤務しながら、臨床支援アプリのコンセプト策定や事業開発、組織構築など幅広い業務を担当。
山本久智:2021年にHOKUTOに参画。プロダクト開発全般を担当。メルカリ創業メンバーとしての知見を生かし、組織開発などにも携わっている。
立岡恵介:2013年にGBに参画。領域を問わず、数多くのスタートアップへの投資、育成、EXITに携わる。現在は投資活動に留まらず、 General Partner としてファンド運営に関わる幅広い業務を担当。
立岡:今日はHOKUTOで取締役を勤めている山下さん、山本さんのおふたりに来ていただきました。よろしくお願いします。
山下・山本:よろしくお願いします。
立岡:最初は山下さんの方からお話を伺わせてください。まず、入社の経緯が興味深いので、改めてご紹介してもらってもいいですか?
山下:はい、ありがとうございます。僕が医師2年目ぐらいだった時のことです。医療現場には様々な課題があるのですが、医師1人の努力では解決できない「全体のシステム」に起因する問題があることを感じていました。
特に大きい問題だと感じていたのは医学情報の活用です。医療の進歩とともに医学情報は爆発的に増加する一方で、医療現場ではそれらを知らないことによる間違いは許されない。膨大な情報をキャッチアップし、活用することは非常に大変だなと。そういったマクロから見た医療課題は、臨床現場でいくら頑張っても解決されないため、何かいい方法はないかなと考えていました。
当時はいろいろと臨床医以外の働き方も見ていて、例えば近年では、厚生労働省の医系技官や戦略コンサルティングファームのような場所にも医師が増えてるんですが、自分のやりたいこととフィットしないと感じてもいました。そんな時に出会ったのが代表の五十嵐北斗です。
最初は怪しい起業家という印象で(笑。仲の良かった後輩が、なけなしのお金を出資したと言っていたので、騙されてるんじゃないかと思い直談判しに行ったのが始まりです。ただ、話してみたら意外と正しいこと言ってるなと。彼の捉えてる課題感も、解像度は粗いにせよ自分が大変だと感じた要素と似ていました。
課題を彼と一緒に解決していくことが今一番やりたいことなんじゃないかなと思うに至り、しばらく協力している内にのめり込んで入社することになりました。
立岡:ありがとうございます。私たちも医療現場にテクノロジーが入っていく様子を見ていますが、現場の医師からすると「そんなのいらないよ」というご意見があるなど、ギャップを感じることもあると思いますがいかがでしょう?
山下:おっしゃる通りです。医師もそうですけど、医療業界にいる人たちの考えと、IT・スタートアップ業界にいる人たちの考え方にはかなりギャップがあります。
後者の大きなカルチャーとして、失敗を前提とした前進や、紙をデジタルに置き換えるような利便性の追求を「是」とする考えがあると思います。一方で医療現場では命を預かっているので、失敗を前提とした前進は好まれず、どうしても保守的になりがちです。利便性を追求するよりも、ミスが起きないようにこれまで使ってきた古いシステムをあえて優先する傾向にあります。失敗したとしても、大きくチャレンジしようみたいな考え方がそもそも生まれにくいですね。
ITの人たちが「すごくいい」と考えて作ったプロダクトが、臨床現場の医者には全く使われない、ということもよくある話です。マーケットとしては大きいのでテックの人たちも参入しようとしますが、ピントを外してるケースはかなりあるんじゃないかと思います。
立岡:なるほど、命を預かる仕事だからこそ慎重になるというのはわかる気がします。ところで山下さん、最初はアドバイザーで参加されていたんですよね。経営陣として中に入ってみていかがですか。
山下:そうですね、僕は2つの世界を行き来していますが、例えばミスがあってもいいからとりあえず製品を世の中に出して、顧客の声を聞いて素早く改善するべきだという姿勢は基本、医療現場では許されません。間違いのあるものを世の中に出した時のネガティブインパクトは尋常じゃないので、この「不完全な物」を扱うハードルは結構高いなとは思いましたね。
あとは医師にとっての「使いやすい」と、一般的なUXが違うということはあります。こういったギャップは2つの世界を行き来する中でかなり感じました。
立岡:現役医師を続けながら、プロダクト開発や事業開発に携わることでそのギャップを埋める、そういう役割が明確にあるという感じですね。
山下:そうですね。我々のプロダクトの競争優位性の根幹たるところは、やはり医師の課題解決であり、様々な方のご意見を伺う中でも差別化されたポジションになってきていると感じてはいます。
医師に実際に使っていただけるプロダクトを、テックという価値観の中から入ろうとしてもなかなかうまく適合しないという課題がある中、そこの橋渡しとして医療現場の中の言語や文化、価値観を上手く翻訳しながら統合していく。
この役割は会社の中で大きいものとして、僕が担ってるかなと思います。
立岡:ありがとうございます。では、続いて山本さんの方にもお話を伺おうと思います。山本さんはメルカリ創業期からのメンバーでしたが、なぜHOKUTOに入ろうと思ったのかをまずはお聞かせいただけますか?
山本:はい、メルカリには7年半ほど在籍してメルペイなど様々なプロジェクトやらせていただきましたが、そろそろ次のチャレンジをしたいなと思い、いくつかの会社とお話させていただきました。
その中でHOKUTOと出会ったのですが、転職するのにあたり大事にしたポイントとして3つほど考えていました。
1つ目は、せっかくやるなら少なくとも5年、もっと長い時間を自分の時間として投資できるかという点。そして残り2つが特に大きいのですが、2つ目は一緒にやる経営メンバーが誰か、3つ目は自分が担える役割は何か、という点です。
経営メンバーについては、メルカリ時代を含めてお会いした中でも本当に見ないレベルというか、会ったことないくらい優秀な2人だなと思いました。僕より5、6歳も若い2人ですが、彼らと一緒にこの会社を大きくしていくという経験を一生懸命にできたら、また違った景色が見えるようになってくるんじゃないかと。
そして最後のひとつは自分の果たす役割です。
メルカリでは本当に「ゼロ」の時から参加したものの、自分自身が果たした役割は限定的だったと思います。1人のPMとして大きなプロジェクトを任せていただいてはいましたが、次はより自分自身が会社にレバレッジをかけられる、そういった役割を担える会社がいいなと思っていました。
そう考えていた時に出会ったのがHOKUTOです。
事業戦略や作りたいものは、すごくユーザーに刺さりそうだと感じました。ここに自分が入ったらそれを加速させられるんじゃないか?と考えたのが入社の背景ですね。
立岡:大きく成長したメガベンチャーを卒業して、次のステップを探そうという方はこれからも増えてくると思いますが、山本さんはその3つの基準をどのようにして決められたんですか?
山本:感覚的に決めた部分と、ロジカルに決めた部分がありますね。やはり自分自身が大きくレバレッジをかけることができるポジションで働きたい、というのが最初の思いとしては一番強かったです。
そうなると自分で起業するか、シードやシリーズAくらいの会社という基準になってきます。会社を大きくさせるためには事業領域もそうですし、一緒に働くメンバーの占める要素も大きいなと考え、自然と軸が決まっていったという感じです。
立岡:その後、30社ほどいろいろな方々にお話を聞いて回ったそうですが、それはどのようにされたんですか?転職の相談ってなかなか人に言いづらい部分もあると思うので。
山本:メルカリ卒業生の方のお話を聞いたり、どなたかからのアドバイスもあって、4、5社くらいのVCの方とお話させていただいたりしました。結果的に支援先をいくつか紹介いただき、合計で30社あったという感じです。
立岡:で、その中にHOKUTOがあった、と。山本さんは長年プロダクト開発にPMとして携わられていたわけですが、HOKUTOのプロダクト開発の魅力ってどこに感じたんでしょうか。
山本:そもそもPMにはいろんなタイプがいますが、僕は元々エンジニアなので開発をつつがなく進めていくのが得意な方です。逆にUXなどに強みがあるというわけではありません。
そういう視点でHOKUTOのプロダクトを見た時、僕が得意とする部分が足りていないなと感じました。特に作っていくプロセスですね。一方、世の中には多くのプロダクトがありますが、HOKUTOほど自分がターゲットじゃないプロダクトはありません(笑。本当にHOKUTOはどういうシーンで、どういう思いでどういう風に使うのか全く想像がつかない。そういう意味でもやりがいありそうだなと。
立岡:ターゲットが自分ではないプロダクトの場合、UXなどの面で難しいところもあると思いますが、そのあたりはどのように補っているんですか?
山本:そこはメルペイ時代に経験したUXリサーチが役に立ってます。メルペイはUXリサーチを大事にする会社で、ユーザーインタビューを通して課題を抽出し、それに対する解決策を考える。このプロセス自体は経験していたことがあったので、その知見を生かしつつ、かつ、山下さんや別の医師のPMなどに頼りつつ、ですね。
立岡:おふたりがそれぞれの経験と技術でHOKUTOというチームのギャップを埋めていることがわかるお話だったと思います。CEOの五十嵐さんはいろんな人を巻き込むのが本当にうまいですよね。多分、持って生まれたものだと思うんですが。
僕は山本さんとちゃんとお話したことがなかったんですが、メルカリ時代の山本さんのお話は聞いていて、開発の能力が圧倒的に高いすごい人が入ってくれるらしいぞ、と。僕も他の医療分野に出資したりもしていますが、本当に優秀な開発メンバーが入社してくれるかというと、特殊な領域なので難しい。HOKUTOはいい人材を獲得したと思います。
それと山下さん。本当にお医者さんなの?って感じで(笑。
山下:笑
立岡:僕みたいなコンサル出身の人間から見ても、物事の進める順番であったりペースであったり、プライオリティの置き方であったり、仮説の出し方とかすごくシャープなんですよね。
山下:ありがとうございます。
立岡:専門領域のことにも詳しいし、巻き込み力もあるし、プロダクトを作る力もすごくある。なかなかこういうチームってできないだろうなというのが率直な感想です。
では最後におふたりから今後、将来見ているビジョンについて教えていただきたいです。異業種、および別領域から挑戦しているおふたりがどのような将来像を描いているのか、今後、参加したいという方にとってもメッセージとなると思うので。
山本:これまでのお話にも出てきたように、僕たちが取り組んでいる医療課題はすごく大きい課題なのに、同じ課題に真正面からアプローチする会社は実は多くありません。
だからこそ僕たちがどれくらい頑張るかで、医師の臨床現場の体験が大きく変わると思っています。実際、HOKUTOを愛用してくださっている先生も多く、いいものを作れている実感もあります。
医療のプロダクトって自分がユーザーじゃないので、どう作っていったらいいか分からないという面があるかもしれません。ただ、ユーザーインタビューを通じて僕もキャッチアップできましたし、そこの懸念はそんなにないと思います。
HOKUTOを良いプロダクトにしていけるかどうかで、さらに医療が良くなっていくと本当に思っていますし、世の中に与えられるインパクトや社会への貢献性の高さが本当に大きいので、この難しいチャンレンジを楽しんでいただける方とぜひ一緒にお仕事ができればと思っています。
山下:我々が捉えてる課題感はかなり大きい一方、その課題に対してどれぐらい質の高いソリューションを提供できているかとなると、まだまだその理想の段階からほど遠い状況です。
日本の1.2億人の国民の命を守ってるのって、たった30万人のお医者さんなんです。その30万人のお医者さんの働く課題を解決できれば、1.2億人の国民の人生やQOLの改善に繋がります。
すごくやりがいのある領域で、やりがいのあるチャレンジだと思っています。大きな社会的インパクトを世の中に残していけるんじゃないかなと。
難題だけれども、この難題を乗り越えていけば日本国民のみなさん、1.2億人の人たちの人生をよくすることができる。そういう製品を一緒に作りたいですね。
立岡:最後に素晴らしい名言。これからのますますのご活躍を期待しています。今日は本当にありがとうございました。
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