今、なぜフェムテックが重要なのか

女性の社会進出が推進される中、顕在化したのは女性のライフステージごとの健康課題と社会システムとのギャップだ。

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執筆:Universe編集部、共同執筆: 皆川 朋子

SDGsにおける女性活躍のアジェンダや、2017年に巻き起こった「#MeToo」といった世界的ムーブメントは、変化する社会における女性のニーズや立場を社会構造として十分に取り込みきれないまま、女性の社会進出が進んだ結果の「ひずみ」のようなものかもしれない。

このような形で女性の社会進出が推進される中、顕在化したのは女性のライフステージごとの健康課題と社会システムとのギャップだ。

生理やPMS(月経前症候群)、妊娠と出産、そして更年期に至るまで、身体的症状自体は今も昔も変わらずあったものが、女性の社会進出が「働く男性」に最適化されてきた旧来の社会システムの延長のうえで進む今、改めてオープンに語られ始めている。

こうしたムーブメントの中で存在感を増してきたのが、Female(女性)とTechnology(テクノロジー)をかけ合わせた「フェムテック」である。フェムテックは、女性のライフステージごとの健康課題と現行の社会システムとのギャップをテクノロジーの力で解消するソリューション群の総称だ(注釈: ここではフェムケアと呼ばれるプロダクト・サービスも含めてフェムテックと総称しています)。

女性のライフステージを「スムーズにする」方法

ドイツの月経管理アプリClue。
ドイツの月経管理アプリClue。

フェムテック市場のカテゴリとしては、生理周期トラッキングや月経カップ・吸水ショーツなどの「月経ケア」、妊活相談や卵子凍結サービス、妊孕性にかかわるホルモン検査などを提供する「不妊・妊孕性」、さらに妊娠・産後ケアや「更年期ケア」など、女性の各ライフステージに合わせたソリューションが挙げられる。

フェムテック市場で先行する欧米では、「フェムテック」の名称を作ったIda Tin氏が2013年に立ち上げたドイツの月経管理アプリClueや、アメリカ発で従業員向けに雇用者負担で卵子凍結などの不妊治療を提供するCarrot Fertility、骨盤底筋を鍛えるトレーニングデバイスやウェアラブル搾乳機などを開発販売するイギリスのElvieなど、さまざまなプロダクトやサービスが登場している。アメリカのリサーチファームFrost&Sullivanの調査によると、2025年にはフェムテックの市場規模は5兆円になると言われる。

国内においても各カテゴリに該当するサービスやプロダクトは徐々に登場している。生理日予測アプリや女性ヘルスケアサービスを展開するMTIの「ルナルナ」は昨年20周年を迎えたが、妊活コンシェルジュサービスの「ファミワン」、ホルモンの郵送検査キット「canvas」、デリケートゾーンケア製品をEC販売する「Mellia」、不妊治療データを統計的に解析し検索できる「cocoromi」、更年期の症状のオンライン相談サービスを提供する「TRULY」。また、「ランドリーボックス」や「婦人科ラボ」など月経や婦人科領域に特化したメディアも登場している。

国内外のフェムテック製品を取り扱う「fermata」では、大手企業を含めたフェムテックのプロダクト・サービスをまとめたフェムテックマーケットマップを公表している

さらに2020年に入ってからは資金調達も活発化しており、月経ショーツを展開する「Nagi」やオンラインピル処方の「スマルナ」など10代〜50代まで関係人口が多い月経ケアカテゴリの盛り上がりをはじめ、女性に優しい乳がん検査装置を開発する「Lily MedTech」やゲノム解析で不妊治療に適応する「Varios」など、ディープテック領域のフェムテック企業においても資金調達の動きが進んでいる状況がある。

2020年10月には「フェムテック振興議員連盟」が発足し、女性の健康課題をテクノロジーで解決するための政策からの支援も進むと期待されている。また、著名人やインフルエンサーでもフェムテック領域に関する発信が増えており、例えば、アーティストで元マサチューセッツ工科大学(MIT)の助教のスプツニ子!さんは卵子凍結サービスの立ち上げを発表した

フェムテック市場においては、これらのプロダクト・サービスを利用することによる生産性向上などの具体的なデータ蓄積・実績づくりのほか、そもそも女性のライフステージに影響を与えるホルモンについて未解明な部分が多いといった課題はあるものの、テクノロジーの力で女性が今の社会を生きやすくするためのソリューションは徐々に生まれてきている。

課題の大きい国内だからこそできるアプローチ

日本国内でも徐々に注目が高まるフェムテック領域だが、喫緊の解決が求められる日本ならではの課題に対して、フェムテックはどのようなアプローチができるのだろうか?

2019年12月に世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数2020」では153カ国中121位と史上最低位を記録した日本。しかし、まだまだジェンダーギャップが根強いからこそ、フェムテックが国内の課題解決を加速させる余地は大きいのではないかとも考えられる。

特に大きく課題解決の前進につながり得るカテゴリとして、「不妊・妊孕性」と「更年期障害」の2つが注目されている。中でも不妊治療に関わるサービス群は、日本でも長く課題とされている少子化問題のダイレクトソリューションになる。

ICMART(国際生殖補助医療監視委員会)による2016年の調査で、日本は不妊治療の件数は60カ国中第1位だったにもかかわらず、出産率は最下位であるという結果が出ている。そうした背景からも、2021年に入って国内で不妊治療に係る助成の拡充が進められるなど、政府の動きが見られるようになった。

こうした状況に、フェムテックはどうアプローチできるのだろうか。例えば、アメリカ・ニューヨーク発の「Kindbody」は、オンライン診察とクリニックでのオフライン診察を組み合わせた不妊治療や卵子凍結サービスを提供している。さらに先述の「Carrot」と同様、企業向けに福利厚生として従業員の不妊治療をサポートするサービスも提供し、2020年7月には3200万ドルの資金調達も実施するなど市場での存在感を増している。

ニューヨーク発不妊治療「Progyny」はナスダックに上場した。
ニューヨーク発不妊治療「Progyny」はナスダックに上場した。

また同じくニューヨーク発の「Progyny」は、FacebookやMicrosoftなどの大手テック企業へ福利厚生として不妊治療に関するサービスを提供。2019年10月には1億3,000万ドルでナスダックに上場し、フェムテック企業の大型上場として注目を集めた。

国内でも(先に挙げたように)不妊治療に取り組むサービスが多数立ち上がってきており、今後より広く認知され普及していくことで、官民の両輪で少子化問題の解決に寄与できると期待が高まっている。

また、女性活躍推進、特に女性管理職比率の向上に向けては、更年期障害に対するサービス群が解決策の1つとなり得る。

日本政府は「2020年までに3割」としていた女性管理職比率の目標を「2030年までの可能な限り早期」と先送りした。こうした女性管理職の登用が想定通りに進まない背景として「更年期障害」による女性の体調変化や社会における理解不足があると言われる。一般的に更年期の症状が出る40〜50代は、管理職や役員になる年代と重なり、登用のチャンスがあっても自己の症状の不安から昇進を断る女性も少なくないからだ。

実際に、更年期を理由に昇進を辞退したことがある女性は50.0%、辞退しようと考えたことがある女性は17.3%となるなど、全体で7割弱の女性が更年期を理由に昇進の辞退検討をしたというデータもある。

こうした状況は高齢化が進む他の先進国でも同様だ。アメリカで更年期女性向けのサプリメントやウェルネス製品のEC販売、オンライン診察を行う「Gennev」は、これまで多くを語られることのなかった更年期市場に風穴をあけ、2019年から2020年にかけて売上を278%増加させた。

日本でもこれまで更年期障害についてはオープンに語られる機会が少なく、ケアやコントロール手段のみならず症状自体について当事者が無自覚な場合も多々あった。フェムテック関連のサービスの普及・拡大により、更年期の症状やそのケアは当たり前、という風潮を醸成することは、当事者である女性にとっても日本経済にとってもプラスに働くと考えている。

ジェンダーギャップが根強い今の日本の状況は、ある意味解決のための一石を投じやすい状況でもある。現状を逆手にとり、フェムテックが広く市民権を得ることができれば、すべての人が生きやすい社会の実現に大きく前進するのではないだろうか。

グローバル・ブレインとしても、投資家の立場からフェムテックの支援・拡大を通じて、男性・女性・さまざまなマイノリティを含め、すべての人にとってよりよい社会を創っていく活動には引き続き注視していきたい。