核融合とは何か——カーボンニュートラルを実現しうるディープなエネルギーテックに注目する理由

先進技術領域「核融合」を、それが解決しうる脱炭素・カーボンニュートラルの社会課題と共にご紹介します。

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執筆: Universe編集部、共同執筆:岩田 紘宜

2021年末、ビル・ゲイツ氏らも注目するMIT発の核融合スタートアップの米Commonwealth Fusion SystemsがシリーズBラウンドで18億USDを、米Helion EnergyがシリーズEラウンドで5億USD(加えて、マイルストーン投資で17億USD追加)を調達、規格外スケールの大型資金調達ニュースが世界を駆け巡りました。一体、核融合の何が投資家を惹きつけるのでしょうか。

今回はスタートアップ業界でも大きな注目が集まる先進技術領域「核融合」を、それが解決しうる脱炭素・カーボンニュートラルの社会課題と共にご紹介します。

深刻化する気候変動と脱炭素市場の盛り上がり

510億トンーーこれを見てピンときた方はビル・ゲイツ氏の著作(「地球の未来のため僕が決断したこと(原題: How to Avoid a Climate Disaster、早川書房)」など)を読まれた方ではないでしょうか。テクノロジーを愛する実業家として、近年大きな世界課題となっている気候変動問題、特に温室効果ガス(主に二酸化炭素やメタン、一酸化窒素等)の排出によって引き起こされる問題について解説しています。

「510億トン」は、1年間に地球上で排出される温室効果ガスの総量を示しています。ゲイツ氏はさらに、510億トンを5つの人類活動に分類しどれぐらいの温室効果ガスを排出しているかを整理しています。それによると、トップは「ものをつくる(セメント、鉄鋼、石油化学などの製造業)」で31%の割合、続いて「電気を使う(エネルギー)」が27%、さらに「物を育てる(農業、畜産)19%」「移動する(モビリティ)16%」「冷やしたり暖めたりする(暖房、冷房、冷蔵)7%」が続きます。

ゲイツ氏は、これらの活動で排出する温室効果ガスを「ゼロ」(カーボンニュートラル : 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること)に近づけなければ地球の未来は明るくならず、世界の問題はテクノロジーで解決できる、という信念に裏付けされて数多くのディープなテクノロジー企業を支援してきました。

関連市場も世界的な脱炭素・カーボンニュートラルトレンドに合わせて大きく動いています。PwCのレポートによると、2013年から2021年上半期までのClimate Tech(温室効果ガスの排出量削減または地球温暖化・気候変動の影響緩和=脱炭素を目的とした技術・サービス)の投資額は2220億ドルで、その内の875億ドルはここ1年(2020年下半期と2021年上半期)と試算されており、Climate Tech関連への資金流入は急激に伸びています。

こうしたモメンタムにあって、国や政府だけでなく大企業からスタートアップまで数多くの民間企業もClimate Techにチャレンジし、世界で約3,000社の企業がこの分野でしのぎを削っています。今回は特に温室効果ガスの排出の大半を占めるエネルギー問題を解決しうる夢の技術、「核融合」に焦点を当てて解説していきます。

今、核融合が注目される理由

温室効果ガスの大きな排出源、それが「エネルギー」です。人類はクリーンなエネルギーの利用に向けて、太陽光や風力などの自然エネルギーや再生可能エネルギーから、排出された二酸化炭素の回収・利用・貯留まで様々な技術を開発してきました。その中で、現在スタートアップ界隈でも注目されている破壊的イノベーションが「核融合」です。

核融合とは、軽い原子核が融合して重い原子核を作る際に膨大なエネルギーを放出する現象です。宇宙の恒星が輝くエネルギーは、そのほとんどがその中心付近における超高温超高圧状態における核融合反応によるものです。さらに、一般的な核融合で使われる燃料は水素と少量のリチウムだけです。そのため、人類に実質的に無限のクリーンエネルギーを与え、化石燃料の使用による気候変動問題を解決しうる人類の夢の技術と考えられています。

核融合は、超高温のプラズマ状態にした原子を強力な磁場で閉じ込めて反応制御し、核融合反応を起こしてエネルギーを取り出す核融合炉という装置を用いて行われます。また、核融合は原子力発電(核分裂反応)とは根本的に異なる原理・技術であり、核融合では高温プラズマ環境を保てなくなったら自動的に反応停止するため暴走する懸念は小さく、高レベル放射性廃棄物を生成しにくいのも特徴です。

世界のエネルギー問題を最終的に解決しうる核融合の市場は、エネルギー用途からモビイティ・製造業での用途を含めれば膨大かつ環境・社会的インパクトも極めて大きい先進技術の一つと考えらえています。また発電などでの核融合の利用開始は2040年から50年と言われてきましたが、気候変動対策などで官民の資金流入が続く中、さらに社会実装が早まる可能性も出てきています。

核融合の原理と開発ヒストリー

核融合の歴史は、1930年代の量子物理学や原子物理学の黎明期から始まりました。アインシュタイン氏の提唱した質量とエネルギーの等価性の関係式「E = mc2」から、融合した核の質量の一部が莫大な量のエネルギーに変換される、という考え方に基づいています。

核融合を引き起こすためには超高温、高圧の反応条件が必要です。外部から加えたエネルギーと核融合反応により発生したエネルギーが等しくなる「臨界プラズマ条件」は、「プラズマ温度1億℃以上、密度100兆個/cm3とし、さらに1秒間以上閉じ込めること(D-T反応の場合)」です。超電動コイルなどで作り出す超強力な磁場でプラズマ化した水素を閉じ込め、さらに1.5億度まで加熱することで超高温の核融合プラズマ反応を引き起こすのが、ITERでも採用されているトカマク型の核融合炉です。その他にヘリカル型や慣性閉じ込め方式(レーザー核融合)なども存在します。

核融合の技術開発が大きく動いたのは、1985年の米ソ首脳会談における平和利用のための核融合研究実用化に関する国際協力合意からです。これにより、国際熱核融合実験炉こと「ITER」計画が始動しました。それから数十年かけて慎重に準備されてきたITER計画の巨大な核融合実験炉は、現在フランスにて建設が進んでいます。2025年には最初のプラズマ生成反応の運転開始予定で、2035年の核融合反応の運転開始も目前に迫ってきています。

日本の大学や研究機関でも、核融合と高温プラズマについて世界の第一線で基礎研究を進めてきており、国際プロジェクトの核融合実験炉の開発や設計・建設にも日本の研究機関やものづくり企業が貢献してきました。今後も日本の核融合研究者の貢献に大きな期待が寄せられています。

核融合スタートアップの貢献と実現に向けた鍵

最後に、核融合の実現に向けたスタートアップの活躍についてご紹介します。

2025年ITER計画の最初の稼働(プラズマ生成反応)が近づくに従って核融合技術は十分成熟したと判断され、クリーンエネルギーや脱炭素需要が高まったことも相まって、世界中で核融合実験炉の計画や建設が進んでいます。国際的なエネルギー問題の主導権争いが進み、欧米各国が核融合の実現時期を前倒しするべく、政策支援や資金援助を一層強化しています。

民間で核融合に関わるスタートアップも多数出現したことで、技術実現の可能性や期待値が高まっています。核融合スタートアップへの資金流入は年間数百から数千億円規模に急増しています。著名なところでは、Amazonのジェフ・ベゾス氏のファンドから調達したカナダのGeneral Fusionや、MIT発のCommonwealth Fusion Systems、米国のTAE Technologies、イギリスのTokamak EnergyやFirst Light Fusionなどが大型の資金調達を進め、自前の核融合実験炉の開発を進めています。さらに日本でも大学や研究機関から核融合スタートアップが出現しはじめています。

投資家の注目度も高く、ビル・ゲイツ氏が率いる脱炭素ファンドのBreakthrough Energy Venturesやジェフ・ベゾス氏のClimate Techファンドの他に、Khosla VenturesやTemasek Holdingsなどの名だたる世界のVCやファンドが投資しています。

この官から民へ投資が広がる状況は、2010年代に勃興し民間人の宇宙旅行ビジネスさえ生まれたスペーステック・宇宙産業とも似ています。核融合産業でも、1980年代に開始した国際プロジェクトITERはその後の技術発展を織り込めておらず、後発ながら小回りが利いて動きが早い民間核融合スタートアップにも十分な勝機があります。直近の数多くの核融合スタートアップの大型調達の成功に見られるように、今後も核融合スタートアップの勢いは止まらず、ますます新興企業の参入・規模の拡大が進んでいくと予想されます。

最後に、核融合は既存技術のインテグレーションや要素技術の組み合わせです。核融合ビジネスは、化石資源や再生可能エネルギーのように裾野の広い産業となる可能性が高く、また開発された要素技術は他産業・用途への展開や普及が期待されます。日本は核融合に関する基礎研究やサプライチェーンに関わる企業や人材の裾野も広く、新産業創出に繋がる期待から日本政府も大いに支援しています。

グローバル・ブレインの核融合・気候変動対策への貢献

そして私たちグローバル・ブレイン(以下GB)は、新たな投資先として今回、日揮グループとGBが共同運営する「JGC MIRAI Innovation Fund」から、日本発の核融合スタートアップ・京都フュージョニアリング社へシリーズBラウンドで出資いたしました。

GBはディープテックに強みを持つVCとして、京都大学発の先進技術シーズの社会実装と学術振興の支援とともに、ESGや環境インパクト創出の観点からもクリーンエネルギーの普及と脱炭素社会の実現に貢献していきたいと考えています。