スタートアップが押さえておきたい「エンプラ営業」3つの原則【エンプラ営業ナレッジ前編】

エンプラ営業で成果を出すために押さえておきたい原則について、SMB営業との違いやプロセス、求められる資質などの側面から考察しました。

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Point

  • エンプラ営業の課題は複雑で、個別具体性が高い

  • 商談は「合意形成を積み上げるプロセス」である

  • 最も重要な資質は「論点設定力」と「課題抽出力」

国内最大級の独立系ベンチャーキャピタル(VC)であるグローバル・ブレイン(GB)にて、投資先企業の事業支援を専門とするValue Up Teamのリーダーを務めるです。

スタートアップが事業を拡大していくうえで避けて通れないのが、主に大企業などを対象とした営業手法である「エンタープライズ(エンプラ)営業です。BtoB企業はもちろん、BtoC企業であっても大型の協業や事業開発の側面からエンプラ顧客と向き合う場面がほぼ確実に出てきます。

エンプラ営業は、中小企業(SMB)向けの営業で行うことをそのまま転用すればいいわけではありません。成果を出すためにはこの両者の違いを深く理解し、戦い方を適応させる必要があります。

先日、GBの投資先企業であるアソビュー株式会社にて、このエンプラ営業をテーマに研修を行いました。本記事では研修でお話しした前半のトピック「エンプラ営業とはについて再構成し、まとめています。エンプラ営業の原則を「SMB営業との違い」や「プロセス」、「営業に求められる資質」などの側面から考察した内容となっています。

研修の参加者によるアンケートでは平均満足度9割以上を記録。「より速いスピード感で成果を出すためのヒントが詰まっている」「提案が前に進まなかった理由が明確になった」などの感想をいただきました。
研修の参加者によるアンケートでは平均満足度9割以上を記録。「より速いスピード感で成果を出すためのヒントが詰まっている」「提案が前に進まなかった理由が明確になった」などの感想をいただきました。

原則1. SMB営業とは課題や時間軸が異なる

エンプラ営業の核心を掴むために、まずはSMB営業との比較から紐解いていきましょう。

課題が複雑で、個別具体性が高い

エンプラ営業がSMB営業と最も異なるのは課題が複雑で、個別具体性が高いという点です。

SMB向けの営業では、顧客の課題やニーズは比較的シンプルです。顧客が自ら解決策を探しに来るような、顕在化していて汎用的な課題が中心となります。

しかし、エンプラ営業における顧客の課題やニーズはとても複雑です。大企業では製品の利用者と決裁者が分かれている場合がほとんどで、関わるステークホルダーも多いことから調整やコミュニケーションが複雑になります。企業によって課題も異なるので個別具体性も高いです。

さらに多くの場合、顧客自身も明確な解決策を把握できていません。そのため営業担当者には、単にプロダクトを説明する力だけでなく、顧客の組織に潜む本質的な課題を深く掘り起こし、それを解決策につなげる能力が求められます。

そのため、エンプラ営業が取り扱う商材は形のあるプロダクトというよりも、コンサルティングやソリューションといった無形サービスや提案となる傾向が強くなります。

意思決定層が多く、合意形成が長期にわたる

顧客の意思決定の構造も、エンプラとSMBでは大きく異なっています。

SMBでは、社長や利用者が単一のレイヤーで意思決定を行うことが多いため、製品導入が比較的迅速に進むのが特徴です。

一方、エンプラでは意思決定が複数のレイヤーにまたがります。製品の利用者と意思決定者が異なり、意思決定者も複数層に分かれているため、1つの窓口と合意するだけでは案件が進みません

多層的な合意形成が必要であることから、エンプラ営業は必然的に長い時間軸で取り組むことになります。短期的なスポットでの契約ではなく、顧客側の予算策定のプロセスなども加味しながら、1~2年かけて合意形成していく戦略が求められるわけです。

価格よりも提供価値を重視する

プライシングの面でも違いが見られます。

すでに自社の課題が明確で、解決策も顕在化していることも多いSMBの顧客は、一般的に価格を重視する傾向にあります。そのため競合と比較される際には「価格重視」になることが多いです。

対するエンプラ営業では、価格よりも提供価値の「期待値」が顧客の意思決定を左右します。提供価値が高いと顧客に認識されれば、価格はあまり障壁にならず、高額な提案でも成立させることが可能です。

これまで見てきた通り、エンプラ営業では顧客の複雑な課題に時間をかけて挑み、提供価値を高めていかなければなりません。そのために営業担当者は、ただ製品を個人戦で売るのではなく、社内外のさまざまな人を巻き込むチーム戦を行っていく必要があります

原則2. 商談とは「合意形成を積み上げるプロセス」

次に、エンプラ営業のプロセスを細分化し、どのようなステップを踏む必要があるのか整理してみましょう。

エンプラ営業の商談は、主に以下の4つのフェーズで構成されます。1つ1つのフェーズで合意を確立し、確実に次へと進めていくことが重要です。

【フェーズ1】商談機会の創出:ターゲット属性にフィットする対面の商談機会を創り出す

【フェーズ2】課題の合意:意思決定者が抱える課題・論点を引き出す

【フェーズ3】解決方法の合意:課題の解決方法を提示し、不安・質問に答えて期待値を調整する

【フェーズ4】導入条件の合意:導入に向けた詳細条件などを合意する

エンプラ営業の本質は、単に契約条件を詰める「交渉」ではありません。顧客企業の意思決定に関わるすべてのステークホルダーから合意を得ていく「合意形成を積み上げるプロセスであると捉えるべきです。

では、それぞれのフェーズでどういった資質が求められるのか。順を追って考えていきます。

【フェーズ1】人を巻き込み、徳を積む力

営業プロセスの最初である「商談機会の創出」フェーズでは、エンプラ営業担当者は商談を生み出すために社内外のさまざまな人を巻き込む必要があります。自社の開発、マーケティング、法務など、あらゆるメンバーの力を借りて商談を設定するプロデューサーでなければなりません

社内からの協力を得るためにはある種のチャーミングさも求められます。「この人のためなら一肌脱ぐか」と思ってもらえるような人格であるために、日ごろから振る舞いやコミュニケーションに心を配っておくと良いでしょう。

エンプラ営業では短期的な売上だけでなく、長期的に良好な関係性を維持することも重要です。そのため自社の直接的な利益につながらなくても、顧客にとって価値のある行動を取るべき場面もあります。いわば「GIVE FIRST / GIVE BACK」して徳を積むということです。

GIVE FIRST / GIVE BACKして顧客から圧倒的な信頼を得ると、競合比較されない(≒コンペが行われない)世界も見えてきます。すると、結果的に長期にわたる安定的な案件受注につなげることができるわけです。

【フェーズ2~3】論点を見極め、合意を積み上げる力

エンプラ営業担当者にとって最も重要な資質は「論点設定力」と「課題抽出力」です。これは主に「課題の合意~解決方法の合意」のフェーズで求められる資質で、顧客のペインや課題を正確に把握し、解決策を論理的に構築する能力を指します。

顧客の論点を引き出し、課題を抽出するために意識すべき行動については、後述する「原則3」で詳しく記載しています。

【フェーズ4】商談を主導し、推進する力

エンプラ営業の最後のプロセスである「導入条件の合意」で必要とされるのは、商談を主導し、推進する力です。顧客と課題や解決方法を合意したのち、それを速やかに実現するためにはイニシアチブを取っていくことが求められます。

特に予算に関する交渉では、顧客に予算額を聞くのではなく、自ら指値を行うことをお勧めします。市場の相場感や顧客の前年予算、自社サービスの価値などに基づいて「なぜその価格なのか」をロジカルに説明できると商談を一層推進できるようになるためです。

主導権を保つためには、顧客からの無理な要求に対して「いつでも商談を終える覚悟・胆力を持つことも重要です。安易な値引きや条件の譲歩を避けることで、適切な取引条件を維持することができます。

原則3. 最重要なのは「論点設定力」と「課題抽出力」

先ほど、エンプラ営業担当者にとって最も重要な資質は「論点設定力」と「課題抽出力」と述べました。

これらの力を高めるためには「質問の積み重ね」「コミュニケーション上のマナー」「ドキュメンテーション」という3つの行動を意識しておくと良いでしょう。

質問の積み重ね

そもそも論点とは、以下の3つの要素が揃っているものです。こうした論点を引き出すために、あらゆる角度から顧客への質問を積み重ねていく必要があります。

  1. 面白い内容である:顧客にとってインパクトが大きいものである
  2. 白黒ついていない:結論が出ていなかったり、複数の選択肢で迷っていたりする未決定の問いである
  3. 解がある:仮説によって検証可能であり、自社が解決可能である

相対する顧客によって論点として「何を面白いと思うか」は変わります。社長なのか、製品を利用する社員なのかによっても関心を寄せるポイントは異なるものです。また、自社と顧客は日々議論を交わしているため、論点は時とともに進化していくものでもあります。

このように曖昧になりがちな論点を前にしたとき、エンプラ営業担当者は常に「誰の何の問いに対して答えを出す必要があるか?を念頭において商談を進めなければなりません。

ただ、顧客に直接「課題は何ですか?」と聞くのは最適とはいえません。前述したとおり、エンプラ営業が挑む課題は顧客すらも明確になっていないケースが多いためです。

正しい論点を引き出すためには、質問を丁寧に積み重ねていくことがポイントになります。顧客の目指す姿と現状のギャップを確認したり、市場や競合の動向と比較したり、あえて「予算がゼロだとしたら…」のような極端な問いかけをしたりするなどして、論理的に顧客の論点を見極めていきます。

コミュニケーション上のマナー

質問の技術に加えてマナーも重要です。商談に臨む前には、最低限顧客の情報をインプットしておく必要があります。顧客企業のIR情報や中期経営計画はもちろん、市場や競合など外部環境の動向、組織・カルチャーなどを把握しておくと良いでしょう。商談時に「XXXについての情報を見ました」などのようにコミュニケーションを取ることができるので、顧客側の担当者と距離を縮めることができます。

また、率直に「実際のところどうなんですか?」顧客に懐に飛び込むようなコミュニケーションを取ることもマナーの1つです。こうした振る舞いと、前述した丁寧な質問の技術の両方を用いてきちんと論点を引き出すことが肝要だと言えます。

ドキュメンテーション

論点は引き出すだけでは不十分です。商談を前に進めるためには、顧客とどのような論点を合意したのかを議事録に残し、関係者にもれなく共有するドキュメンテーションも必要になります。きちんと議論内容やネクストステップを記載した議事録を関係者全員に共有できれば、次回商談のスタート地点が明確になり、商談を円滑に進めていくことが可能です。

論点や課題は引き出すだけでなく、それらをもとに合意を積み上げるドキュメンテーションを行うことで初めて機能するものだといえます。

エンプラ営業はエキサイティングな仕事

繰り返しになりますが、エンプラ営業は交渉ではなく「合意形成を積み上げるプロセスです。

複雑で難しい面ももちろんありますが、決して凄腕の営業担当者にしかできない離れ業などではありません。社内外の人を巻き込み、顧客に丁寧に向き合いながら、1つ1つの合意プロセスを積み上げることで大きな成果に繋げられる、非常にエキサイティングな仕事です。

では、さらに一歩踏み込んで、具体的にどのように行動すればエンプラ商談を前に進めることができるのか。2026年1月30日に公開予定の後編では、アソビュー株式会社で行った研修の後半のトピック「エンプラ営業プロセスにおける重心」について、詳しく解説予定です。

GBでは今後も「未踏社会の創造」というミッションのもと、スタートアップの事業成長に資するような発信や活動を継続して行ってまいります。

(編集:GB Brand Communication Team)

慎 正宗

慎 正宗

グローバル・ブレイン株式会社

Value Up Team

General Partner

2020年にGB参画。投資後の支援を専門とするValue up teamを立ち上げ。チームのリーダーとして、投資先の投資後の成長支援をリード。