街全体が実験場──高輪地球益ファンドがスタートアップに提供する支援の厚みとは

介護テックスタートアップのabaと高輪地球益ファンドが進めている実証実験や協業の具体的な内容について伺いました。

街全体が実験場──高輪地球益ファンドがスタートアップに提供する支援の厚みとはのカバー画像

Point

  • 高輪では街全体で「100年先の未来」のための実験が可能

  • abaへのリード出資はピッチコンテストがきっかけ

  • 「介護テックを使って泊まれる場」の実証が進行中

介護利用者の排泄をにおいで検知するセンサー「ヘルプパッド2」を展開する、介護テックスタートアップの株式会社aba(aba)。同社は、2025年5月にTAKANAWA GATEWAY CITYで開催されたビジネス創造イベント「GATEWAY Tech TAKANAWA」のピッチコンテスト「TAKANAWA PITCH」で、「TAKANAWA FUND賞」「PHD Lab.賞」をダブル受賞しました。

TAKANAWA FUND賞の受賞をきっかけに、abaは東日本旅客鉄道株式会社(JRE)とグローバル・ブレイン(GB)が共同で設立した高輪地球益ファンドからリード出資を受け、さらにはJRE以外の事業会社を巻き込んだ協業プロジェクトも開始するなど着実に成長を遂げています。

abaのような社会課題の解決を目指すスタートアップが、高輪地球益ファンドとの連携を通じていかに事業を加速させ、社会実装を実現しようとしているのか。具体的に進んでいる連携について、aba代表取締役CEOの宇井 吉美氏と、JRE マーケティング本部 まちづくり部門 品川ユニットの元村 比翼氏および島川 えり子氏、同ファンドの運営を行うGBのキャピタリスト繁村 武尊に話を聞きました。

高輪地球益ファンドと相性の良いスタートアップとは

──まず、abaの創業経緯からお伺いさせてください。

aba・宇井:中学生のときに一緒に暮らしていた祖母が病気になり、ヤングケアラーになったことが原体験になっています。介護は受ける本人だけでなく、周囲で支える家族も疲弊してしまうことを体感し、介護者を支援したいという思いを当時から抱いてきました。

ただ、人が人を支える方法ではどうしても限界があります。「人以外の方法で人を支えたいと考えていたときに介護ロボットの分野を知り、その研究ができる大学に入学しました。学部1年から介護ロボットの研究開発を進めていたんですが、その際に介護施設で働く職員さんから「おむつを開けずに中を見たいと介護の願いを教えていただき、排泄検知センサーの研究をスタート。それを製品化するために学生起業したことが、現在のヘルプパッド事業につながっています。

宇井 吉美:中学時代、祖母がうつ病となった経験から、「介護の負担を減らしたい」とロボット開発者の道を志し、千葉工業大学在学中にabaを設立。実習先の介護施設で「おむつを開けずに中が見たい」という願いに出会い、便や尿のにおいを検知する排泄センサー「ヘルプパッド(Helppad)」を開発・製品化。おむつ交換タイミングの最適化や排泄情報の蓄積/解析/活用によって介護する人・される人双方の負担軽減を目指している。
宇井 吉美:中学時代、祖母がうつ病となった経験から、「介護の負担を減らしたい」とロボット開発者の道を志し、千葉工業大学在学中にabaを設立。実習先の介護施設で「おむつを開けずに中が見たい」という願いに出会い、便や尿のにおいを検知する排泄センサー「ヘルプパッド(Helppad)」を開発・製品化。おむつ交換タイミングの最適化や排泄情報の蓄積/解析/活用によって介護する人・される人双方の負担軽減を目指している。

──ありがとうございます。そんなabaは2025年に高輪地球益ファンドが主催したTAKANAWA PITCHで2つの賞を受賞されました。なぜこのピッチコンテストに応募されようと思ったのでしょうか。

aba・宇井:TAKANAWA PITCHの審査員の方のSNS投稿を見て関心を持ちました。特に面白いと感じたのがTAKANAWA PITCHのビジョンです。「100年先の未来を作るそのためにこの高輪で実証実験に取り組めるパートナーを探しているというメッセージが、私が惹かれたポイントでした。

──abaがダブル受賞となった理由について、JREさんとGBの観点からお聞かせください。

JRE・島川:abaさんがまさに高輪地球益ファンドとして応援したい企業そのものだったからです。

高輪地球益ファンドには2つの特徴があります。1つは「地球益というテーマのもと、社会的な課題解決に資するスタートアップを支援したいと考えている点。もう1つは、高輪の街全体を実証の場として提供できる点です。

高輪地球益ファンドでは、TAKANAWA GATEWAY CITYの来街者や、ご高齢者も含む地域の方々に実際に製品を使ってもらうことで社会課題の解決に取り組むスタートアップと一緒に活動していきたいと考えていました。その点、まさにabaさんは理想的な企業だったと思っています。

島川 えり子:2013年に東日本旅客鉄道株式会社に入社し、JR東日本グループのホテル開発や運営、旅行業の仕入れ業務や新宿駅勤務等を経験した後、2021年より品川開発プロジェクトを担当。TAKANAWA GATEWAY CITYにおける、ビジネス創造施設「LiSH」の企画・開業準備等を担当するとともに、アカデミアや大企業との共創等も担当。
島川 えり子:2013年に東日本旅客鉄道株式会社に入社し、JR東日本グループのホテル開発や運営、旅行業の仕入れ業務や新宿駅勤務等を経験した後、2021年より品川開発プロジェクトを担当。TAKANAWA GATEWAY CITYにおける、ビジネス創造施設「LiSH」の企画・開業準備等を担当するとともに、アカデミアや大企業との共創等も担当。

JRE・元村:実は私、8年ほど前に宇井さんとお会いしており、そのときも宇井さんの熱い思いをお伺いしていました。時を経てこのTAKANAWA PITCHのタイミングで再会したわけですが、何年経っても変わらない宇井さんの思いに感銘を受けたのが大きかったです。

しかも、宇井さんはピッチの際にただヘルプパッドを売り込むのでなく、「介護に関わる人にとってより良い世界を作る」というビジョンのもと実証案を提案してくださいました。「介護にかかわる人々とその家族が宿泊しながら、さまざまな企業の介護テックを試せる『ねかいごとルーム』を高輪に作りたいという提案で、そこにも共感しましたね(※abaは介護の願いごと=ねかいごとを集め、テクノロジーなどの力を通して叶えていく活動を推進している)

自分の会社のためだけでなく、介護問題全体の解決のために仕事をされている姿を見て応援したいと思い、ピッチでも評価をさせていただきました。

元村 比翼:2006 年に東日本旅客鉄道株式会社に入社し、駅ビルの店舗運営やテナントリーシング、土地や高架下の不動産管理業務等を経験した後、2016 年より品川開発プロジェクトを担当。 2022年4月からは約1年半シリコンバレーに駐在し、帰国後はTAKANAWA GATEWAY CITYにおけるスタートアップエコシステムの構築や高輪地球益ファンドを主導。海外CVC「JRE Ventures」の立ち上げにも携わる。
元村 比翼:2006 年に東日本旅客鉄道株式会社に入社し、駅ビルの店舗運営やテナントリーシング、土地や高架下の不動産管理業務等を経験した後、2016 年より品川開発プロジェクトを担当。 2022年4月からは約1年半シリコンバレーに駐在し、帰国後はTAKANAWA GATEWAY CITYにおけるスタートアップエコシステムの構築や高輪地球益ファンドを主導。海外CVC「JRE Ventures」の立ち上げにも携わる。

GB・繁村:TAKANAWA FUND賞に関しては、GB代表の百合本がメインで審査をさせていただきました。百合本が評価していたのは、宇井さんが創業以来約15年間困難を乗り越えてこられたレジリエンス力です。

介護領域はマーケットとしても難しく、業界構造も特殊で、どんなに社会的意義があってもスタートアップが挑むのにはハードルがあります。しかし、abaさんは15年の間数々の困難を乗り越えてヘルプパッドを生み出し、実際に世の中にも広まり始めています。

これだけの精神力をお持ちの方であれば、介護の課題解決を成し遂げてくださるだろうと考え、エールを送る意味でもTAKANAWA FUND賞をお送りさせていただきました。

──事業内容に加えて、宇井さんのレジリエンス力も評価されたわけですね。起業家としての宇井さんの強さの源泉はどこにあるのでしょうか?

aba・宇井:実は私には明確に起業家として「開き直った瞬間があります。25〜26歳のころ、初めてabaとして1,000万円超えの融資を受ける決断をしたんですが、それまでの数百万単位の融資とは次元の違う金額を前にして、急に「これを返せるのだろうか…」と怖くなってしまって。

でも、そのときふと思ったんです。「でも私は全然すごい人間ではない。そのすごくない人間の人生を賭けて、この介護業界の未来が大きく変わるのなら、それはローリスクハイリターンな賭けなのでは?と。だとしたらこの賭けに挑戦しない理由なんてないと、急に冷静になって、腹を括って決断することができたんです。

そう思えてから「この賭けから降りる理由なんてない」というマインドセットができました。おかげでどんな困難に直面してもその腹括りに立ち戻れるようになっています。何があろうともこの賭けはローリスクハイリターンで、介護業界を前進させる挑戦になるんだという感覚が、私の強さの源泉かもしれません。

abaの成長のための仲間集めを支援

──今回のリード出資を経て、abaと高輪地球益ファンドでは協業も進んでいるかと思います。その内容を伺わせてください。

aba・宇井:TAKANAWA PITCHで提案した、介護に関わる方々がさまざまな介護テックを試しながら宿泊できる「ねかいごとルーム」の実証については具体化が進んでいます

これから日本も含めて多くの国がさらに介護の問題に直面することとなります。そういった背景からも、100年後の未来を見据えるこの高輪で「ねかいごとルーム」を持つことには大きな意義があると思っています。

しかもありがたいことに、高輪は海外の方々も多く訪れる立地です。日本にはこれだけの進んだ介護テックがあるということを、国内にはもちろん、国外にもアピールできるのは魅力的ですね。

JRE・島川:高輪地球益ファンドでは「ねかいごとルーム」も含めてabaさんの事業成長につながるような協業を進めており、いまはそのための仲間集めをしている段階です。病院やアカデミアとの連携、高輪地球益ファンドに出資いただいているLP企業との中長期的な仕組み作りにも取り組んでいます。

たとえば、LP(Limited Partner:ファンドの出資者)企業である秋田銀行さんが持つ介護事業者のネットワークを活用してヘルプパッドの導入を進めたり、秋田銀行さんの子会社で介護DXを行う企業と連携したりする構想もあります。

abaさんとLP企業との連携については、私たちがハブとなりながらリアルで打ち合わせを行ったり、日々コミュニケーションをしたりしながら進めています。

aba・宇井:秋田は高齢化率が日本で最も高い自治体です。そういったエリアを拠点とする秋田銀行さんと連携できるのはありがたいですし、ヘルプパッドの導入も積極的に広げていきたいと思っています。

高輪なら「100年後のための実証」ができる

──他のVCや事業会社からも出資を受けている宇井さんから見て、高輪地球益ファンドならではの独自性はどこにあると感じますか。

aba・宇井:大きく2つあります。

1つは、協業や事業の時間軸を良い意味で長く見ていただける点です。もちろんファンドの期限である5〜10年で成果を出す前提はありつつも、「この取り組みが100年後にどんな意味をもたらすか」という話を真剣にできるところは大きな特徴だと感じます。

もう1つは、やはり場所を持っている点です。世の中にはさまざまな形でスタートアップを支援する企業や組織がありますが、やはりリアルに人が集まって実験ができる場所を持っていて、それを積極的に提供できるところはなかなかないのではないでしょうか。

JRE・島川:ありがとうございます。他のスタートアップからも「街全体が実証の場という点を評価していただいていますね。

街自体もさらにアップデートしていきます。2026年春にはクリニックやレジデンス、フィットネスなど、さまざまな施設が整う予定です。いま以上に実験できることが増えてきますので、スタートアップの皆さんにもより私たちの強みを生かしていただける環境になると思います。

JRE・元村:高輪地球益ファンドでは「100年先につながるか」を意識した公共性のある取り組みを特に意識しています。

というのも、ファンドの拠点である高輪は、明治時代に日本で初めて鉄道が走った際に当時の最先端技術によって「築堤」という鉄道構造物が作られた、まさに140年前のイノベーションの地なんです。その先人の思いを受け継ぎ、私たちもJR東日本だけの短期的な収益だけでなく、公共性を追求した協業を推し進めたいと思っています。これはファンドメンバー全員で共有している思いですね。

──他のCVCや事業会社によるオープンイノベーションも見ている繁村さんからの観点ではいかがでしょうか。

GB・繁村:やはり実証の場を提供できる点は大きいです。大企業とスタートアップのオープンイノベーションは徐々に仕組みができつつありますが、協業や共同研究の成果を試す場所がないという課題があります。その点、高輪地球益ファンドはその課題を解決する1つの方向性を示していると感じます。

複数のLP企業が参画している点も特徴です。スタートアップの中には、CVCからの出資によって特定の事業会社の色がついてしまい、他社と連携がしづらくなると感じる企業もいます。しかし、このファンドの公共性の高さやマルチLPという構造であれば、その懸念はかなり払拭されるはずです。この取り組み自体が事業会社によるファンドの新しいあり方を試す、大きな実験だと考えています。

繁村 武尊:富士フイルム、ソフトバンクを経て、2023年GBに参画。メディカル、ヘルスケア領域を中心に投資実行および支援を行う。
繁村 武尊:富士フイルム、ソフトバンクを経て、2023年GBに参画。メディカル、ヘルスケア領域を中心に投資実行および支援を行う。

IPOを考える上でも心強いパートナー

──今後の連携のビジョンや、どういった協力体制で進んでいきたいか、両社のお考えをお聞かせください。

aba・宇井:まずは1年後くらいを目途に「ねかいごとルーム」を実現させたいですね。高輪で成功したら、これを日本全国、世界にどうやって横展開できるのかを高輪地球益ファンドの皆さんと一緒に考えていきたいと思っています。

また、abaはIPOを目指しています。なぜかというと、介護者に株主になってもらいたいからです。株式会社の持ち主はもちろん株主ですよね。だから介護テックのリーディングカンパニーを目指すabaの持ち主は、ぜひ介護者であってほしいんです。

少子高齢化が進む先進国を中心に、世界は人類総介護時代に入ってきています。そんな中で、プロの投資家でなくてもabaの株主になれば、自身が介護で悩んだことや「もっとこうなったらいいのに」という思いを株式会社の仕組みを通じてabaに伝えられる状況を作りたいんです。それを実現できるのが、私はIPOだと思っています。

その道を行く中で、公共性が非常に高く社会インフラの1つあるJREさんの背中を追いながら、ここ数年を進んでいけるのは心強いですね。abaとしても、介護業界を変えたい想いを持つ仲間を積極採用していきながら、業界の課題解決やIPOを目指していければと思っています。

JRE・島川:私たちとしてもまずは「ねかいごとルーム」の実現に向けて、私たちが連携できるプレイヤー、さまざまな介護テック企業など仲間をしっかり集めていくのが直近の目標ですね。

私はヘルプパッドが介護利用者のデータが集まるプラットフォームとなるような展開も考えられると思っています。中長期的にはそういったビジョンを描きながら、腰を据えて必要なピースを集めていきたいですね。

──今後のご活動がますます楽しみです。では最後に、次回のTAKANAWA PITCHや高輪地球益ファンドからの出資に関心を持っているスタートアップに向けて、JREさんからメッセージをお願いします。

JRE・元村:高輪の街は本当にさまざまな人が集まる場所です。abaさんにも入居いただいているビジネス創造施設「TAKANAWA GATEWAY Link Scholarsʼ Hub(LiSH)も備えています。ぜひスタートアップの皆さんにもこの高輪に来ていただき、偶然の出会いを通じて、思いがけずいろんなビジネスや研究が生まれるきっかけを提供できれば嬉しいです。

繰り返しになりますが、私たちはファンドのテーマに「地球益」を掲げています。社会的な課題に対し、100年先までの強い思い入れを持って事業を進められているスタートアップと道をともにしたいと思っていますので、TAKANAWA PITCHに参加される際はぜひ熱い思いを語っていただきたいです。

どんなに素晴らしいビジネスでも仲間がいないと進みません。私たちがスタートアップの皆さんにとってのその一翼を担えるよう、支援しながら応援させていただければと思っています。

※所属、役職名、数値などは取材時のものです
(執筆: GB Brand Communication Team)