量子技術集団「QunaSys」が取り組んだ、ビジネスで勝つための知財戦略
量子コンピュータ向けのアルゴリズムやソフトウェアの開発に挑む、株式会社QunaSys。同社が独立系VCグローバル・ブレインのハンズオン支援専門チームと取り組んだ知財活動事例についてご紹介します。

執筆:Universe編集部
株式会社QunaSys(キュナシス)
この取り組みを支援したのが、グローバル・ブレイン(GB)
「ミス1つ」で会社が吹っ飛ぶ、知財の世界
──内田さんやGBが関わる前に、QunaSysさんが抱えていた知財の課題を教えてください。
楊:量子コンピュータのアルゴリズムに関する特許は取得をしており、また何人かの弁理士の方に知財の相談をしたこともありました。ただ、量子コンピュータの知財について知見がある方が少なく、弁理士さんによって回答が全然違うことがよくあったんです。「腑に落ちないけど、言われたからこうしておくか…」
──そこからどのようなことに取り組まれたのですか?
楊:GBさんからご紹介いただいた内田さんとともに、QunaSysがやりたいことや守りたいことをディスカッションしながら契約書の整備を行いました。
弊社は量子コンピュータをもとにしたアルゴリズムを持っているだけで、それを実際に活用するお客様は大企業の方です。なので私たちはアルゴリズムの開発に特化しつつ、大企業の方に活用を促すということがやりたい、とお話させていただいて。
内田:QunaSysさんのようなDeep Techスタートアップは大企業と共同研究開発をやるケースが多いですが、その時に1番やってはならないのは将来のビジネスを阻害する契約書にしてしまうことです。
実は当時のQunaSysさんの契約書は、共同研究先に多くの権利を取られてしまう内容になっていました。それでは将来的にビジネスの横展開ができなくなってしまいます。そこで、絶対に権利を取るべき部分はどこかを明確にしながら契約書に落とし込んでいきました。
楊:自分たちがやりたいことに安心して取り組める契約体制が整ったのは大きかったですね。契約書だけでなく、大企業との交渉工数がかからない契約フローなどについても一緒に考えていただきました。
──改めて契約書を見直してみて、気を付けるべきポイントはどのようなところにあると感じましたか?
楊:契約をする際には「その後」
内田:契約書が怖いのは、たった1件のミスで会社の利益が全部吹っ飛ぶこともあるということ。そういう世界なので、やはり最悪のリスクを考えて自社の権利を守れるよう踏ん張らないといけないわけです。
QunaSysを守る、2種類の特許
──GBの平井とはどのような経緯で関わることになったのですか?
楊:アルゴリズム特許はすでに出願しており、また内田さんとともに契約書も整えることができました。ですがそれだけでは自社の権利を守り切れない可能性が出てきまして。
内田:アルゴリズム特許は当然取っておかないといけないのですが、実は排他的効力はそんなにありません。というのも、アルゴリズムを他社が真似をしていても外からはわからない。そこで、QunaSysさんの独自性をさらに守るために「ビジネスモデル特許」
平井:いいパスをありがとうございます(笑)
──ビジネスモデル特許とはどういったものなのでしょうか。
平井:一言でいうと、ビジネスモデルを実現する上で行われる情報処理に関するソフトウェアの特許です。ビジネス関連発明の特許とも呼ばれています。ビジネスモデルはユーザ体験と捉えるとわかりやすいかと思います。
代表例にはAmazonのワンクリック特許があります。Amazonではユーザがボタンをワンクリックするとすぐに商品が買えますが、その裏側では、ユーザの決済情報や配送情報を呼び出すような情報処理が動いています。Amazonはそうしたワンクリックで買えるというユーザ体験を実現する一連の情報処理を特許化しています。ビジネスモデル特許は、実質的にユーザから見えるところを特許化することが多いため、他社が真似してきたらわかりやすく、使いやすい特許になります。
楊:QunaSysでも同じような形で出願ができないかを検討しました。弊社の量子化学計算を行うクラウドサービスは、ユーザによって入力された情報がQunaSysのサーバーに行き、さらに量子コンピュータで計算される…という流れで動いています。
これをサービスの流れにおけるユーザ体験という外側の部分で特許出願しました。外側に出ている部分なら他社が真似していればすぐわかるので、結果的に裏側のシステム自体も守ることができます。量子コンピュータなので本当はもう少し複雑ですが、簡単に言うとこういった形です。
平井:一方で、裏側のアルゴリズム特許も出す意味が全くないわけではありません。技術の宣伝になりますし、ライセンスとして全世界で使われるものになるかもしれません。たとえばGoogleの大規模言語モデル「Transformer」
内田:ちなみに楊さんにお伺いしたいのですが、取得した特許は何かしらの形で活きてますか?
楊:活きてます。競合となる海外ベンチャーからライセンスの引き合いがあり、彼らがやりたいことについて情報を得ることができました。また特許があると大企業からの信頼を得られるというのがすごく大きいです。その技術をQunaSysが本当に持っているという証明になるので、安心してアライアンスを組んでいただけています。
現場メンバーの知財力を育てるには
──おふたりはQunaSysさんの知財をサポートする中でどのようなことを意識していますか?
内田:最終的にはQunaSysさんが自走できるようになることを目指しています。何もかもをサポートしすぎてしまうと会社が育たないですよね。ですから、規約や契約書はQunaSysのビジネスモデルとしてベストなものを作って、その使い方までレクチャーしています。たとえば「この条項はこういう趣旨で作っているので、修正を受ける場合はこういう修正なら受け入れてもよいけれども、こういう修正を受け入れるのはNG」
平井:GB側も同じような形です。QunaSysさんの技術のトップの方や法務の方と私たちが参加する知財定例があるのですが、そこではどういう出願フローにすべきかや、出願国をどう考えるべきかなど、特許出願の大きな考え方を共有させてもらっています。もちろん常時Slackは繋がっていますし、時には勉強会を行うなど連携させていただいています。
内田:GBさんの定例会は私も参加しているのですが非常にうまくいっています。QunaSysのメンバーの方から出願の相談をいただく際には「今後この技術はこう使っていきたいと思ってて…」
楊:良かったです、メンバーが育っていて。知財に関しては初期は私とCOOの松岡が鍛えてもらいましたが、経営層以外のメンバーも理解できるようになって欲しかったので。
──QunaSysの現場メンバーの方も含めて関わりがあるとのことですが、QunaSysさんにとっておふたりはどのような存在になっているのでしょうか。
楊:スタートアップは創業してすぐに大量に知財の仕事があるかというとそうでもないので、士業の方を社内に抱えるのはあまり現実的ではないんです。かといって知財を疎かにはできないので、ある程度わかる人がそばにいてほしい。内田さんと平井さんには、アウトソースと正社員のちょうど中間の距離感で入っていただいています。メンバーの育成にも伴走していただけている安心感はとても大きいです。
平井:私としては教育をしているというより、QunaSysの皆さんと知見の補い合いをしているという感覚です。というのも、出願戦略を考える際はQunaSysさんの競合の特許も調査するんですが、それがとても難解で。技術者の方に聞くしかないので、私もQunaSysの皆さんに教えていただいています。同じように技術者の方にも知財のことを知っていただきたいですし、それがQunaSysさんの知財力の底上げにつながるんじゃないかなと思っています。
「QunaSysには勝てない」を実現したい
──ありがとうございます。それでは今後QunaSysさんが知財に関して目指していきたいことについて聞かせてください。
楊:1つは先ほども話に出たメンバー育成です。QunaSysでは共同研究を担当してる人ならお客様との契約書を読めるようにしてるので、知財の知見のあるメンバーが増えれば現場でも「ここはOK、ここはダメ」
もう1つは、多面的に知財を考えていけるようになること。QunaSysは量子アルゴリズムを作るところから出発しましたが、いまはそこから派生したプロダクトをいかに多くの企業に使ってもらうかというチャレンジをしています。やることが1から3に増えたような感じなので、そこをどう知財で守っていくかは大切です。しかも各社との取組みの相互連携や横展開を想定しないといけないので、より多面的に知財を考えていきたいなと感じています。
──そうしたQunaSysさんに対し、おふたりはどうアプローチしていきたいですか?
平井:出願の観点では、先ほどのアルゴリズム特許とビジネスモデル特許の両輪を回していくことにしっかり取り組みたいです。またそれをQunaSysさん自身でも回せる体制にできればと思っています。
また、さらなる付加価値も目指していきたいです。たとえば、最先端のディープテックスタートアップが証券会社などに技術力をアピールする際に、基本的には論文の数や質をアピールされるかと思いますが、そこに特許や契約も入り込めるといいなと。成長ストーリーに合わせて知財を上手く投資家へアピールできた事例を、QunaSysさんで生み出せればと個人的には思ってはいます。
内田:私が思っているのは知財の権利関係と契約で絶対にトラブルは起こさないということ。会社が吹っ飛ぶような知財や契約のミスを裁判でたくさん見てきているので、それが起きないように支援するというのは私の使命です。
加えて「この知財があるからQunaSysさんには勝てない」
平井:そこはまさに私も同じ思いです。絶対にQunaSysさんしかできないと言い切れる参入障壁を、強い特許と技術で生み出すのが理想ですね。
内田:ただこれは私たちだけでは絶対にできないんです。QunaSysさんがいい技術を出して、私たちが「こう特許を取ったらいけるんじゃないか?」
楊:本当にそうですね。最近よく松岡と「QunaSysの仕事はどれも1人でできない」