スタートアップの政府連携例|ミチビクが未開拓マーケットに風穴を開けるまで
取締役会DXプラットフォーム「michibiku」を展開するスタートアップ ミチビクが、独立系VCグローバル・ブレインのハンズオン支援専門チームと取り組んだ、セールス支援とガバメント・リレーションズ支援の事例をご紹介します。

企業の取締役会の運営業務を効率化しながら、会議内容の見える化も実現する取締役会DXプラットフォーム「michibiku」。同サービスを展開するミチビク株式会社は、「取締役会DX」というこれまで世の中になかった事業であるがゆえの難しさに直面していました。
そこで、独立系VCグローバル・ブレイン(GB)のハンズオン支援専門チーム「Value Up Team(VUT)」と連携し、セールスを中心とした事業改善を実施。さらに、政府や行政との関係構築を行う「ガバメント・リレーションズ(GR)」活動も行うことに。経済産業省に自社の問題意識を共有し、取締役会の改革を世の中に広めていく取り組みを始めました。
一連の取り組みを行った、ミチビク株式会社 代表取締役CEOの中村 竜典氏、GBのVUTの立花 一雲、GR支援チームの河原木 皓に、未開拓の市場を切り拓くスタートアップが限られたリソースで取り組むべき戦略について聞きました。
「まったく新しいサービス」ならではの難しさ
──VUTと取り組みを始めた当時の状況や、事業部門に関して抱えていた課題を教えてください。
中村:VUTとご一緒し始めたのは2024年の3月ごろです。当時のセールス人員は私ともう1人の計2名、実質的な工数では1.3〜1.4人分という状況でした。
課題は大きく2つありまして、1つは限られたリソースの中でグロースさせる戦略を立てられていなかったという点です。商談自体は十分な数があったんですが、そこから受注につなげるまでの検証──商談後のコンバージョン率をどう上げるべきか、そもそも適した顧客と商談できているか──などはあまりできていませんでした。「とにかく商談をしまくって受注する」という感じでしたね。
2つ目はプライシングについてです。商談数や受注率の改善は常に行うべきですが、さすがに100%にはできないので、グロースさせるためには「サービスの単価」が大きな変数になります。ただ、そこのプライシングの戦略を明確には立てられていませんでした。

──VUTとは具体的にどのような取り組みを行ったのでしょうか。
立花:まず着手したのは「誰がmichibikuの注力顧客なのか」の再定義です。
IPO準備中のスタートアップなどを注力顧客にすると、意思決定が早いので導入は進みやすいんですが、予算が限定的で単価を上げられないため、とにかく数を売らないといけません。
そこで、今後の事業拡大の見込みやミチビクさんの企業ビジョンなども踏まえてディスカッションし、東証プライムやスタンダードに上場している大企業を注力顧客とすると明確化していきました。
取締役会DXプラットフォーム「michibiku」紹介動画
顧客を定めたあとに行ったのは、受注率の改善などの具体的なアクションです。私も顧客商談に複数回同席したり、週1回はミチビクさんのオフィスにお伺いしたりして改善施策を進めていきました。ミチビクさんの役員や営業メンバーの誰かしらと常にミーティングしている感じでしたね。
プライシングについてはmichibikuならではの難しさがありました。取締役会のDXを進めるプロダクトはこれまで世の中になかったものですから、顧客に聞いてもどのような価格が適正なのか正解がわかりません。
そこで、ミチビクさんと同様に、事業会社の経営企画の方をターゲットとしたプロダクトを提供しているスタートアップのCEOをおつなぎし、中村さんからヒアリングしていただく場を設けさせてもらいました。

中村:そこでもらったのは「単価はためらいなく上げるべき」というアドバイスです。
私は創業者としての思いもあり、michibikuの単価を上げることには肯定的でした。ただ、それを売る営業メンバーからすると「いま10の値段で売っているものをいきなり20で売れと言われても…」となってしまいます。そこをどうメンバーも納得感を持って売れるようにできるかが課題でした。
今回立花さんとともに他社事例を聞けたことで、全社的に「他社の成功事例があるならやってみるか」という動機づけにつながりました。自分たちで無意識に「10の値段でしか売れない」とキャップをはめていた部分を克服できたのは大きかったです。
立花:単価アップを社内に呼びかけるだけではなく、改定した価格できちんと売っていくための仕組み化も一緒に考えさせてもらいました。たとえば、「新しい価格で提案した回数」もKPIに盛り込むなどです。単に価格戦略を考えるだけでなく、社内に浸透させるためのアクションまで一緒に取り組めたことは個人的にも学びが多かったですね。
ミチビクが取り組んだGR活動の全容
──ガバメント・リレーションズの支援が始まった背景を教えてください。
立花:単価は無事上げられましたが、事業拡大のためには受注率をもう一息伸ばしていかねばという状況でした。営業活動やプロダクトの改善を行うことはもちろんですが、もう1つ取り組みたかったのが「世の中の流れを作る」ことです。
michibikuはこれまでの世の中になかったプロダクトなので、社会に「取締役会もDXするべき」という流れが生まれることは大きな追い風になります。取締役会のような企業経営にまつわるものは”国や法律が変わると動く”という肌感覚もあり、昨年7月ごろにGR支援の河原木に協力を仰ぎました。
──河原木さんはどのような支援を行ったのでしょうか。
河原木:まず、ミチビクさんが事業で解決したい課題や業界に対する問題意識を伺いました。ディスカッションをする中で、もともと経済産業省が掲げていた「コーポレートガバナンス改革」というアジェンダが、ミチビクさんが進めたい方向性にフィットしそうだと感じました。
経産省では10年ほど前からコーポレートガバナンス改革を進めており、その影響もあって国内の取締役会や社外取締役の形は一定整えられてきている状況です。
一方で、それが企業の「稼ぐ力」につながっていないと問題視されていたことから、昨年からもう一歩改革を進めるために研究会を開いたり、ガイダンスを作成したりする動きが経産省で始まっていました。
そこで、中村さん、立花さん、私の3人で経産省に訪問し、ミチビクさんの事業内容と彼らがやりたいことの共通点を説明。非常に関心を持ってもらうことができたため、そこから4~5回ほど経産省と面談を重ね、ミチビクさんの知見をインプットしていきました。

──経産省とのやりとりについて詳しく教えてください。経産省からは何が求められ、どのような内容をインプットしたのでしょうか。
河原木:経産省ではいろんな企業にインタビューや調査をして、企業がどう取締役会改革に取り組んでいるかという具体的な事例を探していました。
ミチビクさんは取締役会に関する課題感や、michibikuを使った解決事例を複数ご存じでしたので、そうした現場感のある情報を継続的にインプットしていった形です。
中村:経産省の研究会には学者の方や大手企業の役員の方が参加していますが、彼らだけでは把握しきれない現場の情報を求められていたので、我々が知っている事例やリアルな課題をお伝えしていきました。「こういう事例はないか」「こういう切り口の情報はないか」などのリクエストをもらい、それに宿題的に答えていくような感じでしたね。michibikuを使われているTIS株式会社さんにも経産省に一緒に来ていただき、生々しい現場の声をお届けしたこともあります。
河原木さんには経産省に共有する資料の作り方から、どういうタイミングで持っていくと当社の問題意識が伝わるかなどまで、かなり具体的なアドバイスをいただき、何度もご相談をさせてもらいました。
その結果、今年の4月末に公開された国のガイダンスでは、我々が強調したいメッセージが赤枠で囲って掲載され、ミチビクの社名やTISさんの顧客事例も発信できました。自分たちだけでは絶対にここまで到達できなかったと思っているので、本当にありがたいですね。

「自社だけが儲かる話」ではいけない
──GR活動による効果や意義について教えてください。
中村:率直な感想は「我々規模のスタートアップでもできるんだ!」です。経産省がこんなに情報を求めているということも知らなかったですし、我々の話を非常によく聞いてくれたことも発見でしたね。
そして実際にちゃんとアウトプットまで繋げられたのは大きかったです。ガイダンスが出たことで国が客観的に後押ししているというエビデンスを示せるようになったので、顧客への提案がポジショントークにならなくなりました。
このエビデンスはセールスで使えるのはもちろん、マーケティングでの啓蒙活動や人材採用の面でも「世の中全体でこういう流れになっていますよ」とメッセージを出すことができます。事業に与える好影響は大きいですね。

──ミチビクさんのようにGR活動で成果を出すためにはどのようなポイントを押さえておくべきでしょうか。
河原木:企業側から政府や官公庁に提案を持っていく際に、自社の成長だけでなく、その先にある社会課題の解決につながるストーリーをきちんと描くことが重要です。「それって御社1社だけが儲かる話ですよね」と言われてしまうような提案だと上手くいかないケースが多いですね。
ミチビクさんの場合、取締役会をどう実効的に回していくか、見える化していくかという、自社が儲かることを超えた世の中の課題解決に繋がる提案ができていたので、話を聞き入れてもらえたのかなと思います。
また、中村さんがCEOとしてGRにフルコミットしてくれたことも大きかったです。経産省としても、トップが実際の現場の声をしっかりインプットしてくれたというのは非常に重く受け止めてもらえたと思います。
国がやろうとしていることとミチビクさんがやろうとしていることが一致する部署に、運良く最短距離で話ができたことも鍵となりました。コーポレートガバナンス改革は金融庁や東証などでも行われていますが、ちょうど研究会を立ち上げようとしている経産省の部署と早くつながることができたのは成功要因の1つだと思います。
中村:河原木さんがおっしゃった通り、私がGR活動の優先順位を高くしてコミットしたのは重要でした。経産省の宿題にしっかり対応したり、いわゆる即レスも心がけたりするなど、細かい部分まで漏れなくやることで信頼もしていただけたのかなと思います。
新しい市場に挑むスタートアップがすべきこと
──立花や河原木との取り組みはいずれも、市場が出来上がっていないスタートアップが事業成長を目指すための施策だったと言えます。そうしたスタートアップを経営する上で重要なのはどのような視点でしょうか。
中村:やはり優先順位を高く取り組むところを外さないことです。以前はセールスにリソースを全振りしていたような状況でしたが、河原木さんとの経産省との取り組みを優先順位の上位に置いたことで中長期でレバレッジの効く活動を行えるようになりました。
ただ、優先順位を見極めるときに視野が狭まっていると盲目的になりがちなので、立花さんや河原木さんなど第三者の意見を聞きながら進めていくことも大切だと思います。
あとは気合いと根性ですね。スタートアップなので活動量は絶対必要になってきます。やはり全部をきれいに進めるのは無理ですから、根性でやりましょうという部分はありました。
立花:たしかに中村さんとは「中村さんは何が1番得意か」「何に1番時間を割かないといけないか」を議論しながら、よく優先順位を整理していましたね。
──世の中にない新しいプロダクトを提供するスタートアップに対して、VCだからこそやっていくべき支援はどのようなものだと思っていますか。
立花:VCである我々の強みは、客観的な視点から「短期」と「中長期」という2つの時間軸を捉えることができる点かと思います。
スタートアップでは短期で効くこともやらなきゃいけないし、中長期を見据えたこともやらなくてはいけません。たとえば、商談数や受注数を増やす支援は短期的には効果があるかもしれませんが、中長期で勝てる基盤づくりができているかどうかはまた別の話なので、そちらはそちらで考える必要があります。
セールスの支援もしつつ、中長期的に効いてくるGRや知財などもサポートするというのは、支援メンバーを40名近く(※2025年5月現在)持つGBくらいのリソースがないとなかなかできません。
短期と中長期の視点を行き来しながら優先順位をディスカッションしたり、論点出ししたりできるのは我々の価値の1つだと思います。

河原木:世の中にまだないプロダクトで市場を作っていく際に、社会的な影響力のあるプレーヤーを巻き込まなければいけないシーンは結構多いですよね。それは名だたる大企業である場合もあれば、国や公的な機関の場合もあります。GBのネットワークはそのどちらに対しても広くリレーションを構築しており、提供できる価値の1つだと思っています。
私たちGRチームでは、投資先企業の規制改革のサポートをしたり、国の支援策の活用支援をすることが多いんですが、今回のミチビクさんとの事例は、国と一緒にガイダンスを作って政策的に事業を後押しをしてもらうという新たな取り組みでした。こうした蓄積ができると、GBが提供できる支援の引き出しもどんどん増えていくので、我々としてもありがたかったですね。
中村:GBさんのハンズオン支援って、口だけじゃなくてめちゃくちゃ手を動かしてくださるんですよね。立花さんであれば「セールスフォースから商談データを吐き出して分析します」と言ってくださったり、河原木さんは「経産省の研究会がこういうスケジュールだから、逆算してこういうアプローチをしていきましょう」と提案してくれたりして。そこは我々としても本当に助かりました。
──国のガイダンスも公開されて追い風が吹き始めたいま、改めてどのような事業展望を構想しているか教えてください。
中村:「ミチビクを取締役DXのインフラにする」というのがまず目指したい事業のビジョンです。そのために、今回のコーポレートガバナンスのガイダンスを顧客との接点を作るための材料として有効活用していきたいと思っています。
その先の展望として考えているのが、michibikuとAIの掛け合わせです。日本企業の取締役会のデータはこれまで構造化されていなかったんですが、我々のところには取締役会の音声や議事録データなどが大量に集まってきています。取締役会のデータをここまで持っているのは、おそらく日本でも我々だけです。
有価証券報告書やIR資料、外部環境データなどをAIに読み込ませて、「取締役会でなにを議論すべきか」と問いかけるだけでも、それなりの答えを出してくれます。ここまではすでに行っている企業もあるかもしれません。こちらに加え、取締役会のデータや会計や人事などのリソースデータを読み込ませるとさらに芯を食った回答が得られます
それが発展すると、いまは全企業のうち数パーセントしか享受できない、大手外資系コンサルティング会社によるコンサルサービスに近いものを提供できるはずです。
もちろん彼らほどの深いレベルではすぐには難しいかとは思いますが、いずれは戦略コンサルの民主化をし、「経営判断DX」ができるのではと思っています。そういうところまで目指しながら事業を拡大していきたいですね。
※所属、役職名などは取材時のものです
(取材・執筆:Universe編集部)
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