リセに学ぶ、PMF後のサービスを「成長させ続ける」知財戦略
専門の人材がいない状態からGBと知財活動を始め、いまでは知財専門家の採用も行うほど、知財に注力している株式会社リセ。人材採用までの経緯や、事業成長に貢献する知財活動を行うためのポイントなどを伺いました。【ハンズオン支援事例】

執筆: Universe編集部
契約書レビュー支援AIクラウド「LeCHECK(リチェック)」などを運営する、リーガルテックスタートアップの株式会社リセ。本格的な知財活動に取り組んだことのなかった同社ですが、ここ2年ほどで契約書レビュー×生成AIに関する特許をいち早く出願し、一定の競争優位性を獲得。さらに転職市場に候補者が少ない知財人材の採用にも成功し、知財活動の内製化を進めています。
BtoB SaaSスタートアップにおいて、セールスやカスタマーサクセスと比べると、知財活動は後手にまわりがちなものですが、なぜリセはこの分野に注力しているのか。知財が事業成長にどう影響をもたらしているのかなども含めて、株式会社リセの代表取締役社長 藤田 美樹さんと経営企画部 知的財産担当の鬼鞍 信太郎さん、同社の知財活動を支援したグローバル・ブレイン(GB)の知財チーム 平井 孝佳に話を聞きました。
(※所属、役職名などは取材時のものです)
知財活動は「何もできていなかった」
──知財活動に取り組むこととなった経緯や、始める前の課題を教えてください。
藤田:知財に関しては、シリーズAの前までほとんど何もできていませんでした。当時は売れるものを作ることや業績を上げることなどに集中していましたし、メンバーも20人ほどしかいなかったため、知財に時間を割くのが難しかったというのが正直なところです。そんな中でハンズオン支援に強いGBさんからの出資が決まり、平井さんのいる知財チームに支援に入っていただきました。
平井:GBは投資前のデューデリジェンスも基本的に自社で行っているので、投資時からリセさんの知財課題はある程度把握できていました。通常、リセさんのようなBtoBのSaaSビジネスだとセールスやカスタマーサクセスと比べると、知財活動は後手に回りがちです。ただリーガルテック業界であるためか、競合他社が積極的に知財活動に取り組まれていた状況もあり、GBとしてもリセさんには早めに知財支援をする必要があると判断し、伴走させてもらいました。
支援を開始した当初はリセさんのプロダクト実装を中心に特許出願を検討していましたが、リーガルテック分野は海外が先行していることもあり、広い特許を狙うのが難しい状況でした。知財面で”強い武器”にできるものを探すため、藤田さんや経営層の方とのディスカッションを重ねていたのですが、その最中に起きたのが生成AIブームです。
リセの皆さんは、すぐに自社プロダクトと生成AI(LLM)を組み合わせるアイデアを次々と出されていたことを覚えてます。そこで私たちが行ったのは、こうしたプロダクトへ実装する前のアイデア段階で特許出願をするサポートです。リセの皆さんにはかなり感度高くアイデアを出していただいたので、他社に先んじて生成AI関連の特許出願を続けて行うことができました。
藤田:そのときに出願した生成AI系の特許の多くは登録となり、リセの強固な知財になっています。ちなみに平井さんには出願のサポートだけでなく、機能の要望もたくさんいただきました。それを聞いて弊社の人間も「それはいい!生成AIを組み合わせれば作れるかも」となることも多かったです。
平井:仕事柄、契約書をよく見るので、AI契約書レビューを利用する側の観点から欲しい機能をそのままお話していました(笑)。要望を言うとすぐにリセさん側でアイデアの具体化と検証が進んだのには驚きましたが、それもあってスムーズに特許出願に繋げられました。
ちなみにGBの知財チームは当時、ほぼすべての支援先スタートアップに「いまのプロダクトに生成AIを組み合わせたらどんなことができそうですか?」と打診して特許出願に繋げる活動をしていました。生成AIがトレンドになることが見えており、どの企業も生成AIを使った特許を出してくることは予想できたので、支援先の皆さんをなるべく先手先手で支援したかったんですよね。

採用が難しい知財人材を獲得できたわけ
──その後、リセさんでは知財人材の採用を進められました。知財活動を内製化することになったのはなぜでしょうか。
藤田:平井さんたちに知財のことを教えていただき、理解が深まるにつれて「いずれは自社で自走しなければ」という思いが強くなっていきました。
そんなときに、知財人材を自社に抱える企業の経営者の方からお話を聞く機会があり、改めて社内に知財チームがいることで取れる戦略の幅が広がると痛感して。採用への思いがさらに強くなりました。
知財人材は人数も少なく採用が容易ではないとわかっていたので、最後の一歩が踏み出せずにいたんですが、思い切って平井さんにご相談し、採用を進めることにしました。
──実際にどのような採用活動を進めていかれたのか、詳しく教えてください。
平井:GB知財チームの採用支援には大きく3つあります。
- 転職エージェントの紹介およびGB知財チームのコネクションからの紹介
- ジョブディスクリプションの整理や採用要件の定義
- 面接への同席およびアトラクトと見極めのサポート
リセさんには3段階すべてで支援させていただきました。
私がリセさんの知財実務を支援させていただいたこともあり、どういった経験を持つ方がリセさんに向いてるのかという採用要件は解像度高く掴めたと思います。リセさんと話し合い、一般的な知財業務だけでなく、知財人材としての知見をリーガルテックのプロダクト開発にも活かしていただける方、幅広いチャレンジを好んでいただける方を仲間にするのを採用の目標に置いていましたね。
結果、ご紹介させていただいた転職エージェント経由で鬼鞍さんの採用が決まったので非常に良かったです。鬼鞍さんの過去の特許出願の実績や企業ブログでの発信なども拝見しましたが、まさにリセさんが求めていたような方で。私も面接に同席し、リセの知財に携わった観点から伝えられる魅力をお話ししてアトラクトさせてもらいました。
──鬼鞍さんはリセ社の知財にどのような魅力を感じたのでしょうか。
鬼鞍:経営者と最も近いところで知財の仕事ができる点です。前職では1,000人規模の大きな組織にいたんですが、企業規模が急拡大したことでガバナンスや業務基盤のルールメイクの整備に時間を取られ、経営層との距離も大きくなっていました。そんな中、 事業に直接貢献できる知財活動のあり方であるとか、今までにない新しい知財活動を探求してみたいという気持ちが強まっていました。いまのリセなら社内メンバーからのアイデアを直接受け止め、どう事業に貢献できる知財にするかを経営者とともに考えられる。この環境に魅力を感じました。

藤田:実際、鬼鞍さんはすでに私やCTOと頻繁にコミュニケーションを取ってくれています。しかも経営陣だけでなく、セールスやマーケティングなどの現場メンバーとも積極的に対話をして、知財のアイデアを拾い集めてきてくれるので非常にありがたいです。
攻めの知財は、事業の「芽」を生む
──リセさんはシリーズA以降から知財活動に取り組まれたと伺いました。PMFが見え、一定事業が成熟してきたスタートアップが知財活動を行う意義は何だと感じますか。
藤田:特許侵害などを防ぐ「守り」の知財活動はもちろん、さきほどの話にもあった、将来のリセの事業の芽となるアイデアを発掘する「攻め」の活動にはとても意義を感じます。
鬼鞍:知財活動の中でも、特許出願は先読みが大事です。なるべく他社よりも早く動く必要があるので、社内からは常にアイデアを吸い上げたいなと。
私はすべてのものは「人」が根本にあると思っています。プロダクトも知財も、結局は人間の想像力や思考力が形になったものです。誰しもそういう形になる前のアイデアを頭の中に持っているものの、言わないだけという場合もありますよね。
大きな発明やプロダクトの種となりうるものが眠っているのは、やっぱりもったいない。だからこそ、メンバーとなるべく多く対話して、彼らの頭の中にあるアイデアを引き出したいなと思っています。さらに社内への啓蒙活動などを通じて社内の知財カルチャー作りにも励んでいます。これらを通じて、目には見えない、無形資産として社内に埋もれているものを見える化して価値にする、広い意味での知財活動を行っていきたいなと。
平井:企業の知財活動を上手く回し続けるためには、社内でアイデアが生まれやすい土壌作りとそれをキャッチできる体制作りが重要です。ここはGBの知財支援だけだと正直難しい面もあるので、社内に知財専門家を抱えるメリットだと言えます。リセさんはまさに知財活動の自走ができている理想的な形だと思いますね。
──藤田さんはリセの知財活動にゼロから携わってきました。その経験を振り返って、知財活動を行う上でポイントだと感じることを教えてください。
藤田:単に特許を取るのではなく、他社の特許の狙いを理解することや次に何をすべきかを社内で整理することが重要だと感じています。
GBさんに支援いただいたおかげで、漠然と「知財をやらなきゃ」と思っていた状態から、「競合と自社を踏まえると、知財のこの部分をやらなきゃ」と理解できる状態になりました。同じ「やらなきゃ」でもこの間には大きな差があります。
鬼鞍さんが入社する前は、平井さんが専門用語も多く難しい知財領域のことを私たちにもわかる言葉に変えて説明してくれました。だからこそ、AIに関する特許出願や採用など次のアクションに次々とつなげられたと思っています。

「数年先を見越した」知財活動を目指して
──リセさんではこれからも一層知財活動に注力をされるかと思います。今後取り組みたいことや展望を聞かせてください。
藤田:いまよりも多くのプロダクトを運営したり、海外展開したりという未来が見えてくれば、当然知財チームの拡大には取り組んでいきたいですね。
また、今後は知財分野にも対応したプロダクト提供もできたらと考えています。法務は、知財と兼任されている方々も多くいらっしゃるので、より便利に使っていただける機能を開発していきたいと思っています。鬼鞍さんにはぜひ貢献していってほしいですね。
鬼鞍:私の展望は大きく2つあります。1つは、リセの事業をさらに成長させられる強い特許を作っていくことです。先ほども少し触れましたが、やはり良い特許を出すには、アイデアのスピードで戦っていくしかありません。数年先を見越してアイデアを出し、その瞬間に良い特許になるよう形作っていく。この“特許のデザイン”と言えるようなところに取り組み続けたいですね。
2つ目は、いわゆる「1人法務」「1人知財」と呼ばれる、1人だけで法務や知財に携わっている人たちのコミュニティを作ることです。私がこういう活動が好きだからやっている面もあるんですが、このコミュニティを通じて法務・知財の方とつながることで間接的に自社の顧客獲得にもつなげられればと思っています。
まだ誰もやっていない知財人材のあり方を追求しつつ、事業にも貢献できるモデルを作り上げていきたいですね。
──GB知財チームは今回の支援成果をどのように活かしたいと考えていますか?
平井:リセさんの事例は「知財専門家採用による自走」の理想的なケースでした。他の支援先でも、今回の成果を再現性を持って出していければと思います。
今回はリセさんの尽力もあって採用はとてもスムーズに進みましたが、通常は鬼鞍さんのような知財人材の採用までは1年ほどかかります。そのため、行き当たりばったりではない、Exitまでを見据えた長期的な知財のプランニングと戦略が重要となります。戦略立案へ迅速に取り掛かれるのも、デューデリジェンスを通じて知財課題を早期に把握でき、かつスタートアップの経営層とも会話がしやすいGBならではだと思っているので、今後も強みを生かしながら独自の支援を展開していきたいですね。