専門キャピタリストから見た医療・ヘルスケアの最新トレンド

医療・ヘルスケア領域担当のキャピタリストに注目の分野や企業、最新のトレンドなどについて聞きました。

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医療・ヘルスケア領域担当のキャピタリストに注目の分野や企業、最新のトレンドなどについて聞きました。

執筆: Universe編集部

日々めまぐるしく進化する医療・ヘルスケア領域は注目度も高く、グローバル・ブレイン(以下GB)にも多くの問い合わせ、ご質問をいただいております。

2022年12月2日に行われたGBAF2022では、それぞれの領域に精通する弊社キャピタリストによるパネルディスカッションを実施しました。注目の分野や企業、最新トレンドについて詳しく話を聞きましたので、今回はその内容をお届けします。

パネラー:守口毅、阪川洋一、西山友加里
モデレーター:重富渚(※太字部分)

各領域における注目のトレンド

──皆さんヘルスケア、医療機器、創薬と異なる分野を担当されていますが、それぞれの領域で注目しているトレンドについて教えてください。

西山:ヘルスケアというと健康や医療、介護、子育てなど幅広く、健康や医療などに着目しても健康増進、予防、未病、診断、治療、予後などフェーズも多岐にわたります。その中でも着目しているのがオンライン調剤薬局です。

現在、処方箋は紙で運用されていますが、2023年よりデジタル化した電子処方箋が解禁されます。先日もAmazonが日本の調剤薬局事業に参入するという報道が出るなど、大変注目されている領域です。

西山友加里:ヘルスケア領域の投資を担当。事業会社にてバイオセンサーの開発に携わった後、コンサルティングファームにて、ヘルスケア領域での新規事業のサポートなどを行う。2020年にGBに参画。
西山友加里:ヘルスケア領域の投資を担当。事業会社にてバイオセンサーの開発に携わった後、コンサルティングファームにて、ヘルスケア領域での新規事業のサポートなどを行う。2020年にGBに参画。

阪川:医療機器の領域では大きく2つありまして、1つはカテーテルなどの治療機器に注目しています。治験リスクさえ超えれば大きな成長が見込まれる、スタートアップ投資向きの分野です。

もう1つの注目トレンドはデジタルセラピューティックスです。イメージしやすいのはアプリを活用したものですが、最近ではセカンドジェネレーションとも言われる、IoT機器と組み合わせて医療機器のように活用する技術が台頭しています。医療機器に近づいてくれば、より治療効果も見込めるようになるので、期待できる分野だと考えています。

守口:技術の観点だと、既存の治療方法は低分子と抗体薬と言えます。臨床効果が実証されており、市場も大きな分野です。ここに量子化学などの新しい技術との組み合わせによる新しいスタートアップが生まれている状況です。

また、実績はこれからですがポテンシャルが大きい新しい技術も出てきています。例えば腸内細菌を利用した医薬品や、DNA・RNAそのものを薬にする核酸創薬、ゲノム編集の技術などは注目に値する分野だと思います。

一方、スタートアップクリエイションという観点でお話しすると、医薬品は100兆円という大きな市場ですが、その医薬品の約7割がスタートアップオリジンと言われています。

最近では新型コロナウイルスのワクチンでも有名なモデルナを創業したフラッグシップ・パイオニアリングのように、VCがスタートアップを創業するというのがグローバルのトレンドになりつつあります。日本でもVCが優れた医薬品の候補や技術を海外の投資家や経営者とつなぐケースも出てきており、この動きはこれから加速していくと見ています。

大企業との連携も鍵に

──ありがとうございます。ではそれぞれの注目トレンドの中で、実際に投資した企業はどういったところでしょうか。

阪川:まず治療機器の分野では、カナダのABK Biomedicalに投資しました。この会社は肝臓ガンをカテーテルで治療するという画期的なソリューションを開発するスタートアップです。この治療法にはバイオ医薬並みの保険償還がつくこともあって、大手の医療機器メーカーやトップVCも積極投資しており、GBとしても注目しています。既存治療は治療中にX線で見えにくいという課題があるのですが、同社はその課題を解決したソリューションで競合差別化を図っています。

もう1つのデジタルセラピューティックスの分野では、セカンドジェネレーションの先駆けのような存在であるMedRhythmsに投資しました。こちらは脳梗塞などで麻痺が残り、歩行障害がある患者さんに、音楽を利用して治療するという新しいソリューションを開発しています。具体的には足元につけたセンサーで歩行の解析を行い、患者さんに適したテンポで音楽を流すことで治療効果を促すというものです。海外のTOP VCや製薬企業も注目する非常にユニークで画期的な手法ということもあって投資を決めました。

阪川洋一:医療機器関連の投資を担当。アメリカの大学で獣医学を学んだ後、テルモにて非臨床領域の研究開発や事業開発に携わる。2020年にGBに参画。
阪川洋一:医療機器関連の投資を担当。アメリカの大学で獣医学を学んだ後、テルモにて非臨床領域の研究開発や事業開発に携わる。2020年にGBに参画。

守口:既存の分野だと、低分子や抗体を組み合わせたADCという技術がありますが、次世代型ADCを開発している企業や、免疫細胞を使って病気の原因となる老化細胞を攻撃する医薬品を開発するDeciduous Therapeuticsなどに投資しています。

新しい技術分野だと、腸内細菌を使って乳幼児疾患の医薬品を開発するSiolta Therapeuticsや、次世代のゲノム編集技術で創薬するエディットフォースなどがあります。

西山:オンライン調剤薬局の分野ではPharmaXに投資しました。服薬指導のときだけではなく、LINEを利用して日々の生活の中でも「かかりつけ薬局」のように薬剤師に相談ができるサービスを提供している企業です。

ちなみにこちらはKDDIのCVCファンドからの投資ですが、ヘルスケアは予防から予後まで扱う領域が幅広いこともあり、大企業との連携は非常に重要になります。そういった意味でもこの投資は意義深いものと考えています。

──医療機器や創薬の分野でもCVCファンドからいくつか投資していますし、GBとしても大企業との連携支援は続けていきたいですよね。ちなみに投資するにあたって、重要視しているポイントはありますか?

重富渚(モデレーター):国内外の幅広いスタートアップに投資する中で、阪川とともに医療機器関連の投資にも従事。大手鉄道会社などを経て、2018年にGB参画。
重富渚(モデレーター):国内外の幅広いスタートアップに投資する中で、阪川とともに医療機器関連の投資にも従事。大手鉄道会社などを経て、2018年にGB参画。

阪川:医療機器は技術も重要ですが、さらに重要なのがニーズです。バイオデザインというスタンフォードが開始した医療機器開発プログラムでも、「ニーズドリブン」による開発が重視されています。強いニーズを解決するものであれば、患者・医療提供者・保険者で三方良しの状態を作れるため、スタートアップとのコミュニケーションでもニーズの深さ、どういった人たちのペインを解決するかという部分を見るようにしています。

ただ、最近はニーズがかなり洗練化しているため、技術の優位性も問われるようになってきました。ソリューションとしてニーズに合致しているかを検証することも重要だと考えています。

西山:ヘルスケアも他の領域と見る部分は大きく変わりませんが、規制緩和・設定のタイミングにおいては大きなビジネスチャンスが生まれる領域でもあるので、その動向は注視しています。

オンライン調剤薬局も典型的な例で、処方箋の電子化以外でもリフィル処方箋や薬剤師のオンライン勤務の解禁なども関わってくるため、規制の動向を確認するとともに対応方法についても起業家と議論するようにしています。

海外ネットワークをいかに構築するか

──GBは海外への投資も積極的に行っていますが、そのネットワークづくりというのはどのようにされていますか?

守口:現時点で行っていることとしては、ローカルネットワークでのコネクション作り、グローバルVCとの連携、投資先企業からのリレーション構築の3つがあります。

ローカルネットワークでいうと、GBは欧州での投資を強化しており、UKに製薬会社出身のキャピタリストを採用しました。オックスフォードやケンブリッジなど有名大学が実施するアクセラレーションプログラムに参加し、コネクションを作ってもらっています。日本人のバイオ投資家は珍しいようで、いい意味で目立っていると聞いています。

グローバルVCとの連携では、すでに共同投資をいくつも実施していますし、定期的に情報交換をしながら案件紹介につなげています。

投資先企業からのリレーション構築においても、日々コミュニケーションをしっかり取ることで、有望なスタートアップを紹介してもらえるような関係性作りを心がけています。

守口毅:バイオ・創薬関連の投資を担当。薬学の大学院修了後、事業会社にて基礎研究などを行う。その後コンサルティングファームを経て、2019年にGBに参画。
守口毅:バイオ・創薬関連の投資を担当。薬学の大学院修了後、事業会社にて基礎研究などを行う。その後コンサルティングファームを経て、2019年にGBに参画。

西山:ヘルスケア領域においては昨年、弊社アフリカ担当のキャピタリストと連携して、アフリカにてオンライン薬局サービスを提供するChefaaに投資しています。イスラム圏では数少ない女性2名による共同創業ということもあり、非常に注目されている企業です。

こちらはアフリカ担当にコネクションのあった、アフリカの有名アクセラレーションプログラムから投資機会を得ることができました。GBのグローバルネットワークから投資につながることも、実際増えていると思います。

産業の未来のためにも取り組みたいこと

──ありがとうございます。では最後に今後取り組んでみたいことについて、それぞれお聞かせください。

西山:少子高齢化や医療従事者数の減少などもあり、医療業務の効率化は急務になっています。病院のDXはまだまだ進んでいない部分もありますが、薬局や検診領域においては少しずつ進み始めました。そうした周辺環境の変化や生活者の意識変化なども後押しになって、病院のDXもこれから進んでいくと期待しています。

生活者自身が自分の健康・医療データを管理できる「パーソナルヘルスレコード」に対する認知・理解が高まることで、医療の多角化、個別化、主体化なども進んでいくと思います。今後もこの領域に関連するスタートアップへの投資や、大企業との連携の推進を通じて、身近なヘルスケアサービスの向上に貢献していきたいと考えています。

阪川:今後取り組んでみたいことは短期と中長期それぞれでありますが、短期的には大企業や投資家の皆さんに医療機器の良さを知ってもらえるような活動でしょうか。

医療機器はヘルスケアやバイオに比べると、投資対象としての認識がまだまだ弱いと感じていますが、グローバルには有望な企業もたくさんありますし、市場としても大きく、右肩上がりに成長もしています。

また、日本の強みであるものづくりを活かせる領域であり、コスト競争にさらされやすいものづくり業界の中でも高い利益率を誇ります。次の一手としては面白い領域ですので、日々の投資活動の中で医療機器の啓蒙を行っていきたいですね。

一方、中長期では国内の医療機器にしっかりと投資をして、産業を支えていきたいと考えています。この領域では海外のスタートアップに注目しがちで、投資倍率の観点からも短期的には海外に寄ってしまうとは思いますが、そこで得られた知見を還元しながら、国内の産業を支えるスタートアップの支援を続けていきたいです。

守口:創薬・バイオに関しては大きく2つありまして、1つは先程も話に挙げた地域×バイオの軸について、欧州を中心により強化していきたいと考えています。

もう1つは日本だけの市場で考えると患者数が少ないなどの理由で評価されず、資金調達も成長もしづらいという実態があります。これは非常にもったいないと感じており、日本の優秀な技術やアセットを海外に持っていく活動をしていきたいですし、GBの持つグローバルネットワークがあるからこそできることだと思っています。