パンデミックで激変する日本の医療、スタートアップはどう戦う?

2020年第1四半期における遠隔医療系スタートアップの資金調達額は7億8800万ドル、デジタルヘルス全体の資金調達額でみると、過去最高の36億ドルをマークしている。

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執筆: Universe編集部、共同執筆: 守口 毅・松尾 壮昌

パンデミックの影響もあり、医療分野のデジタル化が急務となっている。

Fierce Healthcareによると、2020年第1四半期における遠隔医療系スタートアップの資金調達額は7億8800万ドルで、実に前年同時期の2億2,000万ドルから3倍のジャンプアップを果たした。さらにデジタルヘルス全体の資金調達額でみると、過去最高の36億ドル(2020年第1四半期)をマークしている。

遠隔医療以外でデジタルヘルス分野の調達額トップ領域はデータ分析(5億7,300万ドル)、臨床意思決定支援(4億4,600万ドル)、mHealthアプリ(3億6,500万ドル)、ヘルスケア予約(3億600万ドル)、ウェアラブルセンサー(2億8,600万ドル)と続く(全て2020年第1四半期のデータ)。これらの領域が次のヘルスケア分野を牽引するとみられる。

さて、Accentureでは感染症拡大が医療分野にもたらした変化として次の5つを挙げた

  1. モバイルサービス向けのバーチャル労働力の組成
  2. バーチャルケア・在宅ケア・遠隔医療の3つのソリューション加速
  3. 福利厚生拡大と規制緩和促進
  4. 必須供給品の迅速な手配
  5. 手動コールセンターに代表される労働力の自動化と戦略的人員配置

バーチャルケアは、認知行動療法に基づくメンタルケアサービスを提供する「Big Health」が当てはまるだろう。在宅ケア分野では慢性的な筋骨格系疾患に特化したサービス「Hinge Health」が挙げられる。自宅で専用ベルトでトレーニングをさせながら、チャットベースの相談にも乗ってくれる。

遠隔医療「ならでは」の体験を作れ

では、遠隔医療分野はどのような状況だろうか。注目が集まっているのが動画診察などの「リアルタイム同期性」を持つ領域だ(非同期性のものはメール診察など)。

例えば今年7月に7,500万ドルの調達を果たした「Doctor On Demand」はこの領域で有名だ。同社はサンフランシスコを拠点に、医療従事者と患者をマッチングさせ、オンデマンド形式の診察サービスを提供する。現在は9800万人以上の生活をカバーしているという

また、最近では遠隔医療と小売の分野が融合し始めている。男性向けヘルスケア商品を扱う「Hims」がそれだ。同社は男性の脱毛薬や精力薬までをD2Cの業態で販売。遠隔医療による医師によるオンライン診察も受け付けており、自宅にいながらにして安心して処方箋を出してもらえる体験を提供する。

彼らの体験で重要なのがプライバシーの扱いだ。身体的なコンプレックスに関係しているからこそ、顧客体験は単に医療品購入では終わらない。専門医によるアドバイスと処方箋を通じたフォローアップまで提供することで顧客満足度を高め、成長してきた。7月には上場を目指しているという報道も出ている注目株だ

つまり、遠隔医療はコスト削減だけでなく顧客満足度を最大化させる、カスタマージャーニー上でも重要な要素なのである。今後、ヘルスケア用品を扱う小売ブランドは医療業界のオンライン化に伴い、Himsのような総合的なケアサービスを開発するまでに至るだろう。

遠隔医療におけるAI活用法

Accentureの別レポートではAIを医療トレンドの引き合いに出している。AIも遠隔医療分野には欠かせない要素だ。特定の疾患関連情報の内、適切なものをフィードバックしてくれる「キュレーター」であり、医師に寄り添って最善の治療法を患者に提案してくれる「アドバイザー」にもなり得ると指摘する。

例えばAIを活用したプライマリーケアコンサルタント「K Health」では、膨大な医療論文データが組み込まれており、簡単なQ&Aの回答から患者にとって適切な治療法を提案してくれる。月額9ドルのVIPプランでは、実際に医師による診察が入るが、事前にAIによる診察を経ているため基礎情報が揃っている形で通される。AIがスムーズに人力の遠隔医療チームへとバトンを引き継ぐ体制を構築している。

日本における遠隔医療の動きと課題

MEDLEYのオンライン診療システム「CLINICS」。
MEDLEYのオンライン診療システム「CLINICS」。

ここまで米国における遠隔医療分野における最近の動きを紹介してきた。それでは国内ではどうなのであろうか。まず大きな動きとしては、日本政府は4月から初診対面診療の緩和を実施し、時限的ではあるものの、オンライン診療や服薬指導の幅を広げる動きを示している。

参考情報:新型コロナウイルス感染症の感染拡大を踏まえたオンライン診療について

例えばグローバル・ブレインの出資先「MEDLEY」(2019年12月・東証マザーズ上場)は、2016年よりオンライン診療システム「CLINICS」を提供していたが、9月から調剤薬局向けオンライン服薬指導支援システム提供を開始する。スタートアップにも早速市場の動きが反映されている格好だ。

ただ、先行する米国とは大きく異なる部分がある。それが皆保険制度にまつわる「インセンティブ構造」の違いだ。米国では基本、医療費は自己負担が前提になるのでコストカットなどの課題が立てやすい。また、保険会社や政府、医療機関などステークホルダーが複数に渡ることで、医療ビジネスのバラエティが豊富になっている。

一方、医療費が皆保険によって安価に設定されている日本では、例えば予防医療などのテーマを立てても「医療機関に行けばよい」という力学が働き、成立しにくくなる。これは国内の医療系スタートアップを考える上で重要なポイントになる。

どこにペインがあるのか

では、そういった前提を踏まえた上で、どこにチャンスがあるのだろうか。「Bain & Company」ではアジアに住む患者のヘルスケアに対するニーズを紹介している。特徴的な意見を大きく3つ挙げる。

  1. パーソナライズ化した予防医療
  2. 病院での短い待ち時間
  3. 健康的なライフスタイルを送るためのインセンティブ付き保険

まず予防医療だ。医療費が高いから予防する、という課題設定が成立しにくいからこそ、違ったアプローチが必要になる。

例えばグローバル・ブレインの支援するPREVENTは、高血圧や糖尿病といった生活習慣病の再発防止・重症化予防を、ライフログのモニタリングおよび電話面談で実施している。特徴的なのは、彼らが健康保険組合と積極的に取り組みをしている、という点だ。従業員の健康維持、医療費の軽減を目的としている保険組合だからこその動機付けが発生するケースだろう。

次に遠隔医療の可能性だ。そもそもオンライン診療だけだと差別化がしづらいという課題がある。ただ医師と話せる場だけを用意するのであれば、先行優位のプラットフォームが勝つ可能性が高い。ということはやはり「Hims」のように、患者にとって対面通院に課題感のある領域で活躍するスタートアップが成長するのではないだろうか。

また、オンライン化が図られることで取得できるデータ量は確実に増える。これらのモニタリングデータは保険料適正化に繋がるはずだ。

地方の問題も大きい。患者が疾患を認識(Awareness)、通院・診断して、後日モニタリングする。ここまでの流れは基本的に全てオンラインで完結すると考えている。地方の病院が減ってくる中で、オンライン診療との組み合わせは大きな可能性を秘めていると言えよう。

ということで、考察してきたように日本の医療ビジネス環境には特有の課題もありつつも、投資目線で言えば今は大いに好機とみている。この領域に取り組むスタートアップと共に課題解決を目指したい。