ロビイングだけじゃない。スタートアップと行政をつなぐ「GR」の最新事例

国や自治体と関わっていく、GR(Government Relations)活動で得られる効果について解説します。

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執筆:河原木 皓

グローバル・ブレインで投資先企業のGovernment Relations(GR)支援を担当している河原木です。前職では経済産業省で中小企業やスタートアップを対象とした補助金・税制・法律の制度設計などを担当していました。

「GR」と聞いてピンとくる方はほとんどいないかもしれません。一方で日本版ライドシェアの解禁や、1兆円の宇宙戦略基金の設立1社100億円を超えるスタートアップへの大型補助金など、政府や自治体とスタートアップが連携する最近のニュースに関心を持っている方も多いのではないでしょうか。こうした動きを捉えて自社の成長に繋げていくことも、GR活動の一環です。今回はスタートアップにとってGRとは何か、どんな使い方や効果があるのかについて、最近の事例も踏まえながら解説します。

GRとは何か

GRの統一された定義はありませんが、検索すると「情報収集、ロビー活動、メディア戦略などを通じて行政に働きかける」や「主に行政府や議会など直接的な意思決定者への働きかけを指す手法」などの説明が見られます。ざっくり言えば「企業と政府の結節点」の機能と言えるかもしれません。

大企業であればGR専門の部署が設けられ、省庁とのコミュニケーションを担うことが一般的ですが、最近はスタートアップでもメルカリfreeeファストドクターなど、GRの専門部隊を抱える企業が増えています

では、スタートアップにとってGRはどんな意味があるのでしょうか?ライドシェアや電動キックボードの事業者が行うような「国に規制改革を働きかけるための活動」というイメージも強いですが、実はこれはGR活動の一部でしかありません。

スタートアップがGR活動で得られる主な効果

スタートアップにとってのGR活動の目標は、当たり前ですが事業成長を加速することです。GR活動がどのように成長加速に繋がるかはスタートアップのビジネスモデルや成長ステージによって異なるものの、ここではGRを通じて得られる効果の一般的なパターンをいくつかご紹介します。

1. 国の支援で研究開発を加速できる

スタートアップが行う研究開発への国の支援は、数年前では考えられなかったほど急拡大しています。

たとえば、国の機関であるNEDOによるDeep Tech領域の研究開発・実証への補助金は、2023年度には従来の約10倍の予算規模に拡大されました。2024年度にはGX(脱炭素)領域のスタートアップに対する総額約400億円の補助金も新設されています。

昨年はSBIR (Small Business Innovation Research)という支援制度により宇宙、核融合、モビリティなどの分野で1社あたり数十億円から100億円以上の支援が決定したことが大きく取り上げられました。

Deep Tech領域のスタートアップは一般的に、事業化に至るまでに長期間を要し、多額の研究開発費用も必要になります。国の支援は原資が税金なので、活用する際は一定の義務・制約(使途の限定、国への報告など)も発生しますが、こうした点を理解した上で活用すれば、スタートアップの研究開発を大きく加速させることも可能です

2. 顧客の導入コストを下げられる

国の支援を自社で活用するだけでなく、顧客の導入コスト低減のために活用することも有効です。

飲食店・小売店向けに無人で決済できる端末・システムを提供するTOUCH TO GOは、自社プロダクトを顧客に提案する際、国のIT導入補助金の活用も勧めています。IT導入補助金は、中小企業がITシステムを導入する際に最大450万円の補助が受けられる制度です。顧客はこの補助金を活用すると、TOUCH TO GOの無人決済端末の初期コストを下げられるため、導入しやすくなるわけです。このような事例は、BtoBのSaaSなどのビジネスでも参考になるのではないでしょうか。

株式会社TOUCH TO GOのウェブサイトより

3. 法規制への対応・改革で、事業をしやすい環境をつくれる

「法規制」と聞くとハードルが高く感じられるかもしれません。ただ、「新規事業が法令に抵触するか分からない」、「現状は問題ないが、今後の規制動向が自社ビジネスに大きく影響する」といったケースはあると思います。特に金融、医療、モビリティ、通信など法規制と密接な領域でよく起こりえます。このように、法令や規制に対して事業者側がどう対応したらよいか明確でない場合でも、GRの観点で先回りしてアクションすることは可能です

医療分野の事例をご紹介します。製薬企業が国に医薬品の承認申請をする際、「国への提出データ」と「原資料」が一致するか(改ざんがないか)を治験や臨床研究の現場で確認する必要があり、これには多大なコストがかかります。この課題を解決するため、サスメドはブロックチェーン技術を活用し、人が介在しない新たな代替手法を開発・提供しようとしていましたが、これが法規制に適合するか明らかではありませんでした。

そこで、「規制のサンドボックス」という国の制度を活用し実証を行い、新たな手法が有効であることを確認。その上で、このサービスが適法であるとの見解を厚生労働省から引き出しました。

このように、法規制に関するリスクを軽減・解消し、自社のビジネス展開に有利な環境づくりをしていくこともGR活動の大事な要素です

内閣官房のウェブサイトより

4. 公的セクターを顧客にして、事業成長につなげる

スタートアップのビジネスモデルによっては、官公庁や自治体が顧客になるケースもあります。米国のSpaceXは代表例で、NASAなど政府機関を主要顧客として複数の契約を結びながら、VC等から資金調達も行い急成長を遂げました。

宇宙・防衛分野だけではありません。日本でもデジタル田園都市国家構想というプロジェクトのもと、各自治体が民間企業と調達契約を結びながらスマートシティや行政DXなどの取組を進めています。複数の自治体のプロジェクトに入り込んでいるスタートアップも少なくありません。国もスタートアップ・中小企業との契約額を年間3,000億円とする目標を立てており、スタートアップとの契約を増やす取組を始めました

公的セクターとの契約によるメリットは、売上増だけではありません。特にアーリーステージのスタートアップにとっては、初期顧客の獲得が最重要課題です。公的セクターを初期顧客として獲得することで、信用力や認知度が向上し、他の公的機関や民間企業の顧客獲得に繋がりやすくなるといったメリットもあります。

まとめ

以上、スタートアップにとってGRとは何か、どんな使い方や効果があるのかについていくつかのパターンをご紹介しました。

GRの活動は規制改革を目指すスタートアップはもちろんですが、Deep TechやSaaSなどのBtoBビジネス、公的セクターを顧客とする事業など、幅広いスタートアップにとって成長を加速させる重要なファクターになり得ます。

しかし、これまでGR活動に取り組んだことのないスタートアップにとっては、何から手を付けたら良いか分からないケースも多いと思います。そこで次回は「自社がやるべき『スタートアップGR』がわかる、基本ステップ」について紹介します。

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参考資料

河原木 皓

河原木 皓

Global Brain

Corporate Management Group

Director, Researcher

2023年にGBに参画し、スタートアップ政策関係のGovernment Relations業務や、各国の投資動向の調査などリサーチ業務を担当。