4兆円企業のDXはどう進んだ——三菱重工が挑戦するデジタル化の方法、支えたファインディとの共創(αTrackersレポート)

デジタルトランスフォーメーション(DX)推進の裏側と、その組織づくりについてお伝えします。

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執筆: Universe編集部

グローバル・ブレインでは大企業にて投資・新規事業を手がけるキーマンをご招待した勉強会「αTrackers」を開催しています。本稿では、三菱重工業さんのデジタルトランスフォーメーション(DX)推進の裏側と、その組織づくりについてお伝えします。

4兆円規模の巨大企業のデジタル化はどのようにして進んだのか、そのキーマンとして三菱重工のデジタルエクスペリエンスデザインを担当する川口賢太郎さんのお話を伺いました。

2018年1月に設立されたデジタル組織は、CX(カスタマーエクスペリエンス・顧客体験)を中心に、それを支えるEX(エンプロイーエクスペリエンス・従業員体験)とPX(プロダクトトランスフォーメーション・製品次世代化)を両脇に抱えたシナリオを作り、3年で45名のチームを整え、同社の社内デジタル化推進を手掛けられているそうです。

お話の中ではその成り立ちや大企業ならではの壁、権限移譲の方法など、実体験を交えて共有いただいています。また、同時にその組織づくりを支えたファインディの山田裕一朗さんにも登壇いただき、スタートアップと大企業のコラボレーションのきっかけについてもお話いただきました。

MC:西田大介(グローバル・ブレイン Partner)
パネリスト:ファインディ株式会社 代表取締役・山田裕一朗氏、三菱重工業株式会社 成長推進室 デジタルエクスペリエンス推進室 室長・川口賢太郎氏

西田:本日は三菱重工の川口さん、ファインディの山田さんと、DXをテーマにお話していきたいと思います。川口さん、山田さん、よろしくお願いいたします。

川口・山田:よろしくお願いします。

西田:まず最初に、今回の「α TRACKERS」に参加いただいているみなさんに、DXの取り組み状況のアンケート結果をご紹介します。すでにDXに取り組んでいる会社が8割弱で、そのうち何らかの成果が出ているとお答えいただいたのが50%強でした。今日はぜひ、これらを踏まえて議論させていただければと思っています。

三菱重工さんは経産省のDX注目企業に選ばれていらっしゃいますが、これまでの歴史から見ると意外に思われている方も多いのではないでしょうか。そこでまず川口さんから、三菱重工さんのDXへの取り組みについて全般的に教えていただけますか?

川口:三菱重工でデジタルエクスペリエンスデザインを担当しています川口と申します。これから数分お借りして、三菱重工での取り組みをご紹介させていただきます。

まず会社の紹介です。売上は全体で4兆円ありますが、単一の機械製品を製造販売しているのではなく、数十の機械製品事業から構成されています。発電設備があったり、航空防衛宇宙の製品があったり、諸々の産業機械やごみ焼却施設などの社会インフラがあります。

以前は三菱重工本体で多くの機械製品事業を経営していましたが、事業毎でマーケットコンディションが異なるなどの背景から、経営を機動的にしていくためにこの15年をかけて事業会社化を進めてまいりました。それによっていろいろ便益もありましたが、各事業会社は大規模というよりも中規模となっています。

並行してこの15年、IT、デジタルを事業の現場に実装していくことがより必要になってきたかと思います。デジタルを自らの事業に実装はしたい・しなければいけないながら、リソースなどの観点で手が回らないという新しい経営課題が生まれてきたのがこの10年、5年の話だと思っています。

三菱重工本社から事業会社に掛け声を掛けているだけでは課題はなかなか解決できませんので、本社が事業会社のデジタル化をハンズオンで推進していく目的でできたのが私たちの組織です。2018年の1月に設立されたので、まだできて3年半ちょっとの若くて小さい組織です。

組織では3本の柱で業務遂行しています。

1本目の柱がCXです。三菱重工のお客様がお取引をしやすくなるよう、カスタマーエクスペリエンスを良くしていくためのものです。ファックス・電話・eメールといった顧客接点をデジタル化することを目的にしています。

次に、従業員が当社で働きやすくなるよう、エンプロイーエクスペリエンス(EX)を良くすることをもう一つの柱としています。業務のデジタル化を通じて生産性を良くしていくことを目的にしています。

最後が当社の製品を次世代化していこうという、プロダクトトランスフォメーション(PX)というものです。

私たちの注力範囲で言いますと、CXを中心にEX・PXに取り組んでおります。EXで言えば、世の中にはすでにいろんなSaaSがあります。SaaSでできることはSaaSを使って解決していこうとしています。

一方で、製品を次世代化していくとなると、SaaSだけでは実現できません。解決策を生み出すこと自体が三菱重工の競争優位に繋がると思っており、独自なシステムを開発しています。その場合もオンプレではなく、基本はPaaS、マネージドサービスで構成するシステムを作っています。いわばクラウドの恩恵を最大限に活用しながらデジタル化を進めております。

開発手法の方についても、ウォーターフォール型ではなく、リーン開発、Minimum Viable Product(実用最小限のプロダクト)をつくって検証していこうというスタイルで取り組んでいます。いわばアジャイルの恩恵を最大限活用しながらデジタル化に取り組んでおります。

デジタルの山ってEX、CX、PXのどれかだけを登っていくのでなく、どれも登っていかなきゃいけないと感じております。いろいろな山に登れるように、ソフトウェアエンジニアだけでなく、ビジネス部門出身のメンバーにも参画してもらっています。

各社さん、デジタル化の取り組み方はいろいろあると思います。私たちも以前はデジタル部門とビジネス部門と、それぞれでプロジェクト体制をつくって、それぞれにプロジェクトマネージャーをたてて、プロジェクトマネージャー同士が手を携えて二人三脚で進むというやり方をしていました。しかし、2年ぐらい前からは一心同体でやっていこうと、ビジネス部門から私たちのデジタル部門に異動してもらって、両者が同じ景色を見ながら取り組むようにしています。

また社内公募でこれまでソフトウェア開発には従事していなかったけれど挑戦してみたいというメンバーが参画したり、情報系子会社の子会社から参画したり、キャリア採用もFindyの山田さんのお力をお借りしながら積極的に進めていますそういったいろいろなバックグラウンドのメンバーで、要件定義からシステム開発、システム運用はもちろん、ユーザーサクセスまでまとめてやっています。

DXというと、まずはPXやCXから取り組まなければならないイメージもあると思います。しかしやってみて、EXから取り組まないと、その速度が頭打ちになるように感じています。

もう少し正確に言いますと、まずはデベロッパー(開発者)のエクスペリエンスの方のDXを最初に上げておく、つまり開発する環境や開発する手法といった自らの環境をまずモダンにしていくことが、取り組みを加速していくためには大切だと感じています。

次にビジネス部門との連携について。どうしても組織の壁や上下の壁はあります。関係者間に情報の非対称性がありますと、なかなか同じ目的に向かって歩めません。コミュニケーションやコラボレーションで壁を無くしていく良い道具がいろいろとありますので、それらを活用しています。

そしてなにより大切なのはお客さんのペインポイントを理解して、デジタルで改善していくことです。私たちが価値を提供しているお客さんがどのようなプロセスでどのようなペインポイントがあるのかを理解することが最初の一歩だと思っています。したがってITだけじゃなくてUXのリサーチやデザインなどにも日々頑張って取り組んでいます。

西田:ありがとうございます。今、川口さんの方からいろいろお話いただいた中で印象的だったものの一つが、チームアップする時に、社内公募も含めていろんな部署の方から来ていただいたり、外の力も借りたりしているところです。おそらくファインディの山田さんがお手伝いをされた部分なのかなと思って拝聴していました。山田さん、川口さんとはどういったコミュニケーションをされたり、どういったアドバイスをされたりしたのかお話いただけますか?

山田:川口さんと最初にお会いしたのは2年ほど前なんですけど、まだDXに取り組む企業がエンジニアを直接採用するという状況はほとんどないという、珍しいタイミングで問い合わせいただきました。ただ、お話を聞いていると非常にモダンなカルチャーを作ろうとされてましたね。たとえば当時はコロナ禍の前だったのでエンジニアも出社してたんですけど、普通にデュアルディスプレイ、リアルフォースのキーボード、マウスは自由。どこのスタートアップなんだ?みたいなカルチャーを取り入れられていて(笑。

でもほとんどの人はそれを知りません。いわゆる大手の会社で、スーツを着てパソコンに向かってるイメージがあったので、実はこういう働きやすい環境が整ってますなど、まず中のことを言語化して伝えていきましょうという話をしました。

スタートアップと大手企業の最大の違いって、大手企業の方がすでにいろんなデータを持っていたり、グローバル展開していたり、スタートアップの事業では経験できないエンジニアにとっての面白さがあるんですよね。そこも意外と伝わってない、あるいは何となく想像できるもののエンジニアの文脈では説明されてませんでした。その辺をしっかり言語化できればきっと魅力が伝わるのではと思い、そういう話から始めさせていただいたのを覚えています。

西田:そういうお話をされる中で、候補者のスキルマップを作られたんですか?

川口:そうですね。まず山田さんにご相談した背景からお話させてください。

2年ぐらい前までは、私たちもキャリア採用ではなくて社員の中でできそうなメンバーを集めてなんとかやっていたというステージでした。そろそろキャリア採用で開発力をぐっと向上させていかなきゃいけないと考えていたものの、今までそういった人材を採用したことがないので悩んでいた時期でもあります。

私たちが取り組む領域のベストプラクティスはWeb系IT会社にあると思っています。そのためWeb系IT会社でどんなプラクティスを採用してるのか?何がうまくいってるのか?などをインプットすることを非常に重視しています。したがって採用に関しても、うまくいっているWeb系IT会社がどのようなコミュニケーションをされているのか、そしてどのようなエージェントさんを活用されているのかなどなどを観察していました。

その中で、うまくいってらっしゃる企業はファインディさんを活用されていることを知りました。ある日、山田さんが「古巣の三菱重工はDXやるのかな?どうなのかな?」のような内容ツイートされていたので、すぐコンタクトを取ってディスカッションしたというのが最初のきっかけです。

西田:なるほど。山田さんは三菱重工さん出身ですが、そういうコミュニケーションをされている中で、会社としての変化をお感じになりましたか?

山田:すごく正直に言うとですね、古巣にこんなに早く営業に行けるとは思ってなかったです。記念に行ってくるくらいの気持ちだったっていうのが正直な話です(笑。

だからその場で「導入します」って言われて衝撃を受けました(笑。自分が在籍した頃とはスピード感も含めて全然違っていて、川口さんの部門がそうなのかもしれないですけど、「あっ、これは雰囲気が違う」と思った記憶があります。

西田:決定のスピードについては、山田さんと川口さんとの会話ですごく象徴的です。やはりDX文脈の話は、かなり川口さんに権限が委譲されてるんですか?

川口:私たちが問題意識として思っているのは、今日ご参加のみなさんにもイメージにあるように、三菱重工はデジタルが遅れている会社だということです。なので、誰よりも早くキャッチアップに動かないと差が開いていくだけだと思ってます。そういう問題意識もあって私たちの組織に与えられている権限の範囲で最速の意思決定をするように努めています。

西田:川口さんのデジタルエクスペリエンス推進室の人数についても質問いただいています。現時点で何名ぐらいいらっしゃるんですか?

川口:45名ぐらいです。三菱重工グループ8万人の中なので、桁が違うのではというご指摘もあろうかと思います。去年の今ごろは20人ほど、その1年前は10人ほどだったので、年率100%ぐらいの規模で大きくなってきています。

西田:でも45人って決して少なくないような気がするんですが、山田さんはいろんな会社をご覧になられててどうですか?

山田:手を動かしてコード書いてプロダクトを作っている人が社内にいる会社はそんなに多くないですね。システム子会社ないしは外注のところが多いです。三菱重工さんの場合は、毎年ちゃんとエンジニアの採用をして、組織が成長してる印象です。組織を成長させていくのは難しくて、外から引っ張ってくる力がある会社は限られると思います。

西田:なるほど。今日、川口さんにいろいろご説明していただいた中で、できそうでできないんだろうなと思ったのが、アジャイルに話を進めてられている点です。おそらくスクラムなどを使いながらアジャイルにやってらっしゃると思うんですが、そういう会社さんは多くても、なかなか結果に結び付かない気もしていて。何か秘訣があったら教えていただきたいです。

川口:そうですね、一つは外部のアジャイルコーチに入ってもらい、壁打ちをやっていただけたのがあると思います。自分たちで本を読みながら取り組んでも、なかなか学習の速度も上がりませんし。

もう一つは、スクラムのイベントをデジタル部門だけじゃなく、ビジネス部門と一緒に回していることです。スプリントのレトロスペクティブに事業部も入ってもらっていることが、形だけのスクラムじゃなくなった要因だと思います。

西田:なるほど。ありがとうございます。冒頭のアンケートで、各社の課題も伺っています。その中でも人がいないとか、DXの定義が何となく社内でうまくされていないという声が多く見られました。経営陣への理解度浸透でみなさん苦労されてる印象ですが、社内で川口さんもけっこう苦労したという話を伺いました。

川口:そうですね。おっしゃる通りいろんな部門に理解していただく、もしくは経営陣含めて理解を広げていくのはとても大切です。そのために私たちは、社内のコミュニティサイト、要は社内向けのテックブログを立ち上げて運営をしています。ほぼ毎日記事をアップして、取り組みを共有したり、私たちが考える「DXのいろは」の資料共有したり、広報部のような仕事もけっこうやっています。こういう活動がじわじわと浸透に寄与しているのではないかと思っております。

西田:ありがとうございます。では最後に一言ずつ、DX推進されている皆様にメッセージをいただけると大変ありがたいです。

山田:DXの定義が話題になりましたが、三菱重工さんは競争領域は内製化する、非競争領域は外注やSaaSを使うというように、すみ分けをクリアにされています。現実的にはすべてを内製化するのは大変です。どこを競争領域と捉えていくのか、それはデータなのか、それともデータを加工して見せるところなのか、それともIoTなのかなどを一度社内的に議論した上で、どうしてもやりたいところ、かつすごくスモールにしたところを内製化していくのはいいと思っています。

内製化をしていく上で、専門的な人をどう入れていくかは非常に大事です。もちろん正社員で採用していくのも一つの手ですが、スタートアップは当たり前のようにフリーランスの方とも協働してます。スタートアップとも連携しながら内製化を進めていく際は、弊社にお声掛けいただければなと思っております。今日はありがとうございました。

川口:私たちもいろいろと壁にぶち当たりながらやっております。その中でDXを内製化しながら取り組む会社さんと勉強会をして情報交換し、教えを頂戴しながら進めており、私たちの血液にもなっています。これを機会に三菱重工のDX組織と勉強会をやってみたいと思われた方は、ぜひ川口の方にご連絡ください。

西田:本日はお二方ともどうもありがとうございました。

川口・山田:ありがとうございました。