プロダクト戦略を牽引するVPoP採用｜MOSH支援事例に学ぶシリーズC直前の人事戦略

クリエイターが個人ブランドやサービスをインターネットで簡単に販売・運営できるサービスECプラットフォーム「MOSH」を運営する、MOSH株式会社。同社を率いる籔CEOは、シリーズC直前の重要な局面において「プロダクト責任者を採用し、オーナーシップを譲るべきか」について迷いを抱えていました。

そんな中、独立系VCのグローバル・ブレイン（GB）のハンズオン支援によって実現したのが、籔CEOも「MOSH史に残る名採用」と語るVPoP（Vice President of Product：プロダクト最高責任者）の採用です。GBの採用支援専門の子会社「GBHR」が運営するキャリア相談サービス「GB Innovators Lounge（GBIL）」を通じて、理想のプロダクト責任者と出会うことができました。

一連の取り組みについて、MOSHのCo-founder/CEOである籔 和弥氏、VPoPとして参画した大東 寛明氏、両者をつなげたGBHRの田中 康二郎と、GBのキャピタリストでMOSH社外取締役も務める深山 和彦にインタビューを実施。4者それぞれの視点から、グロース期スタートアップにおける採用の重要性と投資先企業とVCの理想の関係性を探ります。

プロダクト責任者を採用することへの迷い

──大東さんが入社する前のMOSHが抱えていた、プロダクト領域の課題を教えてください。

籔：これまでMOSHでは、私がビジネス領域を、共同創業者であるCTOの村井がプロダクトを管掌してきました。しかし、ここ1年ほどは次の一手を考えていくにはリソースが足りず、“両手が塞がっていた”ような状況でした。

プロダクトを次のレベルに押し上げるために新たな人材が必要だと感じていましたが、そういった方を採用してオーナーシップを移譲することには迷いもありました。

MOSHはCtoCビジネスであり、ユーザーが使うプロダクトが何よりも価値創出の中心となります。「プロダクトのオーナーシップは創業者である我々がずっと持っておくべき」という気持ちと、「奇跡的にいい人と出会えれば権限移譲できるかも」という思いの間で揺れていた状態でした。

プロダクト責任者のようなポジションを設けるべきかどうかも決め切れていなかったので、このあたりは深山さんにも頻繁に相談していましたね。

深山：その頃のMOSHはシリーズC直前で、ちょうどステージが変わるタイミングでした。スタートアップでは多くの場合、これくらいの時期に組織でプロダクト開発を進めていく段階に移行しますが、権限移譲も含めてその設計がうまくいかないケースもよくあります。

そこで、多くのスタートアップの成長を見てきた私たちの知見も踏まえて籔さんとは密にディスカッションをさせてもらいました。

──普段から籔さんと深山さんはやりとりをされているのでしょうか。もちろん取締役会などでは交流されているかと思いますが。

籔：はい、総会に限らず普段からよく会話させてもらっています。アジェンダは時期によって変わりますね。直近のシリーズCの調達ではCVCの皆さんから出資いただいたこともあり、CVCとの連携や中長期戦略について相談していました。

深山さんはBASE、Voicy、BitStarなど、MOSHとも近いtoCスタートアップへの支援経験が豊富な頼れる存在です。事業について話すこともあれば、先ほど話に出たような組織づくりの議論をすることもあります。

深山：組織の話は良くしますね。スタートアップは10人、30人、50人と組織が成長する中でさまざまな壁に直面しますが、その中でケアすべきことは、あらゆる企業で共通する点も多いです。起業家側は組織拡大やIPOに初めてチャレンジしますが、私たちVCは何度もそういった場面に立ち会っていますので、「こういうことに注意した方がいい」となるべく先回りしてお伝えするよう心がけています。コミュニケーションする頻度は週2～3回はやりとりをしていますかね。

面談で見えてきた、両者の親和性

──大東さんはキャリア相談サービスの「GBIL」からMOSHへの入社に至ったそうですね。GBILに登録した当時の転職活動の状況を聞かせてください。

大東：前職ではプレイドという会社で事業責任者をしていたんですが、個人的なキャリアの転換点があり、転職活動を始めました。転職エージェントやスカウト媒体などを通じて100以上の求人を見て、そのうち10社ほどとは選考も進めていたと思います。

さまざまな会社とお話をさせていただく中で「個人の力をエンパワーするサービスに携わりたい」という転職の方向性は見えてきたんですが、いまひとつどの企業にも決め切れていない状況で。

そんなときにGBHRの田中さんからLinkedInでメッセージをいただき、GBILを知りました。転職エージェントではなくVCからの声がけは新鮮だったこともあり、キャリア面談をさせてもらった形です。

──面談ではどのようなことを話されたのでしょうか。

田中：GBILでのキャリア面談すべてに共通しますが、まずは「何を成し遂げたい方なのか」を深掘りさせてもらっています。GBILは転職サービスではなく、あくまでもキャリア相談サービスですので、転職前提ではなくニュートラルに大東さんのやりたいことを伺う姿勢で臨みました。

大東さんはP&Gの人事マネージャーからプレイドの事業責任者という、一風変わったキャリアの持ち主です。そのことに私自身も純粋に興味を持ちまして、面談では「プレイドでやり切った感覚があるいま、次に本当にやりたいことは何ですか？」と率直に尋ねさせてもらいました。

その中で「経営に近いレベルでチャレンジしたい」「何かの熱狂を作る、あるいは熱狂を作る人を支援することが面白そう」といったフレーズが出てきたことから、CxOやVP人材を求めているtoCスタートアップと相性が良いのではと思い、当社の投資先企業からいくつか候補を検討しました。そのうちの1つがMOSHでのVPoP職です。

籔さんもおっしゃっていたように、MOSHでは「VPoPを採用したい」という明確なニーズはなかったんですが、私たちのほうでポジションメイクして打診をさせてもらいました。

──投資先企業には複数のtoCスタートアップがあるかと思いますが、中でもなぜMOSHさんをお勧めすることにしたのでしょうか。

田中：MOSHさんのビジョンと大東さんの思いが一致していたためです。MOSHさんは個人の得意なことや好きなことを売れるサービスECプラットフォームを展開しており、まさに大東さんの「熱狂を作りたい」という思いにつながります。

また、MOSHさんの事業や採用状況に関して、私たちGBHRの解像度が高かったのも大きいです。MOSHさんとは2年半ほど採用活動をご一緒しており、採用戦略の策定からCFO候補の採用など幅広く伴走してきました。

MOSHさんではプロダクトの質がこれからますます重要になることがわかっていたため、「大東さんの経験が活かせて、かつMOSHさんの成長の要となるポジションを提案できないか」と考え、VPoP採用を打診した形です。投資先企業へのハンズオン支援をやりつつ、キャリア相談サービスも行っているという両輪の活動が奏功したマッチングだったと思います。

──転職エージェントでもキャリア相談は受け付けているかと思いますが、大東さんが感じたGBILの面談の特徴は何でしょうか。

大東：求人企業のビジネスや求められる人物像への解像度が違うと感じました。もちろんエージェントも求人企業のことを深く知っていらっしゃるかと思いますが、VCは投資先企業と運命共同体ですのでそこの重みが違うなと。

また、最終的にはプロダクトマネージャーの転職支援実績の多いエージェントとGBILに大変お世話になったのですが、GBILは一般的なエージェントよりも特に親身に向き合ってくれる感覚もありました。

エージェントは基本的に成功報酬型のビジネスで、コンサルタント1人が同時にご支援される方も紹介先のポジション数も多いですよね。なので、候補者への支援のあり方について冷静に見極めが必要になるのも、ある意味当然なのかなとも思います。

ただ、田中さんは違いました。特に先ほどの「次は何にチャレンジしたいですか？」という質問が印象的で、特に親身に向き合ってくれていると感じましたね。自分自身の気持ちに気づき言語化する機会にもなりました。

田中：ありがとうございます。私たちは採用支援やGBILの活動に関しては一銭もいただいていません。純粋に投資先企業の成長だけを目指して候補者をお繋ぎする仕組みになっているからこそ、そう感じていただける振る舞いができたのだと思います。

「MOSH史に残る名採用」が実現するまで

──大東さんの選考が進む中で、籔さんやGBが取り組んだアトラクトの工夫があれば教えてください。

籔：大東さんはフラットに判断する方だと感じましたので、偏ったアトラクトなどはせず、伝えるべきことをしっかり伝えて判断を委ねる姿勢で向き合わせてもらいました。

私たちが特に伝えたかったのは、MOSHを利用するクリエイターと相対する中で見えてきた事業機会の広さです。現在当社ではサービスECプラットフォームのみを展開していますが、今後はクリエイターの活動を支援することを目的として複数の製品・サービスを展開していく構想があります。当時このマルチプロダクトの構想は外部に公開していなかったのですが、大東さんにはリアリティを持って伝えるよう心がけました。

田中：私も大東さん自身にじっくり考えていただくことを大切にしました。「キャリアの観点で見たとき、MOSHに行けばこういう展開になり、別の会社に行けばこういう展開になるのでは」という話をフラットにしていたと思います。

私はMOSHの人事担当者ともやりとりしていたんですが、その方からは大東さんを本気で採用したいという熱量が伝わってきました。ぜひともその思いに応えたかったので、私の観点だけでなく、投資を担当した深山からもMOSHの魅力や成長可能性をお話させてもらう機会を設けました。

深山：私も大東さんにはポジショントークではなく、投資家として考えていることをそのままお伝えするよう意識しました。

具体的に話したのは、MOSHが挑むサービスEC市場の面白さやいまのフェーズについてです。サービスECでは「何をやらなければならないのか、どう進めていくのか」を考える範囲が広いため非常に難しく、プロダクトも緻密に設計していかなければいけません。こうした難しいプロダクトを自分たちで創り上げながら、まだ確立していない市場をどこまでも広げていける面白さがMOSHにはあります。

そして、いまはちょうどその市場の蓋然性が見えてきた段階です。シード期のようなまったく先が見えない状況ではなく材料が少しずつ揃ってきたフェーズなので、手掛かりを掴みながらもチャレンジングな経験をすることができます。

私もこの難しい市場に籔さんと一緒に取り組みたいと思って出資をさせていただきました。そういった思いもすべてお伝えした上で「あとはご判断下さい」とお任せさせていただいた形です。

──籔さんや深山などとのコミュニケーションの中で大東さんの印象に残っていることはありますか。また、最終的に何がMOSHさんへの入社の決め手となったのでしょうか。

大東：深山さんが仰っていた「CtoCの可能性を信じている」という言葉は印象的でした。そこに賭けている思いがすごく魅力的だなと。

入社の決め手は2つあります。まず「情熱がめぐる経済をつくる」というミッションに強く惹かれました。「熱狂を作りたい」という個人的な思いにも合致するものだったので。

もうひとつは「どうなるかわからないから面白い」という点です。深山さんの話にもありましたが、CtoC、そしてサービスECには難しさがありますし、また「クリエイター」の概念自体も日々変化しています。そうした誰も未来を予測できない状況そのものに魅力を感じました。

さらに言えば、選考プロセスの中で籔さんや村井さんにCtoCならではの課題やプロダクトのコア・コンピタンスについて質問させていただいたんですが、非常にオープンに話し合えそうなおふたりだという印象を持ちました。そのことも決断を後押ししてくれましたね。

籔：大東さんの採用は「MOSH史に残る名採用」です。プロダクト管掌の方を採用することに迷いもありましたが、大東さんにならお任せできると思えました。大東さんに出会っていなければ、いま頃どうなっていたか想像もできないくらいです。

VPoP採用、調達を終えたMOSHの今後

──今回の採用支援のみならず、GBのハンズオン支援全体についてどのように評価していますか。

籔：投資先企業をここまでバックアップしてくれるVCは国内ではほとんど例がありません。採用支援はもちろん、シリーズB～C、その先のIPOに向けたハンズオン支援体制についても明確な違いを感じています。

バリューアップやハンズオン支援という言葉を言うのは簡単ですが、GBさんは真にそれを実践しています。こうした取り組みをしていることをもっと伝えていってほしいですし、他のVCにもプレッシャーをかけていってほしいですね。スタートアップ起業家の方にもGBさんを強くおすすめしていきたいと思っています。

深山：ありがとうございます。私たちも一層頑張らなければいけませんね。

──最後に、大東さんの採用や資金調達を終えられたいまだからこそ感じる、今後のMOSHの事業やプロダクトの展望を教えてください。

籔：シリーズCの資金調達を経て、私たちは「指名経済を日常にするため、個性豊かな経済圏を支えるエコシステムを創る」というビジョンを言語化しました。

個人のエンパワーメント領域は大企業がカバーしきれていない市場です。私たちはこの領域にMOSHというエコシステムで挑み、クリエイターの方々を支援していきたいと考えています。

現在は個人やクリエイターのスキルを販売するプラットフォームを展開していますが、彼らの活動をさらに支援していくためには、販売以外の面でもサポートできる製品が必要になってきます。今後はそこに対してマルチプロダクトを積み上げ、事業を広げていく予定です。

また創業当初からグローバル展開への思いもあったので、海外進出も視野に入れながら中長期的な成長を目指していこうと思っています。

大東：これからの事業やプロダクトを考える上で、生成AIの存在は見過ごせません。生成AIは私たちが向き合っているクリエイター自身にも大きな影響をもたらしますし、プロダクトカンパニーとしてのMOSHの前提も大きく変えます。

開発のハードルが下がる一方で、「どんなプロダクトを作っていくのか、AI前提の組織をどう構築していくのか」を、自由度高く主体的に選んでいかなければいけません。こうした中で変化の激しいクリエイター領域に挑めるのは面白い環境だと思います。

また、これからはクリエイターのスキルや経験を販売するためのワークフローを支援するだけでなく、彼らを支援するための別のあり方も考えていく必要があります。

たとえば、クリエイターが提供するサービスやブランドの「信頼」をどう付与していくかという点です。クリエイターの価値や存在感をユーザーに認識してもらうためにどうバックアップできるのか、プロダクト自体で、またMOSH全社として考えていけるといいなと思っています。

※所属、役職名などは取材時のものです

（取材・執筆：Universe編集部）