“AI保険”という新常識 ── Anthropic出身者が仕掛ける、次世代の保険ビジネス【GB Tech Trend #144】

AIエージェントの安全性に焦点を当てた保険と監査のサービス「AIUC」。AIによる個人情報の漏洩や誤回答などのリスクが高まる中、従来の保険の枠組みを超えた新しい形のサービスとして注目を集めています。

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今週の注目テックトレンド

GB Tech Trendでは世界で話題になったテック・スタートアップへの投資事例を紹介します。

1,500万ドルの調達を発表した「AIUC」(Image Credit: AIUC)

AIエージェントが少し誤るだけで、個人情報の漏洩、誤った金融助言、差別的な発言といった重大な問題を引き起こし、それが企業の信用や収益に直接影響する時代が到来しつつあります。その発言が不注意に他者を傷つけたり、企業の信頼を損ねたりするリスクも無視できません。こうした現実に対応するため、新たに登場したのが「AIUC(Artificial Intelligence Underwriting Company)」です。

Anthropicの初期社員が2024年に創業し、先日1,500万ドルの資金調達を実施した同社は、AIエージェントの「安全性」に焦点を当てた保険と監査のサービスを提供しています。従来、AI導入に伴うリスク検証は企業が単独で負うものでしたが、AIUCは独自の監査と保険の枠組みで安全性を数値化・可視化しようとしています。

AIUCのサービスは、まずAIエージェントを何千回もテストし、意図的に誤発話や不適切応答を引き起こすレッドチーミング(脆弱性検出手法)によって、安全性の限界を洗い出します。

次に、その監査結果に基づき、提携する保険会社を通じて保険を提供。たとえば、営業エージェントが見込み客の機密情報を漏らした場合や、社内チャットボットが差別的発言をした場合、あるいは金融AIが誤って顧客の税務アドバイスを行ったことで損失が生じた場合などに、保険が適用される仕組みです。監査スコアが高いAIには保険料の割引が適用されるなど、AIの品質とリスクが連動した保険料設計も導入しています。

AI保険市場を開拓できるか

AIUCは独自の監査基準「AIUC-1」を掲げています。『Fortune』の記事によると、同基準はNIST(米国標準技術研究所)によるAIリスク管理フレームワークや、EU AI法といった複数のグローバル基準をベースに設計されているとのことです。これによってAIUC導入企業は「第三者の監査を受けており、保険に裏付けられた安全なAIである」ということを証明できるようになります。AIUCは、AI企業に認証が付与されることが業界標準になる未来を見据えて事業展開をしていると考えられるでしょう。

過去を振り返ると、AIUCのような保険事業が必要とされた場面はいくつか存在しました。たとえば20世紀には、UL(Underwriters Laboratories Inc.)が家電の安全試験を担い、自動車業界では衝突試験の標準化が進むことで保険制度が整備されてきました。これらに共通するのは、新たに登場したテクノロジーに対して、ユーザーが安心して手を伸ばせるように第三者が安全性を証明することで、普及が加速したという点です。AIUCのアプローチは、こうした過去の流れと極めて似ており、AIという新たなインフラ時代に必然的に登場したスタートアップといえます。

“信用市場”で成長したスタートアップたち

AIUCのようなスタートアップは、ユニコーン企業へと成長する可能性も十分に秘めています。類似する例としては、たとえばY Combinator出身「Checkr」の先行事例が挙げられます。2010年代、UberやPostmatesといったクラウドソーシング系スタートアップが急成長する中で、CheckrはワーカーのバックグラウンドチェックをAPI経由で提供するSaaSモデルとして注目を集めました。現在ではユニコーン企業となり、クラウド時代の人材スクリーニングインフラとして定着しています。Checkrが提供したのは「信頼性の可視化」でしたが、AIUCはそれをAIに置き換える形で、類似した事業思考を持っていると言えます。

保険業界のイノベーションという観点では、「Koop Technologies」の例も挙げられます。自動運転やロボティクスといった分野において、Koop TechnologiesはAPIを通じて運転データや運用状況を収集し、リスクを数値で評価。車種や状況に応じてパーソナライズされた保険料を算定できる仕組みを確立しました。これにより、従来の画一的な自動車保険では対応できなかったリスク領域にも柔軟に対応できるようになっています。

AIUCの監査と保険の連動モデルは、Koop Technologiesが先進市場でいち早くデータ駆動型アンダーライティングを実践した文脈と類似性が高く、今後の保険市場全体においても重要なロールモデルになる可能性があります。

AIを信用格付けする未来

OpenAI、Anthropic、xAIなど、AIスタートアップがたった数カ月で数千万ユーザーを獲得する時代が到来した一方、企業や個人ユーザーは「このAIは本当に安全か?」という問いと常に向き合うようになりました。そこで登場したのが、AIUCが提唱する第三者による監査と保険です。今後、「AIUC-1認証付き」「保険付帯済み」というラベルが、AIの導入判断を左右する強力な評価基準となっていくでしょう。

こうした新たなアンダーライティングの考え方は、近い将来、日本市場にも波及していくと考えられます。たとえばAIによって生成されたコードやアプリの品質保証を目的とするQA保険、AIによる誤情報拡散に対するメディア保険、あるいは医療AIによる誤診に対応する責任保険など、AI成果物のあらゆる側面に「保険による担保」が求められる時代が来るかもしれません。それは単なる補償ではなく、ユーザーの不安を解消し、AI企業にとっては利用者増加の後押しになるものと言えます。

7月22日〜8月4日の主要ニュース

Amazonによる買収を発表した「Bee」(Image Credit:Bee)

AmazonがAIウェアラブル「Bee」を買収

会話内容を録音し、リマインダーやToDoリストを生成するAIウェアラブルを開発する「Bee」は、Amazonによって買収されると発表した。AmazonもTechCrunchの取材に買収報道を認めている。買収額は非公表だが、2024年に700万ドルを調達したスタートアップである。

Beeは、単体型ブレスレット(49.99ドル)とApple Watch向けアプリの両方を提供し、月額19ドルのサブスクリプションモデルを採用している。HumaneやRabbitといった先行企業と異なり、50ドルという手頃な価格設定が功を奏し、顧客を獲得。録音は手動でミュートしない限り常時行われる仕組みで、自然な会話から自動でタスクを抽出できるのが特徴。— 参考記事

ジェネレーティブメディアインフラ「fal」、1.25億ドル調達

画像・映像・音声・3Dなど、多様なジェネレーティブメディアをリアルタイムで処理するAIインフラを提供する「fal」は、Salesforce VenturesおよびShopify Venturesなどが参加したシリーズCラウンドで1億2,500万ドルを調達し、累計調達額は1億9,700万ドルに達した。

同社プラットフォームは、Quora、Canva、Perplexity、Shopifyなど100社以上の企業顧客に導入されており、月間で数十億件の生成AIアセットを提供。登録開発者は100万人を突破し、直近2カ月間で売上は50%以上増加するなど、需要は急拡大している。— 参考記事

AIコードレビュー「Graphite」、5,200万ドル調達

AIを活用してコードレビューを効率化するフィードバックプラットフォームを提供する「Graphite」は、Accelがリードし、AnthropicのAnthology FundやMenlo Ventures、Shopify Ventures、Figma Ventures、Andreessen Horowitzなどが参加するシリーズBラウンドで5,200万ドルを調達した。

同社によれば、2024年に収益が前年比で20倍に成長し、現在はShopifyやSnowflake、Figma、Perplexityを含む500社以上の企業で数万人規模のエンジニアにサービスを提供しているという。今回の資金調達により、数年分の事業運営資金を確保したほか、黒字化への明確な道筋と、AI機能および成長投資へのリソースを手に入れたとしている。— 参考記事

従業員の休暇管理SaaS「Sparrow」が3,500万ドル調達

従業員の休暇手続きを効率化するSaaSを提供する「Sparrow」は、SLWがリードしたシリーズBラウンドで3,500万ドルを調達し、累計調達額は6,400万ドルに到達した。

全米人事協会(SHRM)によれば、会員32万5,000人のうち、年間6万件以上の問合せの中で最も多いテーマが「休暇管理」であり、Sparrowはその課題を的確に解決するサービスとして注目されている。人事担当者の業務負担を軽減し、従業員対応の質向上に貢献している点が評価されており、同社はこの調達を機に次の成長段階へと進む。— 参考記事

データ分析AI「Julius」が1,000万ドルシード調達

自然言語からの指示で大規模データの解析や視覚化、予測モデリングを行う「Julius AI」は、Bessemer Venture Partnersがリードしたシードラウンドで1,000万ドルを調達した。本ラウンドにはY CombinatorやAI Grantなども参加している。

ChatGPTやClaude、Geminiに似た機能を持ちながらも独自路線を進むJuliusは、現在200万人以上のユーザーを抱え、生成したデータ可視化数は累計1,000万件を超える。PerplexityのCEOやTwilio共同創業者など著名エンジェル投資家の支援も集めており、AIデータアナリストという新市場を開拓しつつある。— 参考記事

(執筆: Universe編集部)