“タイピングの4倍速“を実現──音声入力スタートアップ「Wispr」急成長の舞台裏【GB Tech Trend #143】
Whisprは、文字起こしだけでなく、SlackやNotion、メール、GitHubなどのビジネスアプリケーションにおける文章作成や操作を支援する音声入力AIです。人気の背景にある設計思想などについてご紹介します。

今週の注目テックトレンド
GB Tech Trendでは世界で話題になったテック・スタートアップへの投資事例を紹介します。

生成AIの精度が飛躍的に向上し、多くの仕事で音声入力の導入が本格化しています。このトレンドの中心にいるのが、シリコンバレーで注目を集めるスタートアップ「Wispr」です。同社は先日、Menlo Venturesらから3,000万ドルの資金調達を完了したばかりで、すでに100を超える言語に対応した高精度なディクテーション(書き取り)アプリを提供しています。
非エンジニアも日常使いするAI
これまでにも仕事場で使える音声AIサービスは存在していました。特にZoomやMicrosoft Teamsに連携し、会議の自動要約やメールの要約・返信を自動化する「Read AI」のようなツールが広く普及しています。これらのツールは、いわば“記録と要約”に特化したAIであり、主にミーティングの効率化を目的としたプロダクトです。
一方、Wisprが狙うのはより能動的な「入力そのもの」の高速化です。これは、単なる文字起こしではなく、SlackやNotion、メール、さらにはGitHubに至るまで、多岐にわたるビジネスアプリケーションでの文章作成や操作を支援するという視点に立っています。
従来の音声認識技術では、背景ノイズや口語表現の曖昧さが精度を下げており、特に業務用途では導入のハードルが高いという課題がありました。しかし、ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)の進化により、Wisprは文脈を理解したうえで内容を最適化・自動修正できる高性能なディクテーションAIとして実用化に成功しています。
同社の成長を支えているのは、この技術バックグラウンドだけではありません。Wisprは「タイピングの4倍速」というシンプルかつインパクトのあるキャッチコピーを打ち出し、月次で50%という驚異的なユーザー成長を達成しています。
ユーザーの約30%が非エンジニア系職種で構成されているそうで、たとえばベンチャーキャピタリスト、アナリスト、事業開発担当者などが日々の業務でWisprを実用的に使いこなしていると言います。
シリコンバレーを熱狂させた「Superhuman型」の成功
Wisprの戦略には、過去の成功例である「Superhuman」のアプローチが色濃く反映されています。Superhumanは2019年に登場した高速メールクライアントで、忙しいビジネスパーソンが毎日何百通ものメール処理に費やす時間を短縮するための機能群を提供していました。
ショートカットキーや検索アルゴリズムの最適化、さらには30分にわたる専任オンボーディングによって、単なるメールツールではなく「生産性向上の体験」としてユーザーの心を掴んでいました。実際、Superhumanのプロダクト開発手法、マーケティング戦略などが注目を集め、シリコンバレーでは多くのスタートアップがSuperhumanのアプローチを模倣し、「Superhuman of X」のような形で、多くの分野に同社の考えが派生し、トレンドとなっています。
Wisprもまた、こうした「高速・快適・洗練されたUX」を重視した設計思想に立っています。たとえば、音声で入力した内容が即座に自然な文に整えられ、文脈に応じたトーンや語彙が調整される仕組みは、Superhumanが実現していた「操作のストレスを極限まで削減する思想」と同様です。
そのSuperhumanは、2025年7月、Grammarlyに買収されました。買収額は公表されていないものの、報道では過去の調達総額が1.14億ドル、企業評価額が8.25億ドルに達していたとされています。
Wisprのポテンシャルはディクテーションにとどまりません。SlackやMessenger、Notion、Cursor、GitHubといった多様なツールに横断的に連携できることにより、「タイピングが存在するすべての場面」において音声入力による業務効率化を可能にしています。
音声AI市場の未来
WisprのようなAIを活用した音声入力の動きは、今後の音声AIサービス全体にも影響を与えると考えられます。一例として、入力だけでなくその先の「タスク実行」までを自動化する音声サービスが登場する可能性が挙げられます。たとえば、「今日の会議を要約して、関係者にメールし、タスクとしてSlackに投稿しておいて」といった指示を一声で済ませるようなAI連携。これは、かつて人気を博した自動化ツールIFTTTやZapierのような存在が、音声指示ベースで再構築される未来とも言えるでしょう。
Wisprの急成長は、音声入力というニッチながら重要なインターフェースに、生成AIの力を最大限活用することで得られる体験価値の高さを証明しています。今後、この分野がどのように発展していくのか、そしてWisprがどのような道を選び、差別化を進めていくのか、その動向は生産性とUXの未来を占う意味でも、非常に注目に値すると言えるでしょう。
7月8日〜7月21日の主要ニュース

ニュースレター時代を築く「Substack」、1億ドル調達でユニコーン企業に
ライターがニュースレターで収益を得られる仕組みを提供しているサブスクプラットフォーム「Substack」は、BOND、Chernin Group、Andreessen Horowitz、Rich Paul氏、Jens Grede氏らから評価額11億ドルで1億ドルを調達した。
この評価額は、2021年の6億5,000万ドルと比べて約70%の上昇となる。2017年創業のSubstackは、クリエイターやパブリッシャーが自身のコンテンツをマネタイズする手段として注目を集め、2025年3月時点でプラットフォーム上の有料購読数は500万件を突破。2023年の200万件から2年間で2.5倍以上に成長しており、収益基盤としての強さを裏付けている。 — 参考記事
コード不要の開発AI「Lovable」、2億ドル調達の急成長
テキストプロンプトから完全なWebアプリを自動生成するAI開発ツールを提供する「Lovable」は、Accelがリードし、20VC、byFounders、Creandum、Hummingbird、Visionaries Clubらが参加したシリーズAラウンドで2億ドルを調達した。スウェーデン・ストックホルムを拠点とする同社の評価額は、今回のラウンドで18億ドルに到達している。
Lovableは2025年2月、Creandumがリードした1,500万ドルのプレシリーズAラウンドでARR1,700万ドル、3万人の課金ユーザー、そして開発費用わずか200万ドルで注目を集めた。その後の急成長により、現在はアクティブユーザー数が230万人を超え、無料利用が主体であるものの、課金ユーザーは18万人を突破。サービス開始からわずか7カ月でARR7,500万ドルに到達し、大型シリーズA調達の後押しとなった。Lovableは、Cursorなどと同様に、大規模言語モデルを活用して自然言語からコードやアプリを自動生成するツールとして注目を集めている。— 参考記事
米空軍が注目する量子デジタルツイン企業「BQP」、490万ドルの調達
航空宇宙や防衛産業向けに、物理的なプロトタイプを不要とする量子駆動型のシミュレーションツールを提供する「BQP」は、Monta Vista Capitalがリードし、New York Ventures、Arc Ventures、Armory Square Ventures、Emergent Ventures、Alumni Ventures、Arka Venture Labs、Transpose Platform、Gainangels、Pranatech Venture Capital、Paradigm Shift Capital、Griffiss Instituteなど多数の投資家が参加したシードラウンドで490万ドルを調達。累計調達額は660万ドルに達した。
同社のプラットフォーム「BQPhy」は、CPU・GPU・量子コンピュータといったハイブリッドアーキテクチャ向けに構築されており、現時点でも既存のCPU/GPU上で最大10倍の性能向上を実現している。将来的には量子ネイティブソルバーを通じて最大1000倍の処理性能を見込む。顧客には米空軍研究所(AFRL/RQ)に加え、Tier1航空機メーカー、インド重工業省、ABBなどが名を連ねている。 — 参考記事
シニア層の資産管理を支援する「Retirable」が1,000万ドル調達
リタイア期に差し掛かった人々に対し、パーソナライズされた退職収入計画と投資アドバイスを提供する「Retirable」は、IA Capital Groupがリードし、Nationwide VenturesやWestern & Southern Financial Group、Clocktower Ventures、Primary Venture Partners、Portage Ventures、Vestigo Ventures、SilverCircleなどが参加したシリーズAラウンドで1,000万ドルを調達した。
同社は現在、全米50州にわたって数千件のリタイアメントプランを作成しており、運用資産総額は1億7,500万ドルに到達。これは半年前の2倍にあたる。また、顧客の70%がこれまで一度もファイナンシャルアドバイザーと接点を持ったことがないというデータからも、未開拓な市場を掘り起こしていることがうかがえる。顧客維持率も99%と非常に高く、サービスの継続性と信頼性を示している。 — 参考記事
全米展開の地下インフラ解析「Exodigo」、9,600万ドル調達
建設およびインフラ関連のプロジェクトにおいて、AIとセンサーを活用して地下構造の3Dマッピングを行う技術を提供する「Exodigo」は、Zeev VenturesとGreenfield PartnersがリードしたシリーズBラウンドで9,600万ドルを調達し、累計調達額は2億1,400万ドルに達した。
同社によると、ターゲット市場では年間1,000億ドル以上が不要な掘削や試掘に費やされている。こうした作業は、地下水や石油の探索、ガス管などの人工構造物の回避といった目的で行われるが、コストがかかる上に重機使用による環境負荷も大きい。
Exodigoは、最大で地下ユーティリティの50%が見落とされているという業界の課題に対し、新たな3Dインテリジェンスの基準を打ち立てることを目指している。2024年には全米18州の多様な地形で公共インフラのユーティリティスキャンを実施し、7,500億ドル規模の投資リスクを軽減。シカゴ、ロサンゼルス、ニューヨークなどの主要都市で導入されている。 — 参考記事
(執筆: Universe編集部)