世界中のユーザーがAIを育てる──「Yupp」が切り拓く評価経済のインフラ【GB Tech Trend #141】

YuppはAIが出力する回答や画像を比較・評価することで報酬を得られる「AI評価プラットフォーム」です。本サービスの特徴やそこから見えてくる「評価市場」の今後について考察します。

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今週の注目テックトレンド

GB Tech Trendでは世界で話題になったテック・スタートアップへの投資事例を紹介します。

3,300万ドルの調達を発表した「Yupp」(Image Credit: Yupp)

生成AIサービスのクオリティを担保するには、随時その返答が正しいものかをフィードバックする必要があります。今回紹介する「Yupp」は、この領域で頭角を表し始めているスタートアップです。同社はAIが出力する回答や画像を比較・評価することで、誰もが報酬を得られる新しい「AI評価プラットフォーム」を運営しています。

同社はa16z cryptoをリードに、GoogleのチーフサイエンティストJeff Dean氏、Twitter共同創業者Biz Stone氏、Pinterest共同創業者Evan Sharp氏、Perplexity CEOのAravind Srinivas氏ら、複数の著名投資家から3,300万ドルの資金調達を発表しました。

多くのエンジェル投資家からの支持も高く、評価するだけで誰もが収益を得られるというクラウドソーシングシステムは、生成AIの需要が爆発的に高まる現在において注目度を急速に高めています。

次なる「Scale AI」になりうるか?

生成AIの価値は、アルゴリズムだけでは決まりません。むしろ、モデルを支える「学習データ」の質と量こそが、サービスの優劣を分ける要因となります。事実、米国ではこの「学習データ市場」をめぐって数々のスタートアップが急成長を遂げています。

その筆頭が、「Scale AI」です。同社は2016年、当時まだ10代だったAlexandr Wang氏によって創業されました。現在の企業価値はおよそ290億ドルを超え、先日はMetaからの大型出資も受け、シリコンバレーでも屈指のAIデータ企業へと成長を遂げていると報道されています。

Scale AIがユニークだったのは、AIの学習に必要なデータを人間の手作業で整備し、そのオペレーションをグローバルに展開してきた点にあります。

「これはA」「これはB」「これはC」といった正解ラベルを膨大な量の画像・文章に対して人間がつけていく地味な作業ですが、いまや一般的となった自動運転車や画像認識機能を備えたロボットなどを円滑に開発していくためには必須の「データラベリング」作業に当たります。

こうしたAI時代に特化した「データ工場」のあり方は、まさに新しいインフラとも呼べる存在であり、Scale AIはここまでの急成長を遂げてきました。そしていま、生成AI市場においてその次世代モデルとして注目されているのがYuppです。

Yuppの最大の特徴は、誰もが参加できる分散型の評価ネットワークを構築しつつ、その結果をAI企業に提供する点にあります。具体的には、生成AIが出力した複数の文章や画像に対して、「どちらがより良いか」をユーザーが評価するだけで、報酬を得られます。評価結果はAIモデルの改善に活かされます。

これまで、AIの学習データ構築は一部の企業が集中管理してきました。しかしYuppはその構造を根本から見直し、「評価する人間の多様性」こそが、モデルの性能向上につながるという生成AI市場のあり方を掲げています。

Scale AIが「大量の正解ラベルを迅速に提供する仕組み」をつくったのに対し、Yuppは「高品質な比較評価を分散的に集めるネットワーク」を構築しようとしています。これはまさに、生成AI時代における“次のインフラ”と言えるかもしれません。

「安価な労働力」から「公正な評価経済」へ

AIの進化を支える評価作業は、ときに倫理的な課題をはらみます。OpenAIがChatGPTの性能向上のため、ケニアをはじめとする新興国で低賃金の労働者を雇い、センシティブなコンテンツにラベルを付けさせていたことは、2023年に大きな社会問題となりました。

特定地域に偏ったフィードバックは、AIの倫理観や判断力に偏りを生みかねません。また、極端に低い報酬体系は「テック企業による搾取」との批判も招きました。そこでYuppが打ち出したのが、「フェアな報酬体系」と「匿名化された評価システム」の導入です。

まず、Yuppでは、ユーザーがどこの国の誰であろうと、提供した評価の質に応じて報酬が支払われます。報酬は暗号通貨などを通じて支払われるケースもあり、これまで参入が難しかった国や地域の人々にも門戸が開かれています。

ここで注目すべきは、Web3由来の技術を活用した「ゼロ知識証明」の考え方です。ユーザーの身元やバックグラウンドを企業に知らせることなく、評価の結果だけを正確に伝える。つまり、「誰が評価したか」ではなく、「どのように評価したか」が価値の基準になります。この仕組みは、評価に人種や出身といったバイアスが入り込まないようにする工夫でもあります。

Yuppはこの考えを、単なるシステム設計としてではなく、フェアな経済圏のあり方として提示しています。これまでのAI開発が抱えてきた倫理的課題に対し、技術的かつ思想的なアプローチで応えようとするYuppの姿勢は、非常にユニークかつ社会的意義のあるものといえるでしょう。

Yuppが描く「高単価評価市場」

AIはすでに、インターネット上にある一般的な知識は一通り学び終えている段階にあります。その結果、いまAI開発の現場では「専門性の高いフィードバック」が強く求められています。

たとえば医療、法律、機械工学といった高度な分野では、もはや一般ユーザーの評価は追いつきません。そこでAI企業は、博士課程の学生や実務経験のある専門家に高額な報酬を支払い、フィードバックを依頼するようになってきています。中には時給数十ドルから100ドルを超える案件も出てきており、「知識を売る新しい経済圏」が生まれつつあります。

まさに知識そのものを経済的価値に変える新しいインターネットの姿です。知識やスキルがあれば、世界中どこにいても報酬を得られます。そしてその知見が、AIのさらなる進化につながります。Yuppはそんな好循環を生み出そうとしています。

6月10日〜6月23日の主要ニュース

1,500万ドルの調達を発表した「Cluely」(Image Credit:Cluely)

“バレないAIカンペ”で話題、「Cluely」がa16zから1,500万ドル調達

就職の面接や試験、セールスの電話時に使えるカンニングシート機能を提供する生成AIサービス「Cluely」は、Andreessen Horowitzがリードを務めたシリーズAラウンドで1,500万ドルを調達した。企業価値は1.2億ドルになった。

Cluelyは、面接官や試験官が見ることのできないブラウザ内の隠しウィンドウを使い、試験、営業電話、就職面接時の「カンニングシート」の機能を提供する。同社は2025年初頭に共同設立された。共同創業者は技術面接でエンジニアがカンニングをするための「Interview Coder」と呼ばれる検出不可能なAI搭載ツールを開発したため、コロンビア大学から停学処分を受けている。— 参考記事

学生クリエイター38万人、「Knowunity」が3,120万ドル調達

AIを活用したTikTokライクなパーソナライズ学習支援アプリを開発し、1人ひとりの学生に合わせた解説、フラッシュカード、クイズなどを提供しているドイツ拠点の「Knowunity」は、XAngeがリードを務め、Project A、Redalpine、Educapital、Portfolion、Ring Capital、Isomer Capitalが参加するシリーズBラウンドで3,120万ドルを調達した。

2020年の創業以来、Knowunityは急成長を遂げるAI学習プラットフォームに成長し、15か国で2,000万人以上のユーザーを抱えるまでになった。38万人以上の学生クリエイターが積極的にコンテンツを投稿しており、Knowunityのコンテンツ成長を後押ししている。ドイツでは、学生の3人に1人がすでにこのアプリを利用しており、ラテンアメリカ地域では立ち上げからわずか数か月で10人に1人の学生が利用するまでユーザー数を伸ばしているという。 — 参考記事

SEOからAIOへ、「Athena」が220万ドル調達

ChatGPT、Gemini、ClaudeのようなAI検索ツールで検索結果を分析し、正確なコンテンツ結果が表示されるようにブランド側に提案するマーケティングチーム向けツール「Athena」は、シードラウンドで220万ドルを調達した。投資家には、Y Combinator、FCVC、Red Bike Capital、Amino Capital、SEOが含まれる。

AthenaはLLMが引用する30万以上のユニークなサイトを継続的にマッピングしている。同社のプラットフォームは、AI検索結果で上位にランクされるために必要な、テキスト、画像、動画にわたる正確なウェブサイト構成の変更やコンテンツをブランド側に推奨する。Checkr、Artisan、Ollieなど、すでに80社以上に利用されている。— 参考記事

買い物するだけで投資完了、新たな消費行動をつくる「Grifin」1,100万ドル調達

ユーザーがいつも買い物をしているブランドの株を自動的に購入する投資アプリ「Grifin」は、シリーズAラウンドで1,100万ドルを調達した。Nava Venturesがリードを務め、Alloy Labs、Draper Associates、Gaingels、Nevcaut Ventures、TTV Capitalも出資した。同社は約2,200万ドルを調達している。

Grifinは登録ユーザー数が50万人を突破したことを明らかにした。また、アプリの総ダウンロード数が約100万、月間アクティブユーザーが10万人であるとしている。例えば、ユーザーがWalmartで買い物をすれば、1ドルがWalmart株に投資される。ユーザーは手動で投資額を調整することもできる。— 参考記事

AIネイティブSaaSを支える決済インフラ、「Polar」が1,000万ドル調達

AIネイティブなSaaS企業のための決済インフラ企業「Polar」は、Accelがリードを務めたシードラウンドで1,000万ドルを調達した。

Shopifyの元ショップディレクターで、Tictail(2018年にShopifyが買収)創業者であるBirk Jernström氏によって設立されたPolarは、2024年9月の立ち上げ以来、16万人の開発者が利用している。平均売上は過去6か月間、前月比120%以上の成長を遂げており、顧客にはBolt AI、Midday、OpenPanel、Repo Promptなどがいる。— 参考記事

(執筆: Universe編集部)