生成AIで市場調査を刷新する「Listen Labs」|同サービスにみるコンサルの“アンバンドル化”【GB Tech Trend #140】

「Listen Labs」は生成AIを用いて市場調査やユーザーインタビューを自動化するサービスです。本稿では、同サービスの概要や特徴、既存業界への影響や今後のアジア領域での展開について考察しています。

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今週の注目テックトレンド

GB Tech Trendでは世界で話題になったテック・スタートアップへの投資事例を紹介します。

2,700万ドルの調達を発表した「Listen Labs」(Image Credit: Listen Labs)

500億ドルを超えるマーケットリサーチ業界に、生成AI技術を活用して乗り込んできたスタートアップの1つが「Listen Labs」です。GoogleやAirbnb、Dropboxへの投資で知られる著名VC「Sequoia Capital」がリードを務めたラウンドで、2,700万ドルの資金調達を実施しました。

大規模なユーザーインタビューを自動化

Listen Labsは、市場調査や顧客インタビューを支援するためのプラットフォームを提供しています。

同社のプロダクトは、主に3つのステップで構成されます。まず、ユーザーがサーベイやインタビューを実施する際、AIが支援しながら質問リストを作成。次に、指定したデモグラフィックのパネル参加者に対し、AIモデレーターがテキスト・音声・動画形式でインタビューを実施。AIはリアルタイムで深掘り質問を投げかけ、回答者の背景理解を深めていきます。最後に、得られた回答はAIによって要約され、テーマやペルソナごとに整理され、レポートやスライド形式で出力される形です。

これまで企業はインタビュー対象からインサイト抽出に至るまでの一連の作業を自社で行ってきましたが、Listen Labsを活用すればほぼ全自動で完了することが可能です。デプスインタビューは数名から開始するのが一般的でしたが、こうしたAIによる自動インタビューを導入すれば数十名~数百名に短期間でインタビューすることも可能になります。より大規模な市場調査が短期間で実現できるようになったといえるでしょう。

生成AIが進める、コンサルの「アンバンドル化」

市場調査のように、これまでコンサル企業などが担ってきた領域はスタートアップにとって参入の余地がある分野と見なされてきました。

著名アクセラレータ「Y Combinator」の2014年プログラムを卒業した「SketchDeck」がその一例です。同社は、コンサル企業向けにプレゼン資料を24時間以内に納品する、資料作成特化型のデザインエージェンシーとしてスタートしました。当時、大手コンサル企業では資料作成チームを内製化していましたが、チーム規模には限界があり、提案資料のデザイン性にも課題がありました。

SketchDeckは、当時トレンドだった「オンデマンド」モデルを取り入れ、こうした課題を解決。コンサル企業が強みを持っていた資料作成という一部機能を切り出して、自社のサービスで代替しようとする「アンバンドル化」を実現した好例です。

現在では、このアンバンドル化の潮流が生成AIという技術によってさらに加速しています。近い将来には、個人のコンサルタントが複数の生成AIツールを駆使して独自のサービスを立ち上げることが可能になるかもしれません。または、企業側が自らAIツールを使いこなし、そもそもコンサルに依頼する必要のない時代が到来する可能性もあります。

大手コンサル企業にとって、こうした流れは市場優位性だけでなく、業界の存在意義そのものを揺るがしかねないものです。Listen Labsのようなスタートアップは、まさに脅威と映るでしょう。そのため今後は、生成AIに強みを持つスタートアップを買収し、自社の価値提供に組み込む動きも考えられそうです。Listen Labsも買収によるエグジットの道を辿る可能性が十分あると考えられます。

Listen Labsの競合には、2024年に3,450万ドルの資金調達を実施した「GetWhy」が挙げられます。同社もAIを活用したインタビューサービスを提供しており、マクドナルドやナイキなどの大手企業が利用しています。また、日用品・小売商品に特化した市場調査サービスを展開する「Zappi」もベンチマークとなるでしょう。同社は2022年に1.7億ドルの資金調達に成功しており、この分野への関心と期待の高さが伺えます。

「アジア版Listen Labs」も登場なるか

Listen Labsのアプローチは、グローバルな市場調査ニーズに応える有効なサービスモデルである一方で、各地域の市場特性にも対応する必要があります。

たとえば、日本、韓国、インドネシアなどのアジア市場では、生活者の価値観や購買行動、ブランドへの意識が欧米とは大きく異なる場合が多く、欧米のパネル参加者では得られない独自のインサイトが必要になります。

この点を踏まえると、アジア地域に特化する形でパネル参加者を確保し、ローカルSNS(LINE、WeChatなど)を通じてユーザーを集め、各言語に最適化された大規模言語モデルで自然なインタビューを実施できる「アジア版Listen Labs」のようなサービスが登場しても不思議ではありません。特に日本では、コンサルや広告代理店が市場調査の中心を担っており、新規事業開発やプロダクト開発に向けた生活者理解へのニーズは根強く存在しています。

ローカル言語対応や文化的背景の反映、対象者の確保を一括で提供できるスタートアップの登場には大きな期待が寄せられます。日本国内のみならず、東南アジア諸国への展開も見据えたスケーラブルなモデルが誕生すれば、次世代のリーディングカンパニーが日本から生まれる可能性も十分に考えられるでしょう。

5月27日〜6月9日の主要ニュース

9億ドルの調達を発表した「Anysphere」(Image Credit:Anysphere)

ARR5億ドル突破、Cursor開発の「Anysphere」が約1兆円評価で大型調達

AIを活用したコーディングアシスタント「Cursor」を開発する「Anysphere」が、99億ドルの評価額で9億ドルを調達した。本ラウンドではThrive Capitalがリードを務め、Andreessen Horowitz、Accel、DST Globalらも参加した。

AnysphereのARRは約2か月ごとに倍増しており、現在5億ドルを達成している。4月中旬に報告された3億ドルから60%増加しているという。最近まで同社の収益の大半は個人ユーザーのサブスクリプションによるものだったが、企業向けライセンスの提供も好調のようである。今年初め、同社はOpenAIや他の買収候補から打診を受けたが、それらのオファーを断っている。— 参考記事

Slackで完結、社内ITサポート自動化を目指す「Console」が620万ドル調達

SlackのAIアシスタントを介して、会社で利用しているアプリのアクセス要求やパスワードのリセットなどのルーチン作業を自動化する「Console」は、Thrive Capitalからシードラウンドで620万ドルを調達した。

職場で利用するデスクトップアプリからロックアウトなどされた場合、サポートチームへ緊急連絡をして対応してもらう必要がある。しかし、ヘルプデスクのスタッフは他のスタッフの対応に追われていることが多く、アクセスを回復するまでにかなりの時間を要することがある。こうした問題をAIによって解決するのがConsoleである。

従業員はSlackでConsoleにメッセージを送ると、AIエージェントが素早くリクエストに応えてくれる。ConsoleのAIは50%以上のタスクを自力で解決することができ、より複雑な問題にのみ担当デスクに繋ぎ対応する。— 参考記事

CXチーム向けAIエージェント「Solidroad」、650万ドル調達

顧客からの問い合わせ内容をAIによって精査し、担当者が適切な対応ができるようにサポートするCXチーム向けAIソリューション「Solidroad」は、シードラウンドで650万ドルを調達した。First Round Capitalがリードを務め、Y Combinatorもラウンドに参加した。同社は総額800万ドルを調達している。

Solidroadのプラットフォームは、複数の問い合わせチャネルを分析して、顧客からの問い合わせに適切な対応を行う。AIとのライブ対話によるシミュレーション実施や、顧客対応中にAIからリアルタイムで問い合わせ内容の分析結果が共有されたりする。人間の担当者を完全に置き換えることを試みるAIソリューションとは異なり、Solidroadは人間の担当者とAIシステムの両方をより効果的にすることに重点を置いている。暗号通貨取引所のCrypto.comは、Solidroadを使用して平均問い合わせ処理時間を18%短縮し、同時に顧客満足度を87%から90%に向上させたという。— 参考記事

3,000万分利用されたAIジャーナリングアプリ「Rosebud」が600万ドル調達

AIを活用してユーザーの長期的な感情パターンを分析、ガイダンスを提供するAIジャーナリングアプリ「Rosebud」は、Bessemer Venture Partnersがリードを務め、776、Initialized Capital、Fuel Capital、Avenir、Tim Ferrissも参加するシードラウンドで600万ドルを調達した。

Rosebudの基本的な日記機能は無料で使えるが、長期記憶や音声・通話モードなどのプレミアム機能をアンロックするためには月額12.99ドルのサブスクリプションを契約する必要がある。サービス開始以来、ユーザーは5億語の日記を書き、3,000万分以上をこのプラットフォームで過ごしたという。ユーザーは同アプリを通じて自身の考えを内省することに役立っている。— 参考記事

1年で48社導入、金融トレーダー向けAIエージェント「AgentSmyth」870万ドル調達

トレーディングと投資ワークフローをサポートする金融向けAIエージェント「AgentSmyth」は、FinTech CollectiveとThomson Reutersが共同リードを務めたシードラウンドで870万ドルを調達した。BNYも本ラウンドに参加した。

AgentSmythはマクロデータ、センチメント、クオンツ分析、オプション動向、企業収益をリアルタイムで分析する5つのAIエージェントによってサービス提供されている。同社は12か月足らずで、銀行、ヘッジファンド、資産運用会社など、顧客資産20億ドルから500億ドルの機関投資家ら48社に導入された。— 参考記事

(執筆: Universe編集部)