新時代ファッションアプリ「Doji」|アバターでバーチャル試着するアパレルECの新たな形【GB Tech Trend #139】
アプリ内で自分のAIアバターを作成し、服を試着することができる「Doji」。同サービスの概要や類似サービスとの違い、これまでのバーチャル試着サービスの変遷などについてご紹介します。

今週の注目テックトレンド
GB Tech Trendでは世界で話題になったテック・スタートアップへの投資事例を紹介します。

AIアプリの中でも、コンシューマー向けのサービスがこの数年急増しています。たとえば、著名投資ファンドであるAndreessen Horowitzが出資した顔交換アプリ「Reface」は、有名人やアニメキャラクターの顔と自分の顔を交換し、バズるコンテンツを手軽に生成できるサービスとして人気を博しました。
今回紹介する「Doji」もAI技術を活用したコンシューマーアプリですが、Refaceのようなエンタメ系アプリとは違い、課題解決型のユースケースを想定しています。Dojiはユーザーの顔写真6枚、全身写真2枚を読み込むことでAIアバターを生成し、自分そっくりなバーチャルアバターに好きな洋服を着させて試着体験できるファッションアプリです。現在はまだ招待制で新規ユーザーの利用を制限していますが、先日1,400万ドルの資金調達を発表し、事業拡大を目指しています。
先述したRefaceに代表される顔交換や、バーチャルインフルエンサープラットフォーム「AvatarOS」のようなバーチャルヒューマンとのコミュニケーションを楽しめるAI系サービスはすでに存在しています。こうしたAIを活用したtoC向けサービスが登場する中、Dojiはファッション業界の中でもスタートアップの参入が相次ぐ「試着市場」に目を向け、エンタメ領域に張るAIサービスとは一線を画した成長を遂げようとしています。
上場企業も輩出した「試着市場」の変遷
自分好みの洋服を探し、実際に気に入ったら購入する「試着市場」には、スタートアップが多く参入してきました。2010年代にはファッションレンタルサービスの「Stitch Fix」や「Rent the Runway」が大きな成長を見せ、上場企業の仲間入りを果たしています。
Stitch Fixは、ユーザーは自分のスタイルに関するいくつかの質問を答えるだけで、毎月自分好みの洋服一式が届くサービスです。気に入ればそのままキープをして購入することが可能で、気に入らなければレンタル期間だけ楽しんで返品することができます。洋服の購入体験に「レンタル試着」要素を取り入れた新たなサービスとして受け入れられました。
Stitch Fixのような企業は一見すると「洋服レンタル企業」のように考えられますが、全米ユーザーの洋服の趣味趣向情報を集め、ビッグデータの解析から最適な洋服キュレーションまでをAIで一気通貫で実践する「AI企業」としての側面が評価され、巨額の資金調達から上場まで達成しています。
この市場には、より手軽に試着体験を提供する「バーチャル試着」のアプローチを携えたARやVR系スタートアップも参入してきました。
たとえば、NIKEに買収された「RTFKT」はその代表例です。RTFKTは、バーチャルならではの表現をもとに制作された3Dファッションアイテムをスマホカメラ越しに試着し、着衣時の写真や動画を発信したり、3DアイテムをNFTとして売買したりできるバーチャルファッション企業として注目を集めました。しかし、バーチャルならではの表現がユーザーに受け入れられづらかったためか、事業を停止してしまっています。
試着市場の変遷を振り返ると、ファッションレンタルのアプローチでは巨大な市場が誕生しました。一方、バーチャル試着のようなエンタメ性のあるサービス形態では成長しきれていない印象があります。
また、バーチャル試着ではAR技術を取り入れる企業が多くありましたが、どうしても発生してしまうAR画像のズレから生じる違和感などが残ってしまっていました。こうした状況から、バーチャル試着においては世界的サービスは誕生しておらず、市場ポジションは空席のままです。
仮にこうした技術表現を克服し、ユーザーニーズに正面から応えた場合、ファッションレンタルの進化形となる新たな「試着サービス領域」になる可能性もあり、かねてから注目が集まっていました。そこで登場したのがDojiという訳です。
新しいアパレルの形を生むDojiの可能性
従来のバーチャル試着体験では、スマホカメラ越しに見える自分の身体に仮想の洋服を重ね合わせる仕組みが中心でした。特に、バーチャルだからこそ表現できる多少奇抜な洋服を試着させて楽しむのがメインの用途だったと言えます。
しかし、現実の体にバーチャルアイテムの服を重ね合わせるため、どうしても自分の身体とフィットしない違和感が生じてしまいます。また、現実には存在しない奇抜な洋服を楽しむという用途は、ユーザーが限定的になってしまうという課題もありました。
その結果、本来目指したい「実際の試着に近い体験」を提供する難易度が高く、ユーザーのお金を支払うモチベーションを喚起することも難しいため、収益化を困難にしていました。
そこで、Dojiでは自分そっくりのリアリスティックな3Dアバターをアプリの中で生成し、そこに洋服を着させてバーチャル試着体験を提供。試着するものは3Dの仮想的なファッションアイテムではなく、あくまでも日常使い向けの洋服です。
また、アプリ内ではよりリアルな試着シーンを画面内で十分実感できるような設計になっています。ARを通じたバーチャル試着のように、アイテムが自分の身体にフィットして表示されない誤差を我慢する必要はありません。
Dojiのアプローチであれば、より満足感を持った試着体験を提供できるようになります。従来模索されていたWeb3やAR文脈の先にあるバーチャル試着のあり方ではなく、よりユーザーに寄り添った自然な試着体験をもとに市場に乗り込んでいっている点が特徴的です。
なお、Dojiの参入する市場には先行スタートアップがいます。「Zelig」は2023年に1億ドルのユニコーン企業評価額を受けたスタートアップで1,500万ドルの資金調達に成功。同社はバーチャル試着技術をアパレルブランドに提供するtoBモデル企業として展開を目指していることから、Dojiの完全な競合とは言えません。
大手プラットフォームにDojiの体験が提供されれば、誰もが手軽にスマホやウェブで雰囲気や着衣姿を購入前にイメージできるようになるでしょう。返品率減少にも繋がり、また製品化前の洋服を3Dデータとして提供して試着人気があるものから生産する「クラウド投票」の形態も採用できるようになるはずです。
こうしたアパレルの新しい形を急速に普及させる可能性を秘めているのがDojiといえます。巨大な試着市場の新たな業態として、Zeligを追う次なるユニコーン企業となるのか注目です。
5月13日〜5月26日の主要ニュース

眼球スキャンで識別するSam Altmanの「World」、1.35億ドル調達
眼球の虹彩スキャンを通じて実際の人間であることを認識し、その見返りとしてユニークIDと暗号通貨を発行するグローバルデジタルIDシステムを構築する、Sam Altman氏が共同設立した「World」は、Andreessen HorowitzとBain Capital Cryptoへのトークンセールで1億3,500万ドルを調達した。
Worldはスキャンのためにボーリングの玉のような形をしたデバイス「Orb」を開発。5月からついに米国ユーザーにも提供が開始されるようになった。
スキャンするとユーザーはWorldのアプリにアクセスし、WLDトークンのエアドロップを受け取ることができる。年末までに1億8,000万人のアメリカ人、つまり米国人口の半分以上がOrbにアクセスできるようになることを望んでいるという。なお、WLDトークンは2023年7月にローンチし、現在の時価総額は18.7億ドル。直近では価格が55%上昇しているが、史上最高値からおよそ75%下落している。— 参考記事
若者向け銀行「Slash」、評価額3.7億ドルで4,100万ドル調達
クリエイター、フリーランサー、学生などの若者向けに設計されたバンキングサービスを提供する「Slash」は、3億7,000万ドルの評価額で4,100万ドルをシリーズBラウンドで調達した。Goodwater Capitalがリードを務め、Y Combinator、NEA、Stanford University、Menlo Venturesもラウンドに参加している。
一時、Slashの売上は80%ほど急激に落ちた。しかし過去18か月でピボットに成功。サービスインフラを再構築し、エンタープライズ向けターゲット企業も変更した。このピボットにより、毎月約3億ドルのカード利用額を処理する規模にまで回復したという。— 参考記事
AIでアニメ制作を支援する「Cartwheel」、1,000万ドル調達
クリエイター向け3Dアニメーション生成AIツール「Cartwheel」は、Craft Venturesがリードを務めたラウンドで1,000万ドルを調達した。WndrCo、Tirta Ventures、Runwayのほか、以前の投資家であるAccel、Khosla、Human Venturesもラウンドに参加した。同社は総額1,560万ドルを調達している。
Cartwheelは2023年に創業され、同社サービスは1年間のクローズドベータテスト期間中に、PixarやDreamworks Animationなどの企業で働く8,000人のアーティストに提供された。CartwheelのチーフサイエンティストはOpenAIの卒業生であり、CEOはGoogle Creative Labの創設メンバーであった。— 参考記事
Apple Vision Proでも配信する没入コンテンツ配信「VUZ」、1,200万ドル調達
エンターテインメント、スポーツ、ライフスタイルイベントなどの360度没入型動画コンテンツを配信する「VUZ」は、プレシリーズCラウンドで1,200万ドルを調達した。International Finance Corporationがリードを務め、本ラウンドにはAlJazira CapitalとCrossWork VCも参加した。
同社360度コンテンツはモバイルアプリ、ウェブ、スマートTV以外に、Apple Vision ProやOculusなどのVRヘッドセットを通じて視聴することができる。2022年に2,000万ドルのシリーズBを調達して以来、リーガエスパニョーラやプロファイターズリーグと独占ストリーミング契約を結び、合計視聴者数が1億人を超える100以上のコンテンツクリエイターと協力してきた。— 参考記事
AIで金融機関の不正を検知する「Greenlite AI」が1,500万ドルを調達
金融機関が規制要件を満たしながら不正行為を検知・防止するためのAIエージェントを開発する「Greenlite AI」は、Greylockがリードを務め、Thomson Reuters Ventures、Canvas Prime、Y Combinatorらが参加したシリーズAラウンドで1,500万ドルを調達した。
Greenlite AIの顧客である、OCC規制(米国通貨監督庁が定める銀行規制)のある銀行は、デューデリジェンスレビュー時間を70%削減し、フィンテックスタートアップ企業はアラート処理を 90%削減することに成功しているという。— 参考記事
(執筆:Universe編集部)