新しい「銀行」にもなる? フリーランス向けSaaSが注目される理由【GB Tech Trend #124】
フリーランスと企業の間に立つ、アンブレラカンパニーをSaaS化した「Jump」。個人が自らのスキルを活かして働くパッションエコノミーのトレンドを追い風にしつつ、「ネオバンク」化する可能性も秘めており、注目を集めています。

執筆: Universe編集部
今週の注目テックトレンド
GB Tech Trendでは世界で話題になったテック・スタートアップへの投資事例を紹介します。
フリーランスの働き方が広がる中で、健康保険や退職金といった福利厚生のあり方が長らく課題となってきました。多くの国では、こうした保障は正社員にのみ提供されるもので、フリーランスはこの点を理解した上で業務委託を受ける必要があります。そこで欧州を中心に、正社員とのギャップを埋めるための手段として「アンブレラカンパニー」という仕組みが導入されてきました。
アンブレラカンパニーにも欠点が…
アンブレラカンパニーとは、フリーランスと企業の間に立つ「代理店」のような存在で、フリーランスを一時的に契約上の社員として雇用し、彼らの代わりに企業との請求業務を行います。これにより、フリーランスは正社員と同様の社会保障や退職金制度を利用することができ、より安定した生活が送れるというメリットがあります。健康保険や年金制度が整えられているヨーロッパではこのモデルが広く浸透しており、フリーランスであっても正社員並みの福利厚生を得ることが可能です。
しかし、このモデルには大きな欠点もあります。アンブレラカンパニーはフリーランスの年間収入の5%から10%の手数料を取るため、結果的に多額のコストがかかってしまいます。安定志向のフリーランスにとっては魅力的な選択肢ですが、その分高いコストを負担しなければならないという現実があります。このためフリーランスの中には、手数料を避けて自力で社会保障を管理する道を選ぶ人も少なくありません。
そこに挑むのがSaaSサービスの「Jump」
フランスを拠点とする「Jump」は、このアンブレラカンパニーのモデルをディスラプトしようというスタートアップです。今回、1,200万ドルの資金調達を発表しています。
Jumpの特徴は、フリーランスが正社員並みの福利厚生を享受できるというコンセプトは維持しつつ、手数料を大幅に下げるために、従来の人力に頼った運営をSaaS化し、財務・請求書管理を自動化できるように切り替えた点です。
このサービスを利用することで、フリーランスは請求書の発行、経費精算、税務処理といった業務をすべてオンラインで管理できるようになりました。これによりフリーランスが時間をかけて行っていた事務作業の効率化を実現しています。
さらに、フリーランスが自身の業務状況や財務状態を一目で把握できるダッシュボードも提供されており、ビジネスの全体像を把握するためのツールとしても活用できます。日本で言えばフリーランスに特化したfreeeのような立ち位置と言えるでしょう。
この自動化と効率化により、Jumpは従来のアンブレラカンパニーが取っていた高額な手数料を廃止し、月額$89という定額でサービスを提供することに成功したのです。
パッションエコノミーのトレンドも後押し
フリーランスやギグワーカー向けのSaaSプロダクトは、パッションエコノミーの拡大に伴って多く登場しています。パッションエコノミーとは、個人が自らのスキルや情熱を活かして収入を得る新しい経済モデルです。多様な働き方が求められる現代において、その重要性がますます高まっています。
たとえば、「Dumpling」というツールは、個人が自分だけの配達サービスを立ち上げ、運営するためのプラットフォームを提供しています。従来は、UberやLyftなどの大手プラットフォームが労働者を管理し、多額の手数料を取っていましたが、Dumplingはその構図を変え、個人が独立してビジネスを展開することを可能にしました。
この「パッションエコノミー領域におけるSaaS化トレンド」はJumpにとっても追い風になることが予想されます。
フリーランス向け「ネオバンク」が生まれるかも
Jumpのもう1つの注目すべき点は、サービスの拡張性です。JumpはSaaSプロダクトとしての役割だけでなく、デビットカードを発行し、フリーランスが経費決済・簡単に管理できる仕組みも提供しています。こうした金融商品の先に見えるのは、従来の銀行とは異なり、物理的な支店を持たず、すべてのサービスをオンラインで提供するフリーランス向け「ネオバンク」のビジョンです。
なかでも金融アドバイスサービスには大きな期待が寄せられます。フリーランスを生業とする人の多くは、企業に属さない分、自分の収入を事細かに管理する必要があります。海外で大きな問題となっている奨学金やクレジットカード負債の返済、そしてクレジット(銀行などでチェックされる信用度)向上にも計画的に取り組む必要があるので、相応の金融リテラシーが求められるのです。
そこでJumpを利用すれば、将来的には売上の一定額を自動で返済に充てたり、デビットカードの利用状況からクレジットを向上させる金融アドバイスを受けたりすることもできるでしょう。他行より一歩踏み込んだ銀行サービスの提供が考えられるようになるのです。
実際、アメリカで注目されている「Brightside」は、給与管理やクレジット管理を行うフィンテック企業で、従業員が自己破産や多重債務に陥らないように支援するサービスを提供しています。特に奨学金返済や高額な医療費など、個人の負債が大きな問題となっているアメリカにおいて、個人に向けた金融サービスの需要は高まっています。
Jumpが現在のようなフリーランスの支払い・福利厚生に特化したSaaSで終わるのか、ネオバンクのようなフィンテック方面へ拡大していくのか、今後の展開にも興味が沸きます。
9月24日〜10月7日の主要ニュース

ゲームアシスタント開発「Clout Kitchen」450万ドル調達、4万5,000人以上がウェイトリスト入り
ゲームコンテンツ制作者向けのAI搭載ツールを開発する「Clout Kitchen」は、Andreessen HorowitzとPeak XVが共同でリードしたシードラウンドで450万ドルの資金調達を行なった、AppWorks、Antler、Hustle Fund、Founders Launchpad、Orvel Venturesも出資した。
Clout Kitchenは、League of Legends用のゲーム内アシスタントであるBackseat AIを開発。Backseat AIはどのキャラクターを選ぶべきか、どのアイテムを買うべきかなど、プレイヤーに最適なゲームのプレイ方法をリアルタイムでガイドする。 6月にアーリーアクセステストを開始して以来、この製品は4万5,000人以上の登録待ちを記録している。— 参考記事
AI検索エンジン「iAsk」420万ドル調達、Z世代獲得を狙う
AI搭載の検索エンジンを開発する「iAsk」は、Corazon Capitalがリードするシードラウンドで420万ドルを調達した。Chingona Ventures、Starting Line VC、Alumni Ventures、Listen VC、Motivate VC、Octava Singapore、Chicago Early Growth Ventureも出資している。
iAskは、ユーザーとの正確な質問回答のやり取りができる無料のAI検索エンジン。 iAskの検索回数は1日あたり150万回にのぼり、Z世代ユーザーからの関心が高いという。企業や開発者向けのAPIをソフトローンチし、すでに7,000人以上のユーザーがウェイトリスト登録している。— 参考記事
Dockerも採用する「Kapa.ai」320万ドルをシード調達。技術ドキュメントのAI対応を推進
企業のナレッジをもとに、複雑な技術的質問に回答できるAIアシスタントを開発する「Kapa.ai」は、Initializedがリードし、Y Combinatorが参加したシードラウンドで320万ドルを調達した。
企業は技術文書をKapa.aiに送り込み、Kapa.aiは開発者やエンド・ユーザーが質問できるインターフェースを提供する。 例えばDocker社は最近、Docker Docs AIと呼ばれる新しいドキュメント・アシスタントを発表した。これは、ドキュメント・ページからDocker関連の質問に即座に回答するもので、Kapa.aiを使って構築されているという。— 参考記事
非構造化データ処理AI「Reducto」840万ドル調達、First Round Capitalリード
PDFやスプレッドシートなどの複雑な非構造化文書を読み取り・処理する「Reducto」は、First Round Capitalがリードし、Y Combinator、BoxGroup、SVAngel、Liquid2も出資するシードラウンドで840万ドルを調達した。
同社によると、ビジネスデータの85%以上は非構造化データであり、LLM(大規模自然言語モデル)が信頼性の高い洞察を提供するためには、この膨大な情報から正確な抽出を行うことが不可欠だという。 Reductoはすでに企業から支持を得ており、リーガルテック新興企業からAIヘルスケア企業、さらには米国政府機関の文書を処理する後発新興企業まで、幅広いクライアントにサービスを提供している。 — 参考記事
UGCビデオゲーム開発「Rivrs」440万ドルを調達、平均2カ月でゲームタイトルローンチ
Roblox、Fortnite、Minecraftなどの人気プラットフォーム上で動く、ユーザー生成コンテンツ(UGC)を軸としたゲームを開発する「Rivrs」は、440万ドルの資金調達を行ったと発表した。リードをしたのはPléiade Venture。
RIVRSの1ゲームタイトル当たり平均制作期間はわずか2カ月。 すでに10本以上のゲームを開発し成功を収めており、中には1本で50万ユーロ近い収益を上げたものもある。 これらの作品は数十万人のプレイヤーを集めており、ビジネスモデルはゲーム内課金とサブスクリプションに基づいている。— 参考記事