未来を創るCVC——ソラコムの買収とエコシステムの拡大

まさに、2010年以降の国内スタートアップシーンで最大規模となる買収劇は当時、多くの関係者を驚かせた。

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ソラコム代表取締役の玉川憲氏(2017年・筆者撮影)

ソラコムの買収

3年前の夏、朝一番にあるニュースが飛び込んできた。KDDIによるソラコムの子会社化だ。発行済み株式の過半数を取得するため、KDDIが支払った金額は約200億円。2010年以降のインターネット系企業の買収案件としてはポケラボ(グリー、2012年・138億円)とチケットキャンプを運営するフンザ(ミクシィ、2015年3月・115億円)を大きく超える評価となった。

まさに、2010年以降の国内スタートアップシーンで最大規模となる買収劇は当時、多くの関係者を驚かせた。

KDDIのオープンイノベーション戦略でこれまで紐解いてきたKDDI∞LaboやKDDI Open Innovation Fund(以下、KOIF)はいずれも主なターゲットを「非通信事業」、つまりKDDI本体の主力事業とは異なる分野をターゲットにしていた。当たり前だが年間数千億円規模の利益を稼ぎ出す「本業」は鉄板であり、そこを補完するベンチャーなどそう簡単には出てこない。

しかしソラコムは全く違うアプローチで新たな市場にチャレンジしていた。それがInternet of Things(通称:IoT・モノのインターネット)分野だったからだ。彼らは通信キャリアから回線を借受けるMVNOの方式で独自のSIMカードを発行し、さらにモバイル通信をまるでクラウドサーバーのように必要なだけ利用できる「SORACOMプラットフォーム」を構築した。

KDDIとの協業は買収の約1年前、2016年10月に遡る。KDDIにソラコムの保有するコア部分を開放し、「KDDI IoT コネクトAir」の提供を開始したのが始まりだ。元々Amazon Web Serviceの日本開発担当だったチームが手掛けたサービスなだけに技術的な信頼度も高い。結果、法人向けの利用を中心に7000件もの利用社(2017年8月の買収時点)を獲得するまでに成長し、グループ入りを果たすことになる。その後も利用社はさらに拡大し(2020年3月時点で1.5万社)紛れもない国内IoTのトッププラットフォームとなった。

買収「後」から始まるオープンイノベーション

ソラコム買収の成果も出てきている。例えば消費者向けの商品としてはやはりソースネクスト社が開発、販売する翻訳機「ポケトーク」シリーズのヒットだろう。従来、翻訳機は会話の途中で使えるモノではなかった。これを常時接続としてクラウド翻訳と繋ぎ、自然な形で会話補助として使えるようにした結果、70万台(2020年2月25日時点)の大ヒットとなったのだ。

この通信の裏側を支えているのがソラコムの「eSIM」パッケージだ。通常、SIMカードは購入した時点で契約が必要になる。つまり、ポケトークに私たちが普段使うSIMカードを差し込む場合、別々に購入して契約しなければならない。当然契約は煩雑になるし、もしメーカー側でSIMカードをバンドルした状態で販売しようとすれば、売れるまでの間は基本利用料を支払うハメになってしまう。

これを解決するのがeSIM技術だ。eSIMはこういったIoT機器に組み込まれた形で提供されるだけでなく、SORACOMを併用することで契約開始もメーカー側でコントロールすることができるようになる。その通信や契約の仕組みを丸ごと提供できるのがソラコムの強みなのだ。こういった利用拡大の結果、KDDIは直近の決算でIoT関連の契約数を順調に伸ばすことに成功している。

KOIF3号のスキーム
KOIF3号のスキーム

そしてKDDIとソラコムはもうひとつの注目すべき仕掛けを用意していた。それが「ソラコムファンド」の存在だ。

2018年4月に発表された「KDDI Open Innovation Fund 3号」には特徴的なテーマが設定されていた。それが5G時代に向けた共創戦略である。これまでの1号・2号の4倍となる200億円の組成となった3号ファンドにはAI(ARISE analytics AI Fund Program)、IoT(SORACOM IoT Fund Program)、マーケティング(Supership DataMarketing Fund Program)が明確なテーマとして組み込まれた。

買収したソラコムは事業拡大だけでなく、IoT分野で5Gプラットフォームを活用したアイデアを共創する、新たなパートナーを探し出すための「顔役」にもなったのだ。同社は早速6月にIoTデバイスソフトウェアマネジメントプラットフォーム「Resin.io」や、8月にはシンガポールや台湾でsigfox通信ネットワークを提供するUnaBizへの出資を決め、ソラコムとの戦略的業務提携を実現させている。

更なるエコシステムの拡大

KOIFの始まりは初代ラボ長、塚田俊文氏(現・KDDI理事)のある提案からだったそうだ。ファンド組成のきっかけをグローバル・ブレイン(以下、GB)の熊倉次郎氏はこう振り返る。

2005年あたりですかね、当時、私たちはニフティさんと一緒にファンドの運営をしていて、その支援先の協業提案でKDDIさんにも出入りをしていたんです。そこで出会ったのが塚田さんでした。ちょうど、KDDIでコーポレートベンチャーキャピタルの新たな組成が話題として上がっていた頃です。

当時のCVCはまだ企画段階で、誰がどのように運営するかは決まっていなかった。そんな中、企業と共同でファンド運営をするスキームを持っていたGBのモデルを提案してみないか、という話になったそうだ。結果、コンペティションを勝ち抜いてKOIFにはGBモデルが採用されることになる。

それから10年。インキュベーションの企画として始まったKDDI∞Laboは、年数を重ねてKDDIがスタートアップのみならず、他業種の企業と協業・共創するプラットフォームに成長した。50億円で始まったKOIFは運用総額を300億円にまで拡大し、AI、IoT、マーケティングまでもテーマとした戦略敵投資ファンドとして存在感を発揮している。

長年に渡りKDDI∞Laboの責任者を努めた江幡智広氏は今、KDDIグループの中で新たな事業企画を担うmedibaの陣頭指揮を取るポジションに就いている。目下、エンターテインメント領域で次世代アーティストと5Gと組み合わせた新たな事業プランを練っているところだ。こういった新規事業の中でもこのエコシステムは機能している。例えばVRやAR領域は、KOIFが出資するSynamonやClusterなどのスタートアップが得意とする領域だ。エンターテインメント領域でトップを走るSHOWROOMにも投資をしている。

medibaはプロデュース部門として本体事業の持つ「auスマートパス」などのキャリアユーザーや5Gインフラを活用した新規事業を考え出すが、その際、エコシステムに参加しているスタートアップや共創企業との連携はここにスピード感を与えることになるだろう。

KDDI∞LaboとKOIFが狙う協業とファイナンシャル・リターンのバランス、そしてそこから生まれる新たな事業チャンスとの出会い。その可能性はグループ全体の戦略にも影響を与えつつある。

最終回は3月に開催されたKDDI∞Laboの最新カンファレンスの模様をお届けする。

筆者: 平野 武士

ブロガー。TechCrunch Japan、CNET JAPANなどでテクノロジー系スタートアップの取材を続け、2010年にスタートアップ・デイティング(現・BRIDGE)を共同創業し、2018年4月に株式会社PR TIMESに事業譲渡。現在はBRIDGEにてシニアエディターとして取材・執筆を続ける傍ら、編集からPRを支援するOUTLINE(株)代表取締役も務める。