未来を創るCVC——3世代で紡ぐオープンイノベーションの礎

アイデアを集めるオープンな窓口とリターンを求めるファンド、そして本体事業による出資と買収。この「三段重ね」はゆるく連携しながら、別々のファンクションとして運用されることになる。

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mediba代表取締役の江幡智広氏(筆者撮影)

三段重ねの舞台装置

KDDIのオープンイノベーションを語る上で注目すべき出来事が3つほどある。ひとつはKOIFが出資したカジュアルギフトを提要する「ギフティ」の上場、もうひとつがIoTプラットフォーム「ソラコム」の本体買収、そして最後のひとつが前述した「イノベーティブ大企業ランキング」でトップを獲ったことだ。

一見するとバラバラのこれら活動、実はゆるく根底でつながっていた。熊倉氏はこう明かす。

連携のシナリオは立ち上げ当初からありましたよ。(KOIFは)事業をつくるのを目的にしたファンドだったので、事業に寄与する独占的な買収、協業の可能性を残した上でのIPO。この組み合わせがいいよねって。実際、上場したギフティさんも恐らく、auからやってきたユーザーさんが多いはずです。協業連携がどこよりも強いファンドを作るぞと、こういう状況下で株式公開を支援するし、独占した方がよいケースであればファンドではなく、本体として買収を仕掛ける。一番広い窓口としてKDDI∞Laboがあって、ちょっと斜め上にKOIF、そして(当時の)企業戦略部での本体投資がある。そういう三段重ねの構造だったんです。

面白いのはこの構造がキレイに三段重なっていない点だ。つまり、KDDI∞Laboを第一関門、その次にKOIFからの出資、最後はKDDIの買収、というようなファネルがあれば、当然、スタートアップ側は買収をゴール設定にしてしまう。

もちろん、そういう期待や結果がなかったわけではないが、KDDI∞LaboをKOIFと切り離すこと(出資を前提としない)ことで、ここの舞台には数多くのアイデアが集まることになった。一方、KOIFもファンドとしての結果に集中し、継続的な運用が可能となった。江幡氏もこう振り返る。

企業によっては出資してくれないんですか?と聞いてくる方もいらっしゃいましたね。出資の話はいくらでも聞くけど、出資ありきであれば違うよと。YCって出資はするけど縛らないじゃないですか。どちらかというとエンジェルっぽい立ち回りをしていた。一方、KDDIはそこまで割り切ることはできないですよね。たとえ10%であっても、その金額が1000万円であったとしても、その価値が上がったのかどうか、細かく管理をしなければならないわけです。一方、そのステージのベンチャーに価値がどうだとか売上を作れとか、無理なプレッシャーを与えることは不幸せでしかありません。それで採択イコール出資という連携はなくなったわけです。

アイデアを集めるオープンな窓口とリターンを求めるファンド、そして本体事業による出資と買収。この「三段重ね」はゆるく連携しながら、別々のファンクションとして運用されることになる。

KDDI∞Laboにのしかかったプレッシャー

理想的な役割分担とシナリオが見えてきたKDDIのオープンイノベーション戦略。しかし一点、外から見ても大きくストレスがかかっているのではないかと心配する部分があった。それが「KDDI∞Laboとしての結果」だ。アクセラレーションプログラムは通常、育成した企業がその後成長してくれれば結果となる。なぜなら出資がセットになっているからだ。

しかしKDDIは前述した背景からそれを切り離してしまった。当時の苦悩と葛藤を江幡氏はこう振り返る。

高橋(誠氏・現社長)とは結構やり合いましたね(笑。お前は流暢な理屈で意義のある活動だって言うけど、じゃあ実際いくら売上・利益をつくったんだってね。当然企業として最終的な垂れ流しはありえないわけで、立ち上げ当初の11年や12年はよりそれが強かった。ただ、彼は現場に来てくれるし、支援先とも直接話をしてくれる。絵空事、とは言わないまでも、大きなビジョンに向かうことと短期的な実際の利益は噛み合わないし、大企業の事業計画やIRとはワケが違う。この辺りは高橋も理解してくれていたのではないですかね。ゆるいというか足が長いことを。2015年あたりからかな、もう少し先を見通した投資でもいいよ、という雰囲気が徐々に作られていきました。

当初、KDDI∞Laboに期待されていた結果として「事業提携」へのこだわりがあったそうだ。そもそもこの企画を立ち上げた当初の主要メンバーはかつて、Googleやグリー、コロプラなどと提携し、「ガラケービジネス」で手応えを感じた経験があったからだ。スマートフォンに戦場が移っても、オープンにアイデアを集め、その中から具体的な数字に寄与する提携先が見つかるかもしれない。

もちろんそのような「絵に描いた餅」は実現しなかった。確かに第一期生のギフティや、出資にまで繋がって、その後売却したソーシャルランチのように経済的な結果をもたらすケースもあったが、1兆円規模の利益を生み出すKDDIグループ全体から言えばやはりインパクトは薄い。

そんな状況を変えたのが日本全体における「オープンイノベーション」文脈の盛り上がりだった。大企業がスタートアップなど他の企業と手を組んで新たなイノベーションを興すこの仕組みは、経済産業省の「第4次産業革命」や、内閣府の「Society5.0」といったイノベーション指針を実現するための手法として注目を集めることになる。

結果、KDDI∞Laboは「共創」というキーワードの下、スタートアップだけでなく、他の大企業を含めた企業連合という考え方をスタートさせた。それまでの「スタートアップとKDDI」という構造を「スタートアップと企業、それを支えるKDDI」という図式に描き直したのだ。そしてこの流れは更に進み、KDDI∞Laboの上で企業同士がつながり、5Gという新たなインフラでビジネスを生み出そうというプラットフォームに進化している。

トップの覚悟

2011年の終わりに始まって、2020年の今もなお、成長を続けているKDDI∞LaboとKOIF。

先ごろ開催された「MUGENLABO DAY 2020」は新型コロナウィルスの影響でバーチャル開催となったが、新たに名古屋グランパス(5G×スタジアム)、ミクシィ(5G×コミュニケーション)、三井不動産(5G×商業施設)、テレビ東京(5G×テレビ番組)らとの共創テーマが発表された。PoC(実証実験)ではなく、それぞれ今年一杯をかけて、実際の事業として開始できるレベルを目指す。

オープンイノベーションの取り組みとしては理想的だ。これまで積み上げてきたネットワークもあるので、VC各社が投資する質の高いスタートアップや、ケースによってはマザーズ上場レベルの企業と手を組むこともあるだろう。

しかし、ここまで書いてきた通り、道のりは決して楽なものとは言えなかった。辞めようという選択肢はなかったのだろうか。この点について江幡氏、熊倉氏の二人とも口を揃えたことがある。それがリーダーシップ、トップの決意というものだった。

(プログラムを辞める話は)なかったと思いますよ。やり切るというか、高橋もちゃんとこの事業を見てくれてるという安心感はありました。そんなにすぐ投げることはないだろうという。テスト的にピッチイベントやってすぐ終わる、そういう他社のケースも情報としては耳に入れていました。そういう話が増えれば参加するベンチャーも心配になるだろうし、時間はかかるけど長くやることに価値がある、とね。
江幡氏

一方、∞Laboと異なり確実な「リターン」という成果を求められるKOIF。ファンド組成にあたり、KDDIチームと密に連携していた熊倉氏は当時のリーダーシップをこう表現していた。

(当時社長の)田中(孝司氏・現会長)さん、高橋さんラインがこのプロジェクトのオーナーシップだったのですが、圧倒的に高橋さんのコミット、リーダーシップが強かったですね。その他にも専務・役員クラスの方々がいらっしゃってそれぞれの役割においてチャンピオンが必ず決まってる。そしてそれらをしっかりと連携させているのが印象的でした。KDDI∞LaboもKOIFも舞台装置です。特にこの上で踊る人たちは本体事業と違ってボラティリティが遥かに大きい。だからこそ最初に決めたことをやり切る体制、全体を仕切るリーダーシップが重要だったんです。
熊倉氏

次回はKDDI∞Labo、KOIFと並んでKDDIオープンイノベーション戦略を語る上で重要なソラコム買収とグループ間連携について紐解く。

筆者: 平野 武士

ブロガー。TechCrunch Japan、CNET JAPANなどでテクノロジー系スタートアップの取材を続け、2010年にスタートアップ・デイティング(現・BRIDGE)を共同創業し、2018年4月に株式会社PR TIMESに事業譲渡。現在はBRIDGEにてシニアエディターとして取材・執筆を続ける傍ら、編集からPRを支援するOUTLINE(株)代表取締役も務める。