未来を創るCVC——KDDI∞Laboは事業創出の「舞台装置」
スタートアップがアイデアを出し、面を押さえている企業と組み合わさることで大きな利益を生む。
2010年という転換点
スタートアップ乱立の今、国内の支援事例を振り返ると明らかに大きな転換点となるポイントがあった。2010年初頭、日本に「アクセラレーション・プログラム」のトレンドが流れ込み、独立系VCやCVCがこぞって「Y Combinatorモデル」を採用したあの時期のことだ。
デジタル・ガレージにサイバーエージェント、孫泰蔵氏率いるモビーダ、メルカリ投資で一斉を風びしたEastVenturesにインキュベイト・ファンド。この中にあって異色の顔ぶれがKDDIの「KDDI ∞ Labo(ムゲンラボ)」だった。投資ファンドでもなく、事業シナジーを成果とする事業投資ともやや異なる、純粋にスタートアップを育成する、言わば「独自の起業エコシステム」のような存在に当時、疑問符が多く付いたのを記憶している。
KDDIは1兆円の利益を稼ぎ出す日本有数のインフラ企業だ。スタートアップエコシステムが成熟してからの参入でも遅くはない。なぜ10年近くも前だったのか。
そこにはこの企業が辿ったオープンイノベーションに対する「歴の長さ」が関係していた。
通信企業における「非通信」事業への投資
KDDIの最新決算(2020年第3四半期)をみると注目すべきポイントが2つある。ひとつは非通信領域の躍進だ。ローソン・Pontaポイントとau Payの連携にみられる「非通信」領域の営業利益は年次で約26%増の1360億円となった。また、通信領域でもここ数年力を入れているIoT領域で契約回線数が1000万件を突破。利用領域もスマートメーターやテレマティクスなどの既定路線から、2017年にグループ入りしたSORACOMのように、新たな利用シーンを提供するケースも積み上がっている。
本業(通信)が盤石な間に周辺領域を成長させる。ポートフォリオとして当たり前の戦略も体が大きくなればそう簡単なことではない。この布石はおよそ15年前に遡る。
そもそも(現社長の高橋誠氏は)フィーチャーフォンの立ち上げからEzweb、グーグル検索の導入だったりLISMOのようなエンターテインメントコンテンツなど、非通信の領域を中心に手掛けていました。それが2003年とかその辺りですね。それを大企業や中小、ベンチャー問わず、パートナーシップによって成長させてきた、という経緯があるんです。
中馬氏
大きく状況が変わるのが2007年のiPhone登場、いわゆる「スマホシフト」だ。フィーチャーフォンアプリで独自の課金エコシステムを構築してきた国内通信キャリアは、その市場をAppleやGoogleといったグローバル・マーケットに奪われていくことになる。
KDDI ∞ Laboって当初は『スマホのアプリを探そうプロジェクト』みたいな感じだったんです。ちょうど当時、高橋もネットベンチャーが生まれていく様相を見ながら、Y Combinatorみたいな仕組みがスマホの世界には必要なんじゃないかって考えていて。
中馬氏
こうしてKDDIのオープンイノベーションの取り組みは次のステージに向かうこととなる。
手探りで積み上げた独自のエコシステム
∞ Laboが輩出した事業で大きく成長したのは、昨年上場を果たしたギフティだろう。第一期生としてプログラムに参加したソーシャルギフトのアイデアは、最終的にエンタープライズ向けのモデルが大きく成長し、IPOを果たすこととなった。プログラムも順調にスタートアップを集め、2014年には企業パートナーを取り込んだオープンイノベーションの形をつくることになった。
一方、2011年に開始したプログラムに迷いがなかったかというとそうとは言い切れない。筆者も現場で取材に当たっていたが、スタートアップ、連携する企業にそれぞれの温度感は異なっていたように記憶している。
当初はやはり30代の若手社員が入って一緒に事業を作るような感じもありました。ただ、スタートアップ、事業会社共に成熟してきた結果、局面は変わってきたと感じてます。事業づくりのフェーズは引き続きやりますが、それ以上にやはりグロースです。私たちができることはこの成長局面を支援する。
中馬氏
きっかけはやはり2020年を元年とする5Gの開始だ。これまでのインターネットテクノロジーでは、書店や小売にしてもあくまでインターネットの中で完結してしまっていた。5G時代は大きくそこからシフトする。「ビルから信号機からクルマ、あらゆるモノがフルに通信する時代」(中馬氏)に大企業の存在は無視できなくなる。
スタートアップがアイデアを出し、面を押さえている企業と組み合わさることで大きな利益を生む。ちなみにここで言うスタートアップはアイデアだけの零細企業のことではない。この10年で大きく成長したネット企業も対象になりうる。
つまり次に重要な視点は「事業」になるかどうか、というわけだ。
PoCはいらない——「KDDI」が取れた∞ Labo
ここ最近、KDDI∞ Laboは、冠の「KDDI」を取るようにしているそうだ。
オープンイノベーションの文脈で担当者に与えられる裁量の範囲や、モチベーションの度合いが話題になることがある。残念だが自社の事業をどこかの誰かが引き上げてくれることはない。そこには必ず主体性が必要になる。
∞ Laboで共創するパートナー企業は14期(※正式名称は「5Gプログラム」)で46社に拡大している。昨年時点で32社だったことを考えると大幅な増加だ。実際、自然増ではなく積極的な拡大に向けて講演などの露出を増やしているという話だった。
オープンイノベーションという言葉が一周した感がある中、それでも一緒にやりましょうという方と、新しく入ってきた方が半々です。これまではKDDIが主体で回していたのですが、今はパートナーの方々が主体です。採択についても恣意的になってしまうことからやめています。
あと、POC(Proof of Concept)も禁止しました。スタートアップの事業を伸ばすための『ごっこ』的なものはやめたいんです。大企業のダイナミズムの中にスタートアップのアイデアやビジョンをうまく取り入れる。なので、一対一の共創というのもやめています。だってスマートシティみたいなテーマを一対一で実現できないですよね。
中馬氏
次回はKDDI∞ Laboを支えたもうひとつのエンジン、KDDI Open Innovation Fundについてその立ち上げについてまとめる。
筆者: 平野 武士
ブロガー。TechCrunch Japan、CNET JAPANなどでテクノロジー系スタートアップの取材を続け、2010年にスタートアップ・デイティング(現・BRIDGE)を共同創業し、2018年4月に株式会社PR TIMESに事業譲渡。現在はBRIDGEにてシニアエディターとして取材・執筆を続ける傍ら、編集からPRを支援するOUTLINE(株)代表取締役も務める。