未来を創るCVC——5Gは「移動」の概念を変える・Synamonの挑戦

2020年は間違いなく「5G元年」として振り返る年になるだろう。

未来を創るCVC——5Gは「移動」の概念を変える・Synamonの挑戦のカバー画像

各通信キャリアは高速大容量通信によって社会がどう変わるか、様々なケーススタディを交えた特設ページを揃って開設している。そしてコンテンツとしては最高の東京オリンピックがやってくる。ここまでお膳立てが揃っているタイミングもそう多くない。

一方で5Gの活用はややスッキリしない。確かに大容量のモバイルデータ通信は、映像のようなリッチコンテンツを数秒で配信するといった体験の向上には役立つ。ロボットの遠隔操作もビジネスを変えてくれそうだ。しかし、それはあくまで有線や4Gの延長線上でも「想像」できる。

スマートフォンで発生したパラダイム・シフトの価値は、単なる通話しかできなかった「電話」をあらゆる生活サービスにアクセスできる「コンシェルジュ」に変化させたことにある。できれば5Gがダイナミックに生活を変える変化に直結して欲しい、と思うのはいささか期待し過ぎだろうか?

私にはひとつ、注目している体験がある。それが「移動」だ。

物体を「転送させる」アイデア

移動の概念を通信で変えよう、という考え方は特に目新しいものではない。昨今、働き方改革で叫ばれてる「テレワーク」なんて最たるものだし、今の技術でも場所にとらわれないコミュニケーションの環境は随分と整った。

一方で体験はどうだろう。例えばディスプレイの中の人はやはり遠い存在に感じる。画面から見切れたらいなくなるし、ずっとカメラで追いかけられる方も気が散る。もっと根本的な「モノ」の問題もある。目の前のお菓子を遠く離れた子供に与えることはできない。

ここでひとつ注目したいケーススタディがある。2014年に宇宙空間で初めて成功した3Dプリントの実験だ。Made in Space社がNASAと共同で手掛けたもので、地上から受け取ったコマンドを元に、国際宇宙ステーションに設置された3Dプリンターから部品を製造する、というものだった。

実験はその後、宇宙飛行士が必要とするレンチの設計図をメールで宇宙に送信し、出力することにも成功している。この方法を使えば、具体的なモノを瞬間的に“移動”させることができるようになる、というわけだ。

距離を縮めるためには、コミュニケーションだけでは不足する。移動の概念を変えるためには、この「存在感(プレゼンス)」「人・対象」「モノ」の組み合わさった体験を新たに開発しなければならない。そして当然ながら、国内にもこのテーマを研究しているスタートアップがいる。

XR空間とテレビ電話会議は何が違う

XR空間では、狭い会議室の中に3キロメートル×3キロメートルの広大な屋外空間を展開できるので、ここで例えば実寸大の橋や建物を関係者集めて確認することもできるんです。
Synamon 武井勇樹氏

東京五反田の一角、スタートアップが集積している商業施設がある。その一室にスタジオを構えるのがSynamon(シナモン)だ。「XRコミュニケーション」を手掛ける彼らの技術はまさに移動体験を変えるものになる。

「NEUTRANS BIZ」実物大の仮想空間でのミーティングを可能にする
「NEUTRANS BIZ」実物大の仮想空間でのミーティングを可能にする。

例えばイベントの会場レイアウトを確認するとしよう。ミーティングルームに図面を持ち込んで計画するより、実際の会場に足を運んでみたほうがイメージが湧く。当然だが、実際の見学は様々な調整が付きまとう。

先ごろ公開された新バージョンの「NEUTRANS BIZ」は、目の前のXR空間に、巨大な空間や展示ホール、会議室のようなミーティングルームを出現させる。人々はどこにいてもよい。現実世界の会議室、協業するパートナーのオフィス、時差のある外国。時空を超えて人が集まり、実際のサイズの展示ホールで次のイベントのレイアウトを確かめることができる。

彼らが目指す先に感じるのは、人の発想を刺激する仕掛けづくりだ。図面をデータで共有してテレビ電話会議したとしても、おそらく会場を「感じる」ことはできない。ステージの微妙な位置やサイズ感、人を入れた時の熱気。人はそこから感じる何かでアイデアを生み出すことができる。

空間の移動に必要な5Gと「何か」

4年前に鬼才、イーロン・マスク氏が発言した「私たちはビデオゲームの中で生活できる」という世界観を思い出す。現実と仮想が曖昧になる時代。

仮想空間に存在するために私たちが議論すべき最大のポイントはここなんだ:40年前、私たちは「Pong(※簡単なゲーム)」を手に入れた。2つの長方形とドットだ。そして今、40年後に私たちは仮想的に数百万人が遊んでいる写実的な3Dを手に入れている。仮に全てにおいてある一定の改善割合を想定したとしよう。たとえその割合が今の状況から1000以下に落ちたとしたとしても、おそらくゲームは現実と区別がつかないものになる。

人がそこに「それがある」と感じるためには、8Kほどの高精細映像が必要になるそうだ。有線は当然ながら、5G通信はモバイル環境での8Kデータ転送を可能にする。より広範囲の環境で仮想と現実の境界線は曖昧になっていく。

このパラダイムを現実にするには何が必要なのだろうか。2007年に登場したiPhoneによってもたらされた「タッチパネル」体験は、3G、4G回線を手にしてシェア・オンデマンド経済を生み出すことになる。5Gを「手触りある体験」にする技術は何か?

「デバイスのポイントはデバイス、チップ、ネットワークと多様です。しかしそれ以上に必要なのがコンテンツを作るハードル。XR空間では2Dの情報を3Dに変換する必要があります。ここの商用化にはもう少し時間がかかる。
武井氏

デバイスの普及もまだ時間がかかる。ニールセンが公開した2018年の推計で本命と言われるFacebookのOculus Questは、2019年5月の発売後1年で173万台近くを出荷するとしていた。しかし、実際は2019年11月の決算で示された数字は40万台程度に留まる

特にビジネスでの利用は『なんちゃって』では普及しません。例えば昨年に実験した防衛医大との5G・VRを活用したトリアージ(救援重要度判定)などの取り組みでは、絶対に行けない場所でリアルタイムに作業ができる、といった確実なベネフィットが必要です。リアルでできないことができるようになってはじめて普及期が訪れる。
KDDIライフデザイン事業企画本部 ビジネスインキュベーション推進部長の中馬和彦氏

東京一極集中が抱える都市問題の解決

スマートフォンが出た当時、こんな高いタッチパネル端末誰も買わないという意見もよく耳にした。しかし4Gやアプリ経済圏、シェア・オンデマンド経済という「エコシステム」全体がゆるやかに動き出すことで、大きなパラダイム「スマートフォンシフト」が巻き起こることになる。

5Gによって移動や距離、空間の体験は確実に変わるだろう。そしてこの変化はエコシステムにどのような影響を与え、新たなパラダイムを生み出すことになるのだろうか。

そのヒントのひとつに「都市」がある。東京一極集中や過疎の問題は働き方や高齢化社会のあらゆるシーンに影響を与える。「その場にいるかのような」高い体験性を実現できるのであれば、都心に住む理由をひとつ減らせる可能性が出てくる。地方移住もそうだ。突然、見知らぬ人がコミュニティに入ろうとしても無理が生じる。移動体験が高まれば、事前のコミュニケーションが可能となり、移住も加速する可能性が出てくる。

特定エリアをまるごと移動させる、というアイデアも実は動いている。KDDIが地方活性化を目的に設立したファンド「KDDI Regional Innovataion Fund(KRIF)」から出資を受けたオンライン学習の「Schoo」は、KDDIと協力して遠隔地の大学をつなぐ「仮想大学」の構想を発表している。

こういった特定エリアの移送を実現するには莫大な通信が必要になる。KDDIグループとなったソラコムの提供するSIMは、ひとつひとつの通信量は少なくとも、空間全体に埋め込まれれば相当な量に跳ね上がるからだ。でも、もしそれが実現すれば、歩いている人、建物、調度品、そこに流れる映像、みたままの空間やモノが全てデータとなり、仮想空間に再構築される。

宇宙空間に必要なスパナをメールで送信してプリントアウトしたように、都市の生活をそのままコピーして別の場所に転送する。Sci-Fiのようだが、そう遠い未来でもないように感じる。(2)につづく

筆者: 平野 武士

ブロガー。TechCrunch Japan、CNET JAPANなどでテクノロジー系スタートアップの取材を続け、2010年にスタートアップ・デイティング(現・BRIDGE)を共同創業し、2018年4月に株式会社PR TIMESに事業譲渡。現在はBRIDGEにてシニアエディターとして取材・執筆を続ける傍ら、編集からPRを支援するOUTLINE(株)代表取締役も務める。