大企業側がブレーキにならないために──スタートアップ協業で知っておきたい「法務・知財」

大企業側がスタートアップとPoCや共同研究・開発を行う際に留意しておきたい法務・知財のポイントについて、グローバル・ブレインの知財チームがまとめました。

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Summary

  • 法務・知財担当者もスタートアップの特性を理解する必要がある

  • 協業を迅速に進めるには「自社の方針・スタンスの明確化」が鍵

  • スタートアップ協業に適した契約フローや体制にすることも重要

国内最大級の独立系VCであるグローバル・ブレイン(GB)にて、投資先企業の知財支援を担当している廣田です。

リソースの限られたスタートアップが成長するために、大企業とのオープンイノベーションは重要な打ち手の1つです。一方で、スタートアップに提示する契約条件の中には過度に大企業に有利な内容が含まれるケースもあり、オープンイノベーションにブレーキをかける事象としてしばしば問題視されています。

オープンイノベーションに関連して、公正取引委員会は大企業によるスタートアップへの不公正取引を指摘。SNS上では、スタートアップと大企業の間で起きた成果の帰属や、権利の取り扱いに関するトラブルが話題に挙がることも度々ありました。

最近ではこのような課題認識がスタートアップの間で共有されることも増えましたし、特許庁もオープンイノベーションのためのモデル契約書やマナーブックを公表しており、以前よりこのような問題が表面化することは減っているように感じます。

ただ、上述した特許庁によるモデル契約書などはスタートアップ側の視点に立って作られていますが、大企業目線での知見や事例はまだまだ不足しているようにも思っています。

GBでは、多くの大企業とCVCファンドを運営することで、スタートアップと大企業の新規事業創出をご支援しています。その活動の一環として、先日オープンイノベーションにおける知財勉強会を実施。多くの大企業の皆さんにご参加いただき、円滑な協業推進における法務・知財面での課題認識を共有いただきました。

そこで今回は、上述の勉強会で語られたことや私たちのこれまでの経験も踏まえて、大企業がオープンイノベーションを円滑に進めるための課題感やポイントを法務・知財の視点から解説します。

大企業とスタートアップがすれ違う要因

そもそも、スタートアップに対して意図的に不公正な取引を行うような大企業はほとんど存在しないと思っています。

スタートアップが大企業に不信感を感じてしまう出来事が起きるのは、多くの場合大企業ならではの構造に要因があります。

具体的には、大企業内での業務の細分化や、方針・スタンスの曖昧さ・共有不足などです。これらによって、意図せずスタートアップの事業継続を困難にしかねない契約書を送ってしまうケースが多いと考えています。

課題の構造をより理解するために、スタートアップが大企業の事業部や協業担当と話を進めてPoCや共同研究を始める場面を想定してみましょう。

一般的にスタートアップ側は新たな技術やアイデアを提供し、大企業側が費用、設備、事業課題などを提供します。

このような場合、スタートアップとしては研究開発の成果や知的財産の取り扱いを誤ると、自社が考えたアイデアや知財を協業先に渡すことになり、成長が停滞してしまいかねません。

一方で、大企業側は自社の資金を用いて実現した協業成果を競合に渡したくないことから、なるべく自社に権利を帰属させる契約内容を提案する場合が多いです。

このようにスタートアップと大企業は契約上で対立しやすい構造になっているため、利害関係をうまく調整していく必要があります。そのため交渉に時間を要するケースが出てきてしまいます。

さらに大企業に焦点を当てると、部署ごとに以下のような視点の違いが存在します。

スタートアップは短期間で成果が必要な企業形態なので「御社とのこの取り組みをぜひ早くやっていきたいです」とスピード感を持って協業を進めていこうとします。

大企業の協業担当も積極的にトライしていきたい思いがあるので、今後の協業方針が明確ではなかったとしても「まずやってみよう」と交渉を開始。 その後、協業を形にするためには契約書が必要なので、法務・知財担当に契約書の締結を依頼します。

法務・知財担当は、PoCなどの取引によって事業や技術開発が今後どうなっていくのかを考えながら契約条件を考えていきます。 しかし、「まずやってみよう」という温度感で協業が始まっているので、今後の成果物の取り扱い方針がどうなるか明確にはわかりません。不確実性が高い中では法務・知財担当はなるべく安全な条件で契約したいと考えるため、自社に有利な契約書案を提出することになります。

結果として、フロントに立つ協業担当者は前向きに進めていく姿勢だったにもかかわらず、大企業に過度に有利で、スタートアップが簡単には同意できないような契約書が急に送られてしまうわけです。

大企業からすると、業務が細分化された組織の中で各担当者が業務をきっちりこなしただけで、誰かが悪意を持って対応したわけではありません。しかしスタートアップ側としては不信感や疑念を感じてしまっても不思議ではないでしょう。

意図的ではなかったとしても大企業がこのような対応を取ってしまうと、スタートアップ側で協業の優先度が下がることは当然ありえます。場合によっては、「この大企業はスタートアップに厳しい対応を取る」といった評判がスタートアップ界隈に広まってしまうことにもつながりかねません。

大企業のスタンダードが馴染まない可能性も

そもそもの話ですが、大企業における契約交渉のスタンダードがスタートアップ協業と馴染みにくいと考えることもできます。

大企業には契約の種類などに応じたフローがあり、そのフローのなかで契約書チェックをしていくのが常です。企業によっては法務部が契約書全体をレビューし、知財関連の契約や条項は知財部がレビューするなど分業体制を取る企業もあります。

契約交渉に対するスタンスも特徴的です。大企業の契約交渉はなるべく自社に有利な条件を引き出すために要求を重ねながら落としどころを探っていくケースが多いため、複数回のやり取りを前提としています。

加えて、大企業はさまざまな経験をしていることから、対象の取引が将来どのようになるかを広く深く想定して条件を検討するケースがほとんどです。

このように、大企業における契約対応のスタンダードは相対的にじっくりと時間をかけることが前提となっています。 そのためスタートアップとのオープンイノベーションにおけるスピード感や不確実性と馴染みにくく、上記のような課題が生じてしまいます。

オープンイノベーションを上手く進めるための3つの視点

上記課題を踏まえ、大企業側がすべき対策として挙げられるのが「1.スタートアップへの理解、「2.自社の方針・スタンスの明確化、「3.社内の仕組み・体制構築の3つです。それぞれ深堀りしていきます。

1.スタートアップへの理解

まず、スタートアップとやりとりをする協業担当や事業部門担当だけでなく、契約対応をする法務・知財担当も含めてスタートアップを理解していくことが重要です。

上述のように、スタートアップと大企業はスピード感や交渉スタンスが違います。その違いの根底にあるのはスタートアップならではの事業体の特性です。ここを大企業側の担当者が理解しておかないと、なぜスタートアップの事情を考慮する必要があるのか納得感を持つことができません。

特に以下の2つの特性を理解しておくとよいと思います。

  • スピード感

    • スタートアップは1.5~2年ごとに資金調達を繰り返していくのが一般的です。その間に十分な事業成果を出せずに資金調達ができなくなることが、彼らにとって最大のリスクとなります。

    • このようなスピード感の中で協業をしていく必要があるため、契約交渉に数カ月〜半年かけている余裕が基本的にはありません。もちろん、億円単位の契約やM&Aの契約など、内容や取引の大きさによっては時間をかけるべきものもありますが、基本的なNDAやPoC・共同開発などの契約は迅速に対応すべきです。

  • 成長の必然性

    • スタートアップは高い成長を約束として資金調達をしており、成長が止まってしまうと資金調達ができません。スタートアップが事業継続できなくなれば、彼らとのオープンイノベーションもなくなってしまいます。つまり、大企業にとってもスタートアップの成長がオープンイノベーションを成立させるための必要条件だといえるわけです。

    • 過度にスタートアップに有利な条件を提示すべきということではありません。ただ、スタートアップの事業を制約するような条件を課してしまうと、彼らの高い成長性が阻害され、結果的にオープンイノベーションが成立しなくなる恐れがあることは大企業側も理解しておくべきでしょう。

スタートアップへの理解を促進するための取り組み例としては、スタートアップへの出向制度を設けている企業や、協業担当部門と法務・知財部門の間で人材のローテーションをしている企業などが参考になります。このような取り組みを通じて、法務・知財部門内にスタートアップへの理解度が高いメンバーが配置されると、円滑なオープンイノベーションの実現が期待できます。

2.自社の方針・スタンスの明確化

自社の方針・スタンスが明確になっていれば、法務・知財担当はそれに従って条件を詰めていけばよいので、過度に大企業側に有利な条件を課すこともありません。

たとえば、「この取引はスタートアップの技術貢献によるものなので成果はすべてスタートアップ側でも問題ない」や、「自社と協業している間は競合のXX社とは同様の取り組みをしないでもらいたい」など、自社で許容できること・できないことを明確にしておくことが重要です。

このような方針・スタンスは契約交渉のレイヤーごとにできるところから検討していくと良いでしょう。たとえば、以下のように「オープンイノベーション全体の方針」、「法務・知財部門としての契約方針」、「案件ごとの方針」とレイヤーを分け、進めやすいところから考えていくのをお勧めします。

  • オープンイノベーション全体の方針

    • M&Aも選択肢の1つとして考えるか/スタートアップの事業拡大とともに自社の既存製品を広げていくか、など
  • 法務・知財部門としての契約方針

    • PoCや共同開発まではスピード重視でスタートアップ有利な契約でもよしとする/スタートアップ向けに法務レビュー不要のNDAやPoC契約書のひな型をつくる、など
  • 案件ごとの方針

    • 案件ごとに位置づけや目的を具体化する/譲れない条件は事前に明確にしておく、など

GBと二人組合CVCを共同運営しているとある企業では、CVCを立ち上げる際に、研究開発の責任者と知財責任者の間でスタートアップを契約で強く縛らない方針を事前に合意してから取り組みを始めたそうです。

オープンイノベーションの目的としてM&Aも視野に入っているのであれば、いずれ戻ってくる成果や権利の獲得に協業の初期段階でこだわる必要はないと考えることもできます。そうした前提のもと、初期段階の契約でスタートアップを縛る必要はないといった割り切りも必要かもしれません。

このように方針・スタンスが明確になっていると、結果としてスタートアップとの契約対応も迅速に進められるようになります。

3.社内の仕組み・体制構築

社内の契約締結の仕組み(フローやルールなど)が、スタートアップとの協業でうまくワークするのか確認し、見直していくことも重要です。

上述のとおり、スタートアップとの契約対応は、大企業の契約交渉と噛み合いにくい部分があるため、異なる仕組みや体制が必要なケースもあります。ただ、いきなりすべての契約フローやルールを変えることは難しいため、どのスコープから変えていくのか見定めていくことが重要です。

とある大企業では、NDAを法務部門と知財部門の双方でレビューするフローとなっていたため、スタートアップとのNDA締結に2~3週間もかかってしまう状況になっていました。 そこでこの企業ではレビューコストの高さに着目し、「スタートアップとのNDA締結は原則レビューなし」とすることを決定。スタートアップにあったスピード感での契約締結を可能にしました。

フローやルールを見直す際の観点としては、以下のようなポイントが挙げられます。

  • スコープの設定:スタートアップ特有のルールを適用する対象・条件を設定する

  • スタートアップ専用のひな形整備:スタートアップとの取引に合った契約書のテンプレートを作成する

  • レビューの仕組み・体制:スタートアップのスピード感に対応するために「どのような条件であれば契約書を現場判断で進めて良いのか」、「どのような場合には法務レビューをするのか」といった仕組み・体制・ルールを整備する

先程の大企業の事例は、NDAという限られたスコープだったために仕組みを変更しやすかった側面もあります。各社の状況に応じて、既存の仕組みのどこに課題があるのかを見極め、見直しをしやすい部分から始めていくことをお勧めします。

協業担当と法務・知財担当で「同じ絵」を見る

大企業の新規事業創出において、スタートアップとの協業は1つの大きな選択肢として注目されています。一方で、大企業の法務・知財部門が提出する契約内容次第ではオープンイノベーションにブレーキをかけてしまうのも事実です。 ただ、大企業に所属していた筆者自身の経験も踏まえると、このような事例は誰かが意図したものではなく、構造的な課題によって生じているように感じています。

この要因を正しく理解し、協業担当と法務・知財担当が同じ絵を見て意思決定できるような仕組みやカルチャーを醸成することが、オープンイノベーションを円滑に進めるための最初の一歩かもしれません。

本稿が、少しでも多くのスタートアップと大企業の円滑なオープンイノベーションに寄与すれば幸いです。

GBでは今後も「未踏社会の創造」というミッションのもと、大企業やスタートアップの知財活動に資するような発信や活動を継続して行ってまいります。

(編集:GB Brand Communication Team)

廣田 翔平

廣田 翔平

Investment Group

Managing Partner

Patent & Trademark Attorney

2020年にGBに参画。知財チームを立ち上げ、投資時の知財DD業務と投資先に対する知財支援業務に従事。2013年弁理士登録。